変化する日常 小学生時代第3話(藤島美佳編3)
「おい、美佳。美佳さーん。おーーい。もしもーし。」
誰か私の名前を呼んでいる。お母さんかな?夜ご飯ができて私を呼んでいるのかもしれない。でもこんな声してたっけ?私は確かめるためにゆっくりと目を開けた。
「あっ、目開けた。おは~。」
私の目の前には真っ黒いフードを着た見知らぬ男の子が座っていた。フードと目まで伸びた前髪の陰から蒼白い瞳で私を見つめている。見た目年齢はりんより年上か?私よりは年下かな?小学3年生か4年生くらいというところか?にしても誰だろうこの子は?幻覚か?それともただの夢なのか?はぁ、こんなよくわからない夢みちゃうんだから凄く気が滅入っているのだろう。もうちょっと寝ていよう。
「おいおーい。2度寝しないでー。起きてー。」
なんだこれ。うるさい夢だな。耳に直接響いてくる。私はまた少し目を開けた。
「よっ。Nice to meet you.目覚めた?」
えっ、何?何なの、何なの、何なの。これ夢じゃないの?私は目を見開きベッドから飛び起きた。
「そんなにびっくりしなくてもいいじゃん。傷つくなぁ。」
「あんた、誰なの?何してるの?何でこんなところにいるの?」
「そんなポンポン質問しないで。ちょっとは落ち着こうよ」
落ち着いてなんていられるか。子どもとはいえ、知らない奴が目の前にいるんだから。何なんだこいつは。
そして、そいつはゆっくりと立ち上がり、ニヤりと笑いながらしゃべり始めた。
「パンパカパーーン。おめでとうございます、藤島美佳さん。厳正なる抽選の結果、あなたにはなんと十年間の殺人の権利がぁーーーーー授与されました。」
・・・・・・はぁ?何言ってるんだ、こいつは。
「10年間?殺人?」
「そう10年間。あっ、10年間っていうのは、この人間界の時間で10年間ってことね。お前は人間界での時間でこれから10年間どんな人間でも殺していいっていう権利を得たわけ。よし、それじゃ早速、景気よく1発目いってみますか。」
「いや、待って待って待って待って。話がよくわからなさすぎる。まず、あんた誰なのよ。」
「俺?あーまだ自己紹介してなかったな。俺はデュナミ。よし、自己紹介も済んだところで景気よく1発目を・・・・・」
「だから待ってって。まだ訊きたいことたくさんあるんだから。」
頭が混乱している。私の目の前で何が起こっているんだ。これ本当に現実?やっぱり夢なんじゃないの?
自分の頬っぺたをつねり、痛みを感じる。
信じたくないが夢じゃない。今起こっている出来事も、目の前にいるこいつも夢じゃない。私はゆっくりと深呼吸し、デュナミに尋ねた。
「まず、デュナミは何なの?」
「俺が何か?・・・・・哲学?」
「そうじゃなくて。私は人間じゃん。デュナミは何者なのって訊いてるの」
「ああ、そういうこと。俺は悪魔だよ。悪魔。」
悪魔?頭おかしいのかこいつ。悪魔だよって言われても信じられる訳がない。
「悪魔って言うけど、あんた見た目人間じゃん。しかも子どもだし。私の中の悪魔はもっと怖いイメージがあるんだけど。」
「それはお前の勝手なイメージだろ。どんな見た目であれ、俺は悪魔。これはゆるぎない真実なわけだよ。」
「あんた、まずどうやってこの部屋入ったの?1階にはお母さんとりんがいるし、窓も開いてない。私の部屋に入るなんて無理でしょ。」
「さっきから言ってるけど俺は悪魔なんだぜ。この世界に住んでいる人間とは違うんだよ。ほらこのようにね。」
デュナミはゆっくりと宙に浮き、私の部屋の壁へ向かい、壁を通り抜けた。再度私の前に戻ってきたデュナミは得意げな表情をしている。
「こんな風に宙に浮いたり、壁を通り抜けたり、人間じゃありえないことができるんだよ。これでわかってくれた?」
信じられないけど、信じるしかない。こいつが悪魔かどうかはさておき、人間じゃないことは確かだ。私はゆっくりと口を開いた。
「あとさ、殺人についてなんだけど。どういうこと?10年間人を殺せるって言ってたけど。」
「そう。正確にはお前が俺に殺したい奴の情報を言って、俺がそいつを殺すっていうシステムだけどね。お前は俺に殺したい奴の写真を見せたりとか、名前や住所を言ったりしてくれたら俺がパパっと殺っちゃうってこと。道を歩いてる時に通りすがりの人を指さして、『あいつ殺して』って言ってもらってももちろんOK。老若男女、世界中どこでも殺しに行けるよ。お前が直接人を殺す訳じゃないから、安心、安全。捕まる心配全くなし。」
「・・・・・例えば、ある町やある国の人を全員殺してって言っても殺してくれるの?」
「うひょー、痺れること言うね。もちろんそんなんでもいいよ。だた1人ずつ丁寧に殺していくっていうのが条件だからめちゃくちゃ時間かかるかもね。全員殺しているうちに10年経っちゃうかもな。」
なるほど。一気に一瞬で大勢の人を殺すことはできないってことか。ていうか私は何を考えてるんだ。人を殺すなんて絶対だめだよ。
「よし、じゃあ、システムもわかったと思うから早速1人目いってみよう。さぁ、誰殺す?誰、誰、誰?」
せかすようにデュナミが訊いてくる。そんなデュナミを押し切るかたちで私は言い返した。
「私は誰も殺さない。」
「はぁ?」
「はぁ?って言いたいのはこっちよ。いきなり現れて、人殺していいよって言われても、そんなの訳わかんないよ。殺したい人もいないし。そもそも、人殺しは駄目なんだからね。」
「はぁーーーつまんねぇ。宇宙突き抜けるくらいつまんねぇこと言うな、お前は。」
「宇宙突き抜けるていう表現何なのよ。」
「誰かいないのかよ。殺したい奴。そうだな、例えば憎き親の仇とかさ?」
「私の親2人とも生きてるから仇なんていないわよ。」
「えー。じゃあ、近所迷惑な奴とかいない?こいつがいなければ家で静かに過ごせるのにとかない?」
「ない。ご近所付き合いは良好だから。」
「それじゃむかつく芸能人とかは?嫌いだから死んでほしい芸能人とかいない?」
「別にいないよ。もしいたとして死んでほしいとか思っても、普通殺さないでしょ。」
「あーー、何だよもう。誰かはいるだろ?死んでほしい奴。そうだ、学校は?お前が通っている学校に死んでほしい奴いない?」
その言葉を聞いて私は少し戸惑った。確かにいるといえばいる。いるけどそれは別に死んでほしいとかそういうのじゃなくて、いじめとか高圧的な態度を止めてもらえればそれでいい訳であって。別に死んでほしいとかそんなことは思っては・・・・・そういえば今日家に帰る時、いなくなってほしいなって思ったな、私。
「おっ、その感じは誰かいるな。誰か死んでほしい奴が学校にいるんだろ?そうだろ。」
私はデュナミから目をそらす。
「わかりやすいなお前は。言っちゃえよ。誰だそいつは?」
私はボソッとつぶやいた。
「・・・・・学校である子がいじめられてる。その子をいじめてる奴が嫌いといえば、嫌いだけど。」
「いいね!いいよ、いいよ。そのいじめっ子が嫌いだから殺したいという訳ね。嫌いないじめっ子を殺せるし、いじめられている子はいじめから解放されるし。こりゃ一石二鳥だな。よし、そのいじめっ子の情報頂戴。」
「・・・・・嫌。」
「・・・・・嫌?なんで、どうして?」
デュナミは目を見開き驚いていた。
「そりゃそうよ。さっきも言ったけど人殺しは駄目ゼッタイ。それに嫌いだからといって殺しちゃうなんてありえないでしょ。」
「良い子ちゃんかよお前は。良い子ちゃんオブ良い子ちゃんかよ。そいつを殺せばいじめは解決するんだろ。良いことじゃねぇかよ。お前はいじめがなくらなくても良いって言うのかよ。」
「なくならなくても良いなんて言ってない。確かにいじめっ子は嫌いだし、いじめだってなくなってほしい。だけど殺人で解決するなんて絶対駄目。人間としておかしいよ。」
「人間としておかしいって。クソつまんねぇな。実際に殺るのは俺だし、誰かを殺したからってお前が怪しまれることは絶対にない。それでもやらないのか?」
「やらない。実際の殺人を行うのはあんたかもしれないけど、お願いをするのは私なんでしょ。その時点で私は殺人の共犯者になるし、犯罪者になるわけじゃん。私は犯罪者なんかには絶対にならないから。」
私が力強く言った時、デュナミの口角が上がった。
「ふーん。まあいいさ。時間はたっぷりある。人を殺したくなったらいつでも言いなよ。」
「そんなこと絶対にないから。」
私が強く言い返した時、下から声が聞こえてきた。
「美佳、おまたせ。ご飯できたから降りてきてちょうだい。」
お母さんだ。どうやら夜ご飯ができたらしい。一階に急ごう。
部屋から出ると何故か私の隣に黒フードも一緒にいることに気づいた。
「何であんたがついてくるのさ。」
「ん?駄目なの?」
「駄目に決まってるでしょ。お母さんやりんに見られたらどうするの。大騒ぎになっちゃうよ。」
「ああ、大丈夫、大丈夫。今はお前にしか姿が見えないようにしてるし、声もお前にしか聞こえないようにしてるから。」
「本当に?」
私は疑いの目でデュナミを睨みつけた。
「本当、本当。俺嘘つかない。」
そう言うとデュナミはふわっと浮いたかと思うとそのまま階段を下り、1階へと降りて行った。
「あっ、ちょっと待って。」
急いて階段へ駆け寄るが、既にデュナミの姿はなかった。もうリビングへ行ってしまったのだろうか。
見た目は私よりも年下で背も私より低く、黒フードを着ているあいつは悪魔で、名前はデュナミ。これから10年間、あいつに殺してほしい人物を言えば誰でも殺してもらえる意味の分からない権利を私は得てしまった。あいつが現れたことで私の日常はどうなっていくのだろう。私には全く予想がつかなかった。
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