不穏な日常 小学生時代第2話(藤島美佳編2)

 昼休み。学校の中で1番長い休み時間だ。午前中の授業も終わり給食も食べたし一番眠たい時間でもある。元気な子たちは外の校庭で遊んでいる。

 私はふと教室を見渡した。やっぱり、あの苦手な3人組がいない。そしてあの子も。

「ねぇ、美佳ちゃーん。せっかくの昼休みなんだから教室にいないでどこか行こう。学校探検しよ。」

 真里菜、貴理子、亜紀の3人がやってきて真里菜が話しかけてきた。

「いや、私たちもう6年生だから学校隅から隅まで知ってるし。今更探検する場所ないでしょ。」

「えー。でも天気もいいのに教室にばっかりいるのもったいないよ。今日はさ、天気がいいから中庭に行ってお喋りしよ。」

「話すだけだったら教室でもいいじゃん。ていうかいつも外に行きたいとか学校歩き回りたいとか言うよね、真里菜は。」

「私活発な女の子なんで。」

「・・・・・わかったよ。今日は天気いいし中庭行こ。」

「やったー。貴理子ちゃんも亜紀ちゃんも行くよね。」

 2人はうなずいて早速私たちは中庭に向かった。向かっている途中でも私たちはお喋りしながら歩いていたが、真里菜は終始周りをキョロキョロ見渡していた。何してるんだろう?何か探しているのか?

 中庭に着くと私たちはベンチに座りお喋りを始めた。中庭には人気は感じられない。他の子たちは休み時間を教室で過ごしたり、体育館や校庭で遊んだりしているから中庭に人が来ることは滅多にない。そんな他の人たちがいない中で澄み切った青空の元昼休みを過ごしていた。ちょっと清々しい気分かも。そう思った矢先、亜紀が私たちに向かって言った。

「何か声しない?」

 亜紀に言われて私は耳を澄ましてみる。清々しい私の気分はその声を聞いてだんだんと曇っていく。豊旭だ。他の2人もいる。木が茂っているところから聞こえてくる。

「ちょっと行ってみよう。」

 そう言って真里菜が立ち上がった。

「えっ?真里菜、本気?絶対あの3人だって。関わってもいいことないよ。」

「でもちょっと気になるじゃん。奥の方で何してるか。」

 私の忠告に真里菜は耳を貸している感じじゃない。

「・・・・・私もちょっと気になるかも。皆で行けば大丈夫だよ。」

 亜紀もそう言ってきた。

 マジか・・・・正気なの。貴理子も「2人が行くなら私も」とボソッと言った。ろくなことにならないことはわかってるのに。3対1で私の負け。結局私たちは声のする茂みのところへ近づいて行った。

 案の定あの虫唾の走る3人組がいた。でもいたのあの3人だけじゃない。もう1人いる。大安寺彩芽だ。大安寺が目に入った瞬間、私は考える前に言葉を発していた。

「何してるの?」

 3人は私たちの存在に気づき、ばつが悪い表情をしている。そんな表情もすぐになくなり、豊旭がニヤりと笑った。

「何ってあんたたちと同じだよ。仲良しグループで遊んでるんだよ。」

 仲良しグループね。その仲良しグループの1人である大安寺の顔は笑ってないんですけど。私は続ける。

「・・・・・じゃあ、その・・・もっと別の場所で遊んだら?どうしてこんな茂みの中にいるの?」

「はぁ?なんであんたにそんな指図されないといけない訳?意味わかんないんだけど。そもそもあんた人に指図できる立場の人間な訳?口出しするのやめてくれる。うざいから。」

 この豊旭はボロカスに言うなぁ。だから関わりたくなかったんだ。まぁ、声かけちゃった私も悪いんだけど。

「ていうか、何?私たちに何か用?」

 豊が問いかけてくる。

「用というか。その、声が聞こえてきたから、何やってるのかなぁと思って・・・・・」

 真里菜が答える。豊は大きくため息をついた後に、強い口調で言い返してきた。

「だからさぁ、さっきも言ったよね?休み時間だからグループでつるんでただけだって。あんた頭大丈夫?記憶力ないの?脳みそ足りてる?」

「あっ、いや・・・・・そうなんだね。そうだよね。」

 真里菜は縮こまって、声のトーンもだんだん低くなっていった。亜紀も貴理子も黙って下を向いてしまっている。

「旭止めなよ。怖がってんじゃん。」

 美山がケラケラ笑いながら止めに入った。和田も私たちを見てクスクス笑っている。3人に囲まれている大安寺は終始うつむいていた。

 キーンコーンカーンコーン。昼休みが終わる合図のチャイムが鳴り響く。豊は舌打ちをした。

「あーあ。あんたたちと絡んでたから時間なくなっちゃったよ。本当に最悪。行こ皆。」

 豊は私と真里菜を睨みつけ、美山、和田そして大安寺を連れて中庭を後にした。

「・・・・・私たちも教室戻ろうか。授業に遅れちゃうし。」

私がそのように言うと、皆黙ってうなずいた。

 


◆◆◆


「先生さようなら。」

「はい、皆さんさようなら。」

 帰りの会が終わり、下校の時間となった。家に帰ればりんが待っている。早く帰ってあげないと。

 皆各々帰る準備をしている。放課後誰かの家に行って遊ぶ話も聞こえてくるな。活発な男子たちは帰りの会が終わるとすぐに教室から飛び出していった。朝から放課後での遊びを話していた子たちだ。

「廊下では走らないで。危ないですよ。」

 先生の注意の声が廊下にこだまする。

 私も帰ろう。そんな時、真里菜と亜紀が近づいてきた。2人の後ろには貴理子もいる。

「美佳ちゃん。今日は、その、ごめん。嫌な思いさせて。」

「私も軽はずみなこと言っちゃってごめんなさい。」

 恐らく今日の昼休みの出来事を真里菜と亜紀は言っているのだろう。

「大丈夫。全然気にしてないから。私も、その・・・・・ちゃんと言えばよかったよね。ごめんね。」

 3人はうつむいたままだ。

「えーっと、私そろそろ帰るね。家に妹が待ってるし。」

「小1の妹さんだよね?ちゃんとお姉さんしてるんだね。偉いなぁ。」

 貴理子がボソッと言った。

「そんな偉くもないよ。親が帰ってくるまでちょっと一緒にいてあげるだけだし。確か、真里菜にも妹いたよね?」

「うん、保育園の妹がいる。」

「えっ、そうなんだ。ちょーかわいいんじゃないの?」

 真里菜が訊いてきた。貴理子が続ける。

「・・・・・うん。かわいいよ。ちょっとやんちゃだけど。話変わるけど美佳のお父さんとお母さんって忙しいんじゃなかったっけ?家に帰ってくるのも遅いの?」

「うーん、最近は忙しいから帰り遅いかな?でもお母さんは仕事をできるだけ早めに切り上げて帰ってきてくれるよ。」

「美佳ちゃんのお母さんって、確か何だっけ、何か研究してる人なんでしょ。凄いなぁ。しかもお父さんはあの越北で仕事してるんでしょ。あのロボットの。かっこ良いね。」

「そんなんじゃないって。それにお父さんその会社で働いてるってだけで、別にロボット作ってる訳じゃないよ。」

「へっ、そうなの?」

 真里菜は両手を胸の位置まで上げて大げさなポーズをとった。亜紀はそれを見て少し笑っている。貴理子は、ちょっと表情が暗そうだった。まだ昼休みのことを気にしているのかな?

「じゃあ、私帰るね。また明日学校で。バイバイ。」

 私は3人に別れを告げ、教室を出た。学校の玄関前でみのりと待ち合わせて一緒に帰ろう。

玄関に向かっている最中、私はあの女と出くわした。美山だ。

「あっ、藤島じゃん。もう帰るの?」

「・・・・・うん。学校終わったし。」

「何もそんな警戒しなくてもいいじゃん。昼休みは旭がちょっと言い過ぎちゃって悪かったね。それじゃ。」

「どこ行くの?」

「どこでもいいでしょ。私用事あるから、それじゃ。」

 美山は階段を降りて行った。

 どこへ行くかはわからないけど何をしに行くかは検討がついている。

 ―いじめだ。豊、和田、そして今さっき会った美山は大安寺彩芽をいじめている。私はそれに気づいている。いや、私だけじゃない真里菜も亜紀も貴理子も。クラスの皆も気づいている。私は実際に危害を加えているところは見たことはないけど同じクラスで毎日のようにいるんだから雰囲気で何となくわかる。今日の昼休みも中庭であの3人は大安寺をいじめていたのだろう。いじめはいけないことだ。一方的に誰かを傷つけているんだから。

 だけど皆見て見ぬふりをしている。いや、正確にはただ見て見ぬふりをしているわけではない。皆きっと友達同士では豊たちのいじめについて話をしたり、何かしなきゃって行動をとろうと手探りの子たちだっているはずだ。今日の真里菜や亜紀がそうだろう。豊たちの声が聞こえたから、大安寺がいじめられているかもしれない、そう思って勇気を出して豊たちに近づいたんだ。何かできるかもしれないと思って。1人じゃ無理だけど私たち4人なら何とかなるかもしれないと思って。結局何もできなかったけど。

 何かしたいけど皆何もできなくて、もどかしい気持ちになっているんだ。先生にいじめのことを伝えるのが良いんだろうけど、告げ口のレッテルを貼られて次のいじめのターゲットになるのが怖いんだ。直接注意するのも同じだ。相手の逆鱗に触れて、逆にいじめられたらたまったものじゃない。何か行動しても自分にとってのメリットがよくわからず、行動をとった次に自分に何が待っているのかよくわからない状況になっているんだ。

 だから皆、私を含めていじめの『傍観者』になっているんだ。その方が楽だし、リスクも少ない。何が待っているかわからない未来より、現状の安定に甘んじている。大安寺という1人の生贄で自分たちの身が守られている、と思ってしまっている。そんな異様な状態が閉鎖的な教室の中で生まれてしまった。

大安寺を助けたい良心といじめっ子グループの豊たちに対する恐怖心の両方が混在し、淀みに淀みまくった教室が私にはとても息苦しかった。

「明日、あの3人組いなくなってないかなぁ。」

 ボソッと欲望が漏れてしまう。いやいや、駄目だ、いくらいじめっ子でもそんなこと考えちゃ。早く玄関へ急ごう。

 玄関へ行くともうみのりが私を待っていた。

「ごめん、お待たせ。」

「ううん、大丈夫。じゃあ、帰ろ。」

 私たち二人は一緒に学校を出た。りんが待ってるから早く帰らないと。


◆◆◆


 夜。七時半ごろドアがガチャっ開く音が聞こえた。お母さんが仕事から帰ってきたんだろう。

「ただいま。」

「お母さん、おかえりー。」

 りんが笑顔で出迎える。

「遅くなってごめんね。今から夜ご飯作るからね。」

「はーい。それまでテレビ観てるね。」

「うん、良い子で待っててね。」

 りんがそそくさとソファに座りテレビを観続ける。

「お母さん、私1回部屋に戻るね。ご飯できたら呼んで。」

「えっ、うん。どうしたの?何かあった?」

「いや、何も。明日の授業の準備するだけだから。」

 そう言い残して私は階段を登り、部屋へと入った。部屋の電気を付けた後、ベッドに横たわり目をつむる。目をつむって頭に浮かぶのは、あのいじめっ子3人組と大安寺だ。あの3人はいつまでいじめを続けるつもりなんだろう?早く終わってほしいな。そう目をつむりながら思っていると、私はゆっくりと眠りに落ちて行った。

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