心を焼かれた天使たち

ココロミケム

小学生時代

藤島美佳編

いつもの日常 小学生時代第1話(藤島美佳編1)

 今日も朝がやってきた。学校へ行く支度をしなきゃ。パジャマから制服に着替えて。あっ、その前に顔を洗って、歯磨きもしないと。その後は髪もとかさないとね。朝は眠いしだるいし、そして時間がないのにたくさんの事をしなきゃいけない。学校行くの面倒くさいな。朝起きると毎回思う。私は部屋から出て階段を下りて洗面所へ向かった。

「おはようお母さん。」

「おはよう、美佳。朝ご飯できてるから早く学校行く支度しちゃいなさい。」

 お母さんは優しい声で私に言った。

 私のお母さん、藤島舞は地元の会社で研究員として研究開発(?)の仕事をしている。世の中にない新しいものを探し出す仕事だってお母さんから聞いたことがある。聞いてもよくわからなかった。地元ではかなり有名な会社らしくご近所でも評判だ。子育てもしながらバリバリ仕事もしている母親の姿を見るとホントに凄いなって思ってしまう。私がボーっとしていると、お母さんから不安そうな表情をして、

「どうしたの美佳。具合でも悪いの。」

と言ってきた。私はすかさず、

「ううん。大丈夫。顔洗ってくるね。」

と言い、洗面所へ足早に向かった。

 顔を洗い、歯磨きもして身支度をしていると、後ろから眠たそうな声が聞こえてきた。

「お姉ちゃん、おはよう。」

「おはよう、りん。」

 私の妹、藤島りん。年は私の5つ下。ピカピカの小学1年生だ。

「お姉ちゃん。私もお顔洗いたーい。」

「ごめん、すぐどくね。」

 私は妹に洗面台を渡し、制服に着替えるために自分の部屋に戻った。


「いただきまーす。」

 妹の元気な声で私たちの朝ごはんが始まった。お母さんも一緒だ。私はテレビの朝のニュースを観ながらトーストにジャムをたっぷり塗って口へとほおばった。お母さんも作ったスクランブルエッグを食べながら私たちに問いかけてきた。

「美佳。りん。学校は楽しい?」

「うん、楽しいよ。今日はね、純子ちゃんとね、体育でね、ドッヂボールするんだぁ。」

「そう、いいわねぇ。」

 お母さんとりんが楽しそうに会話をしているのを横目に見ながら、私は黙々とトーストを食べていた。

「美佳は?美佳は学校は楽しい?」

「・・・・・うん、楽しいよ。特に問題もないし。」

「そう、良かった。お母さん、最近仕事で忙しくて二人に十分に構ってあげられなくてごめんね。でも、二人ともちゃんとやってくれていて安心したわ。でも、何かあったたらいつでもお母さんやお父さんに言うのよ。約束ね。」

「うん、約束する。」

 りんがどっぴーかんな笑顔で言った。その笑顔見てお母さんも少し安心した表情を見せたような気がした。十分に構っている方だと思うけど、私は心の中でそう思った。

 本当は、学校なんて楽しくない。学校での私の人間関係は悪くはないし、仲の良い友達も結構いる。休み時間は友達と流行りのものの話をしたり、テレビやドラマの話をしたりしている。勉強も嫌いじゃない。むしろ好きな方だ。テストの点数だって良い。だから普通に考えれば、私にとって学校は楽しいもの。楽しいもののはずなんだ。だけど楽しいとは思わない。おそらく今のクラスの雰囲気が苦手だからだろう。正直言って淀んでいる。私にとっては今のクラスは活気あるものとは言い難い。だからといって活気のあるクラスにするために行動するタイプでもないし。

 私は来年から中学生だ。中学生になれば新しいクラスになり、新しい友達もできるだろう。今をのらりくらりと何事もなく耐えればいいんだ。楽しくないのは今だけだ。

「お父さんは今日もいないのー?」

りんが口の周りにジャムを付けながら朗らかに言った。

「お父さんも最近は仕事で忙しいだって。今日もりん達が寝ている時に仕事に行っちゃった。ごめんね、寂しい思いをさせちゃって。でももうすぐ仕事も落ち着くみたいだから、良い子で待っていようね」。

「うん、りん良い子にしてる。」

お母さんがりんの頭をなで、もう片方の手でりんの口をティッシュで拭っていた。

 私のお父さん、藤島俊信は規模の大きい機械・ロボットメーカー、「越北機械」という会社に勤めている。いわゆる大企業勤めだ。そこの調達部というところで課長をしている。調達部というというのは会社で作る製品に必要な部品とかを買ってくるところらしい。前にお父さんから聞いたことがある。

「あっ、お父さんのCMだ。」

 りんがテレビを指さした。お父さんのCMではなく、正確にはお父さんが務めている越北機械のCMである。会社が売り出している機械、ロボットの性能の高さや品質の高さ、そして会社の技術の高さを謳っているCMだった。『性能・品質世界一を目指して、これからも新しいことにチャレンジし続け、世の中をあっと驚かせる機械・ロボットを生み出していく。最先端の技術で勝負する、これが越北機械です』というような感じのCMだ。実によくできている。

「お父さん、CMの人たちみたいに頑張ってるんだね。りんも頑張る。」

「そうね、お父さん頑張ってるから応援してあげようね。」

 お母さんも十分に頑張ってるよ、と言いかけたけど胸にしまっておいた。あと、りん。お父さんはモノを買う仕事をしている人だから、CMに出てくるような機械やロボットを作る人じゃないんだよ、とも言いかけたが、口から出る前に私の良心がすぐさまそれを押さえつけた。


◆◆◆


「いってきます。」

「いってきまーす。」

「いってらっしゃい。」

 私とりんはお母さんに見送られながら家を出た。私たちはもちろん同じ小学校に通っているため、いつも一緒に登校している。登校路の風景は毎年少しずつ変化していっている。道が少しきれいに整備されたり、田んぼが駐車場に埋め立てられたり、新しいコンビニができたり等だ。今は前までは空き地だった場所にマンションが建つらしい。ただいま絶賛工事中だ。工事中のマンションを横目に見ながら歩いていると一人の女の子が私たちを待っていた。

「おはよう、美佳、りんちゃん。」

 その女の子は私たちと視線が合うと挨拶をして笑顔で近づいてきた。

「おはようございます。」

 りんは深々とお辞儀をしている。我が妹ながら礼儀正しい。

「おはよう、みのり。」

 私も彼女に挨拶した。

彼女は水谷みのり。私の幼馴染で同じ小学校に通っている女の子。努力家で責任感が強く、リーダーシップも人望もある子だ。クラスは違うけど、そのクラスで学級委員をやっている。自慢の親友である。

 私たちはいつもみのりと合流して小学校へ通っている。来年は私もみのりも中学生になるけど、私たちが通う予定の中学校は今通っている小学校のすぐ近くにある。だから来年も変わらずこの3人で一緒に学校へ通うことになるだろう。

 私たちは合流してから早速小学校へ向かうこととした。りんは笑顔でウキウキしながら歩いている。

「りんちゃんは今日も元気だね。」

「うん、りんは今日も元気。朝ごはんもたくさん食べてきたから。」

「何食べてきたの?」

「食パンとね、卵とね、ハムとね、あとそれから・・・」

 みのりとりんが他愛のない会話をしている。私は喋らず、ただ黙って会話を聞きながら歩いていた。周囲を見渡すとランドセルを背負って登校している子たちがたくさんいた。もうすぐ学校だ。私はランドセルの数が少しずつ増える毎に少しずつ憂鬱な気持ちが増していった。

 程なくして小学校の校門が見えてきた。

 私たちが通っている県立森薗小学校。県内では比較的児童の数が多い小学校でそれ以外は特に何の変哲もない普通の小学校である。

「あっ、みーちゃんだ。」

 りんが登校している友達を見つけたらしい。赤いランドセルを背負って三つ編みをしている女の子がそうだろうか。

「行っておいで。」

 私はりんに言うとりんは「うん」と言い、そのみーちゃんに駆け寄っていった。みーちゃんがりんに気が付くとお互い朝の挨拶をし、二人は喋りながら一緒に校門へと向かっていった。

「私たちも早く行こう。」

 みのりがそう言って私たちも校門へ向かった。


 校門前には女性の先生が立っており、登校してくる子どもたちに笑顔で挨拶をしていた。私たちが校門前に近づいていくとその先生が私たちにも挨拶をしてくれた。

「おはよう。藤島さん、水谷さん。」

「おはようございます、中野先生。」

 中野かなみ先生。生活指導の先生で、みのりのクラスの担任でもある。年齢は知らないけど、若い先生だ。まだ20代なのかな?

 先生に挨拶した後、下駄箱で靴を上履きに履き替えた私たちは自分たちの教室へ向かった。私は6年3組でみのりは6年1組。六年生の教室は学校の3階にある。階段を登って六年生の教室が並ぶ3階へとたどり着いた。

「じゃあ、また放課後にね。」

 そう言い残してみのりは自分の教室へと入っていった。私も早く行こう。だけど、クラスの淀んだ空気を今日も身に纏うのかと思うと、私の足取りは重かった。

 教室に入るとクラスメイトの皆は各々好きなことをして過ごしていた。昨日のテレビやドラマの話をしている子、1時間目の教科について話している子、少し活発な男子はもう放課後で何をして遊ぶかとかそんな話も聞こえてきた。

 私は自分の席に座ると、1人の女の子がスタスタっと私のところへやってきた。

「おはよう、美佳ちゃん。」

「おはよう、真里菜。あれ?髪留めしてる。かわいいね。」

 彼女は橋立真里菜。同じクラスの友達だ。

「えへへ、ありがとう。ちょっとイメチェンしてみちゃったりして。ていうか美佳ちゃん。私昨日夜遅くまで起きてたから眠―い。ねぇねぇ、目が覚めるおまじないかけてよ。」

「何?目が覚めるおまじないって。そんなの知らないよ。目にワサビ塗っとけばいいんじゃない?」

「そんなのしたら目が大変なことになっちゃうよ、もう。」

 少しからかいすぎたかな?そう思っているともう2人友達が私たちのところへやってきた。新町亜紀と深江貴理子という子たちだ。

「何の話してるの?」

「真里菜が今日は目にワサビを塗るっていう検証をするって話。」

「えっ、真里菜そんなことするの?止めた方がいいよ・・・・・。」

「いや、そんなことしないし、そんな話してないから。私が眠いって言ったら美佳ちゃんが目にワサビ塗れって言ってきたの。」

「眠気が覚めるおまじないだよ。」

「そんなのおまじないじゃないよ。」

「私知ってるよ、目が覚める方法。」

 亜紀が笑顔で言うと、真里菜がキラキラした表情で食いついてきた。

「えっ、なになに?どうするの?」

「タバスコを目薬代わりに・・・・・」

「あっ、もういいです。」

 私たちが他愛のない会話をしていると教室に1人の女の子が入ってきた。

 大安寺彩芽。くせ毛髪で細身で静かでおとなしい女の子。大安寺はクラスメイトの誰とも目を合わさず、誰とも喋らず自分の席へ座った。席に座った大安寺は少しうつむいているように見えた。

「どうしたの?美佳ちゃん。」

 真里菜が心配そうに訊いてきた。

「うん?うん、大丈夫。何でもないよ。」

 そう返すと、教室の扉から虫唾の走る3種類の声が私の耳に入ってきた。その声を皆も聞いたのか、教室の雰囲気が少しピリッとなったのを感じた。

 声の主は、豊旭、和田幸香、そして美山麗子だ。所謂イケイケ系で、スクールカーストで一番上にいるグループだ。真里菜も亜紀も貴理子も三人が教室へ入ってきたことに気づいたようだ。

 私はあの連中が苦手だ。自分たちがこの教室のトップで、教室を仕切っていると思っているのかどうか知らないけど、態度は横柄だし、笑い声も下品だし、いろんな子たちにちょっかいかけるし。この前なんて少し目が合っただけで絡まれたし。正直関わりたくない。

 そんな3人は大安寺と席へ近づいていくと、「おはよう、彩芽ちゃん。」と言いクスクス笑いながら自分たちの席へ向かっていった。大安寺は何も喋らず少し頭を上下させただけだった。

 そんなこんなしているうちにもうすぐ朝の会の時間だ。教室に1人の大人の女性が入ってきて教卓の前に立ち、「皆さんおはようございます。もうすぐ朝の会始めますよ。席についてください。」とクラスメイト全員に優しく語りかけるように言った。

 彼女は一ノ宮先生。フルネームは一ノ宮楓だ。私たちのクラスの担任で優しくてきれいな先生である。校門の前に立っていた中野先生とは大学が同じで先輩後輩の関係らしい。前にみのり経由で聞いたことがある。一ノ宮先生が先輩で、中野先生が後輩だ。

「皆さん朝の会始めますね。今日当番の人号令お願いします。」

「はい、起立、礼。おはようございます。」

 当番の子の号令に合わせて私も他の皆もお辞儀をしながら挨拶をする。当番の子の「着席」の掛け声と共に椅子に座った。

「おはようございます。今日もいい天気ですね。それでは出席をとりますね。まずは―」

 先生が出席をとりはじめる。私は藤島だから出席番号は真ん中あたり。まだ呼ばれないしボーっとしていよう。一時間目の授業は確か算数だったっけ?にしても今日は本当にいい天気だな。天気は晴れ晴れとしているのに私の心は晴れてない。なんてね。

「藤島さん?藤島さーん。」

「あっ、はい、はい。いまーす。」

 教室に少し笑い声が響く。ボーっとしすぎてて私の名前が呼ばれているのに気が付かなかったようだ。ちょっと恥ずかしい。

 出席をとり終わると先生が一言二言喋って朝の会が終了した。そして授業に入っていく。私はランドセルから筆箱と算数の教科書、ノートを取り出して授業の準備を始めた。

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