第30話 あと2分待ってください



『さて……これは困りましたね』

『そうですね。会長』

『迂闊に近づいて取り込まれでもしたら……』

『『『姫様に会えなくなるっ!!!』』』


「ククク、ヒサシブリノ……ニク……」


 浅黒い肌に二本の山羊のツノ。

 文献で読んだことがあります、悪魔。

 それもおそらくは上級悪魔でしょう。


「姫様!お下がりください!ここは我々が!」

「騎士団!前へ!姫様をお守りせよ!」

「だ、だめです!皆さんの敵う相手では……」


 わたしを守るように冒険者さんと騎士団の皆さんが前に出て行きます。


「俺たちにもいい格好させてくださいよ」


 以前にも同じ台詞を聞きましたが、今回ばかりはそうもいかないです。


「歌姫殿〜!!」


 振り返ってみれば、いつかの王子様を先頭に後続の部隊がやってきました。


「ハイルさん!」

「歌姫殿!これはいったい?あれは……?」


 まだ身体が不慣れなのか、こちらを睥睨する悪魔を見てハイルさんは絶句しています。


「はい……悪魔でしょう。それもおそらくは上級の」

「バカな……上級悪魔なぞ、ここ数十年は目撃すらされていないぞ!」


 そもそも悪魔が地上に具現化するには、多くの魂と依代が必要とされています。

 上級の悪魔なら尚のこと大量の魂が必要なはずです。


「戦場に散っていった魂を集めたのか……」

「はい、多分」


 冒険者さん達と騎士団の皆さんがジリジリと悪魔との距離を縮めていきます。


「我が軍も敵を包囲せよ!相手は悪魔だ!気をぬくな!」

「だめです!とても敵う相手じゃ……」


 先程から上空の魂さん達にも動揺が感じられます。

 当然でしょう、だって死者であり魂なのですから。

 きっと悪魔に取り込まれることを警戒しているのでしょう。



『ここは一気に決めるべきでは?』

『ならば余が出向こうか?』

『30番さんと40番さんが戻るのを待っては?』

『……いつ戻ってくるかわからないですよ』

『魔法は……多分無効化されますよね?』

『局地殲滅魔法なら大丈夫でしょうが……あの冒険者や騎士団を巻き込んでしまいますね』

『とりあえずは絶対防御は張っていますが、衝撃は防げませんしね』


 そうこうしているうちに、ゆっくりと悪魔が歩き出しました、こちらに、わたしに向かって。


「おんなぁ〜珍しいもん持ってるじゃねぇか?」

「……わかるのですか?」

「カカカカ、そんだけ纏わり付いてりゃサルでもわからぁ」


 ゆっくりとこちらに近づいてくる悪魔。


「騎士団!突撃〜!!」

「お前ら!歌姫様をお守りするんだ!!」

「うりゃあぁぁぁ!!」


 冒険者さん達と騎士団の皆さんが一斉に攻撃を始めましたが、悪魔は何事もないかのように歩みを止めることはありません。


「ぐっ、なんだ?剣が弾かれる?」

「防御障壁か!」

「ケケケケケ、てめぇらは後からゆっくり喰ってやるから大人しくしてな」



『準備は出来ましたか?』

『あと2分欲しいです』

『仕方ないですね、41番さんと皆さん。行きますか?』

『当然である!余にまかせよ!皆の者!余に続け!』

『『『おおっ!!!』』』


 冒険者さんと騎士団の皆さんが頑張ってくれてはいますが、悪魔には全く届いていません。


「あいつの目的はどうやら歌姫殿のようですね」


 わたしの隣で剣を抜いたハイルさんが言います。


「ええ、そのようです。ですからわたしが……」

「歌姫殿、我々が時間を稼ぎます。その隙にお下がりください」

「でも……皆さんが……」

「なぁに、死にそうになったら逃げますよ」


 そう言ってハイルさんは、騎士団の皆さんを連れて走って行きました。


「…………?」


 見送るわたしの周りに魔方陣が形成されていきますが、まだ不完全なようで所々穴が空いていましす。

 上空を見上げれば魂さん達が並んで"2"の数字を作っていました。


「2?え〜っと?2分?2分ですか?」


 どうやら2分待ってほしいみたいです。


「皆さん!2分!2分だけ頑張って下さい!」


 わたしはこちらに悠然と歩いてくる悪魔を食い止めるべく戦う皆さんにそう声を掛けました。







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