第6話 世界最強の魔法


「ミィスちゃん!3番テーブルにエール4つお願い!」

「はい!」

「ミィスちゃん!オーク肉の串焼き5本追加で!」

「はぁ〜い!」


 夕暮れ時の酒場は今日も冒険を終えて帰ってきて冒険者さんでいっぱいでした。


「ミィスちゃ〜ん」

「は〜い!」


 いつものことながらお仕事は大変です。

 お仕事中は死者さん達には手伝わないように言ってあります。

 もっとも言ってあると言っても姿形は見えないのでお家のお庭で空に向かって言っただけですけど。


 でもそう言った日からお仕事中にお手伝いされることはほぼなくなりました。

 以前は黙っていても酒場内を飲み物や食事が空中を飛び回って大変なことになったから。


「あっ!」

 考えごとをしていてついうっかりとお皿を落としてしまう。


『27番!キャッチ!』

『了解!よしっ!セーフ!』


 お皿は床ギリギリのところでピタリと止まっていた。

 わたしはそっとお皿を拾い上げ床に向かってお礼を言う。

「ありがとう。助かりました」


『ありがとう……ミィスちゃんが僕にありがとう……会長〜!!僕!死んでてよかったです〜〜!!』

『くぅっ!羨ましいぜ!27番!』

『ああ、あの笑顔だけであと100年は死んでれるな!』


 わたしは何もない床に笑いかけて再び冒険者さん達の元に戻って行きます。


 この酒場に今どれだけの死者さんがいるのかはわからないけど、いつもこうしてさり気なく見守ってくれていることに感謝してわたしは今日も頑張って働きます。





『会長〜!緊急事態です〜!』

『む?どうした?29番!』

『はい!西側のスラム街を騎士団およそ一個師団がこちらに向かっているとのことです!』

『やはり……来たか。よし!29番は30番と81番に連絡!残りのものは屋根の上で緊急会議だ!』

『『『了解です!』』』



『……というわけだが何か質問は?』

『はい!』

『56番!何だ?』

『はい、万が一ミィスちゃんに危害が及ぶ可能性はあるのでしょうか?』

『100%ない!!40番と83番を待機させてある。尚且つ19番を前衛に配置。41番から45番を中衛に周囲は60番台が守っている。万が一も起こりえん布陣だ』

『了解であります!』

『よし!では全員配置につけ!』

『『『はい!!』』』



「ここがハビタットの酒場か……」


 スラムを抜け西側の端にある小さな酒場、ここにあの噂の少女がいる。


「隊長!配置につきました!」

「よし!相手は少女の姿をしているがキンググリズリーを一人で倒すほどの猛者だ。油断するなよ」

「はい!」


 そう言って私は酒場の扉を開け中に入っていった。


 酒場の中は薄汚い冒険者であふれかえっていた。

 ふん、私はそんな奴らを睨みつつ目的の少女を見つける。


「おい!そこの娘!そうだ、お前だ!話がある。ついて来い!」


 少女は声を掛けられて怯えたような顔をしたものの素直に後をついて酒場から出てきた。


 周囲の冒険者どもが何か言っているのが聞こえたがこちらは王国の騎士団だ。

 冒険者風情が何を言おうと知ったことではない。


「さて、私が何故お前を呼んだかわかっているな?」


 酒場から少し離れた広場で私は少女に問う。


「あの……わかりません……」

 少女は今にも消え去りそうな声で私に返答する。

 ふん、小賢しい。そうやって私を油断させるつもりか?


「森の中で我らの団長を虚仮にしたらしいな?」


 私がそう言ってやると少女はハッとした顔をして後ずさる。


「娘、お前の力を王国のために役立ててもらう。無論反論は許さん」

「そんな……わたしはお仕事が……」

「反論は許さんと言ったが?」

「でも……」

「やれやれ、所詮は小娘……か」

 私が合図を送ると周囲から騎士達が少女を取り囲むように現れる。


「ひっ!」

 少女が怯えた声を上げ細い腕で身体を抱きしめる。

 ふ、よく見れば中々の器量よ。案外楽しめるかもしれんな。


「捕まえろ!」


 私の合図で騎士が一斉に少女に詰め寄る。


『40番!絶対防御魔法!60番は周囲の雑魚を蹴散らせ!61番は目標をあのクソ野郎に設定!62番から65番は一斉射撃!!!』


 騎士が少女に詰め寄った瞬間、少女を中心に凄まじい突風が巻き起こり騎士達を撥ねとばす。

 更に追い討ちをかけるかのような風の刃が襲いかかる。


「ええい!何をしている!」

 少女は身体を抱きしめたまま私の方を泣きそうな目でみる。


「な、なん?ぐわぁっ!」

 四方八方から強烈な打撃を受け私は思わず膝をつく。


『61番!準備は?』

『完了しました!』

『よしっ!』


 周囲の騎士達は風の刃に切り刻まれ血だらけになり倒れている。


「貴様ぁぁ!私は王国の騎士だぞ!こんな真似をしてただで済むと思っているのか!」


 私は剣を少女に向けふらつく足取りで一歩を踏み出した。


「な?なんだ?」


 踏み出した私の剣を何かが掴んだような感覚を覚える。


「くっ!どうなっている?な、何だ?これは?」


 押しても引いてもビクともしない剣と何モノかが私の身体を押さえつけている。


『よし!16番!ミィスちゃんを安全なところに退避!退避確認後61番を残して全員上空に避難!!」

『会長!ミィスちゃんをお家に転移させます!』

『よし!優しくだぞ!そっとな!そっとだぞ!』

『全員避難完了しました!!!』



 動けない私の見ている前で少女の姿はゆっくりとはためきやがて消え去った。


「転移魔法かっ!おのれぇぇ!」


『よし!61番!!全力でやってやれ!』

『了解!!!さぁ、己の無力を知るがいい!』

『全員対ショック防御!衝撃に備えろ!巻き込まれるぞ!!』


『Another World 展開!!』

『座標固定!!転送開始します!』


「なっ?なんだ!これは?う、うわぁぁぁ〜!!」

「ひっひぃぃぃ〜!な、何が?え?マ、マッ……チ……ョ」




 この日を境に私は騎士を辞めた。無論部下達も同様に。

 私と部下達は王都から、いや王国から逃げだした。

 何も未練はなかった、いやそんなものあろうはずがない。


 何故なら……


 いや、よそう。せっかくあの悪夢マッチョから逃げだせたのだから……








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