第2話 歌姫ミィス
わたしの名はミィス。
この王都に来てもうすぐ4年が経とうとしています。
わたしの生まれ育った村はとても貧しく兄妹が多かったわたしは売られるか自ら村を出るかの選択しかありませんでした。
12才になったある日、わたしは意を決して村を去りました。
両親や兄妹にはもちろん何も告げていません。
言っても仕方ないことでしたし両親の悲しむ顔を見たくない思いもありました。
行くあてもなくひとり荒野で魔物の餌になるのを待つのは今思い出しても身が縮こまる体験でした。
初めてひとりで過ごす暗い闇の中で死を覚悟していたわたしにひとりの男性が手を差し伸べてくれました。
彼は王都から近隣の町へ行く途中の冒険者でした。
わたしを拾ってくれた彼はわたしをこの王都に連れてきてくれました。
命が助かっただけでも有り難かったわたしに、彼は今わたしが働いている酒場の給仕の仕事を紹介してくれました。
その後彼とは会っていません。
彼は名前も名乗りませんでした。酒場に来る冒険者の話ではあっさりと魔物にやられて死んだそうです。
わたしは生きていくためにこの酒場で働きました。
幸いにも訪れるお客さんには恵まれました。
その多くが冒険者の方々で、毎日の疲れを癒しに酒場を訪れます。
いつしかわたしは酒場で冒険者の方々の要望もあり歌を歌うようになりました。
そして気づいたのです。
わたしの歌は死者の魂を呼び寄せることに。
それは些細なことからでした。
ふとテーブルのコップを取ろうと手を伸ばすとコップはフワフワと浮かびわたしの手元にやってきました。
そして耳元で微かに笑い声が聞こえたのです。
わたしは怖くなり部屋へと駆け込みました。
鍵をかけ布団にくるまりガタガタと震えました。
その後も奇妙な現象は続きました。
不思議なことにわたしに対して害を及ぼすことはなく寧ろわたしを大事にしてくれているように感じました。
わたしには魔力はありません。
魔法の素養もなかったためこの現象が魔法によるものだとは到底考えられませんでした。
そんなある日、机に置いてあった羊皮紙にたどたどしくはありますが文字が書かれたのです。
『お側に仕えることをお許しください』
わたしはこのとき初めて彼等の存在を正確に認識しました。
果たして何人の死者がわたしに仕えてくれているのかはわかりません。
ですが、彼等はずっとひとりだったわたしのココロの友人になったのです。
そしていつしかわたしはこの酒場で「歌姫」と呼ばれるようになりました。
さてさて、わたしの身の上話はこの辺りにしておきましょう。
ほら、もう酒場に着きましたので。
今日もまた冒険者の方々のため、そしてわたしの友人達のために心を込めて歌いましょう。
「いらっしゃいませ、ようこそ。ハビタットの酒場へ」
酒場の入り口にはハビタットの酒場の看板。
そしてその下には死者以外には見ることの出来ない看板がぶら下がっている。
達筆な毛筆で書かれた看板の文字。
『ミィスちゃんファン倶楽部事務所』
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