オマケ 3 真夜中のオルゴール
子どものころ、僕は一度だけ、ぜんそくにかかったことがある。
小学四年くらいだったろうか?
この体験は、その前後の話だ。ぜんそくが先だったのか、その体験が先だったのかは、もう覚えがない。
最初にあった奇妙なこと。
それは、音だった。
僕は兄と祖父の三人暮らし。
いつもは、一階に祖父。
僕と兄の部屋は二階にあり、そこで寝ていた。
しかし、あの日は、なぜだったろうか?
三人いっしょに、祖父の部屋で寝ていた。僕は甘えん坊だったので、意味もなく、「今日は、じいちゃんといっしょがいいな!」とか言う子どもだった。たぶん、そんな経過だったんだと思う。
真夜中。
ふと、目がさめた。真っ暗なので、何時ごろなのか、わからない。となりを見ると、兄も祖父も寝ている。熟睡だ。
僕も、また寝ようとするが、なんでか目が冴えてしまった。時間だけが経過する。夜中の寝られない時間ほど、長いものはない。
あせっていると、急に音がした。
二階からだ。
キイッという音。勉強机のイスがまわると、あんな音がする。
でも、今、二階は無人だ。
そんな音をたてるような人は、誰もいない……。
にわかに緊張した。
あわてて、目をとじ、ふとんを頭までかぶった。
早く寝よう!
それしかないよ!
しかし、あせればあせるほど、眠気というのは、やってこない。
すると、そのときだ。
二階から、さらに異様な音がした。
音楽だ。オルゴールのような音がひびきわたる。メロディーも、はっきり聞こえた。今でこそ、忘れてしまったが、あのメロディー、大人になるまで口ずさむことができた。暗鬱で、まがまがしくも美しいメロディー……。
魔界の音だなと、子どもながらに感じた。
なぜ、あれほど大きな音だったのに、祖父や兄は起きなかったのか?
悔しいほど規則的な寝息が、すうすう聞こえてくるばかり。
どれほどか経って、僕の意識は、いつのまにかなくなっていた。
このことが契機だったように思う。
その後、しばらくのあいだ、僕は集中して変な経験をした。
ただ、小学生なので、日々は普通にすぎていく。
夏休みになって親戚の家に泊まりにいった。ぜんそくにかかったのは、とつぜんだ。昼まで元気だったのに、夕方ごろから、急にセキが出て止まらなくなった。夜になるにつれ、症状がひどくなる。
心配した祖父が、近所の病院につれていってくれた。歩いて十分か、十五分。土地勘がないので、今ではまわりの風景などは、よく覚えてない。
だが、この病院までの道すじに、忘れられない場所がある。
墓場だ。
親戚の家は、車道に出るためには、必ず墓場を通らなければならないのだ。
病院で、ぜんそくだと診断された帰り道。
僕は祖父の手をしっかり、にぎっていた。あたりは、すっかり暗かった。田舎なので街灯もない。病気で話す元気もなく、とぼとぼ、歩いていく。
いやだな。また、帰りも、あのお墓を通らなくちゃ……。
その手前に、さしかかったときだ。
僕は急に、何かに視線をひきよせられた。声が聞こえたとか、音がしたというわけではない。まっすぐ前を見ていたのに、磁石に鉄くずが吸いよせられるように、僕の目は、すうっ——と、それへと流れた。
墓場の向かいに空き地がある。
そこに、おばあさんが立っていた。
白い着物の、白髪頭の、おばあさん。
おばあさんと僕の目があった。
生きてる人じゃないことは、ひとめでわかった。なにしろ、おばあさんは全身が青白く発光していたから。着物の上に横縞のちゃんちゃんこのようなものを羽織ってる。その横縞が、白黒ではなく、白青に見えていた。
どうしよう。オバケだ……。
僕は恐怖のあまり、声も出ない。
すると、おばあさんのほうから目をそらした。物悲しい表情で、うつむく。
その瞬間、何かの呪縛から解放されたように、僕は視線を動かせるようになった。見あげると、祖父は前だけを見て、それに気づいていない。
祖父が僕に話しかけたが、僕は、まったく上の空だ。
ほんのり、視界の端が発光するのを無視して、かたくなに前を見つめた。
*
その数日後だったろうか。
僕は親戚のうちの二階で、人魂を見た。ガラスごしに、屋根の上を大きく波打ちながら、墓場のほうへ向かい、ゆっくりと飛んでいった。
大人になってから、何かの本で読んだのだが、ゆっくり蛇行しながら飛ぶのは、お年寄りの魂なんだそうだ。若い人の魂は、まっすぐ、速く、飛んでいくのだと。
あのおばあさんの魂だったのかなと思う。
怖かったけれど、悪意は感じなかった。
何か、訴えたいことがあったのだろうか? それとも、たまたま波長があって見えてしまっただけ?
墓場の近くだったことにも意味があったのかもしれない。
世の中には不思議なことが、たしかにある。
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