第69話 エクソソーム〜幻惑のイブ〜1

 Exosome——


 アプリをひらくと、オープニングタイトルのあと、画面が暗くなった。


 ロウソクの火のような、ゆれる光が、ほのかに片すみをてらしている。


 その闇のなかに、女の姿が見える。ぼんやりして顔立ちもよくわからない。ただ、うっすらと白い人の形。まだ幼い。


「わたしは、イブ」と、彼女は言った。


 ウワサどおりだ。


 やっぱり、これが、あの伝説の神アプリか。


“幻惑のイブ”——


 そのアプリのウワサを、波瑠はるが最初に聞いたのは、八年前のことだ。当時、高三で、大学受験を間近にひかえていた。


 クラスメイトのなかには、これに夢中になっているヤツもいた。


 いや、正確に言えば、これを探すことに、だ。


 このアプリは、いつでも誰にでもダウンロードできるわけではない。


「知ってるか? 幻惑のイブって」


 そう言ったのは、当時の友人の竜飛りゅうとだ。


「なに? またゲーム? おれ、今、それどころじゃないよ。追いこみで忙しいんだ」


「なに言ってんだよ。おまえ、余裕の合格組じゃん。それよりさ。ほんと、すげえんだよ。おまえさ。イブ伝説って知ってる?」


「知らないよ」


「だと思った。今さ。ネットで、すっごい盛りあがってるんだ」


「なに? つまり、都市伝説?」


「ただの都市伝説じゃないんだ。リアルだよ。リアル都市伝説。ええと……去年かな。なんか、アメリカの大学で、人工知能の研究してた、なんとかって日本人の学者が死んだんだって」


 センター試験も近かったので、正直、真剣には聞いていなかった。でも、そこで、ちょっと興味がわいた。


 なんとかって学者っていうのは、もしかして、新見蒼介にいみそうすけだろうか?


 新見は波瑠が尊敬している数少ない人間の一人だ。


 マサチューセッツ工科大学を卒業後、人工知能研究の第一人者として、その名を知られている。


 たしかに、去年、死亡のニュースがながれた。


 まだ三十前だったのに、急病だったようだ。


「新見蒼介が、どうかしたの?」


「新見? そうそう。そんな名前だったかな? アプリ作ったのが、その天才なんだってさ」


「新見の作ったアプリ……どんなの?」


「ほら、会話系のアプリってあるだろ? AI美少女とかさ。人工知能と会話するやつ。それの育成シュミレーションタイプのやつで、会話の分岐で、どんどん性格変わってくんだってさ。


 そんでさ。そんでさ。マルチエンディングみたいに、トゥルーエンディングがあってさ。そこに到達すると、ものすっごいことが起こるんだって! そういうウワサ」


「ものすっごいって、どういうことだよ?」


「新見のかくした遺産が手に入るらしい」


「遺産って、何?」


「知らないよ。まだ、そこに到達したヤツいないって話だし。第一さ。アプリ見つけることさえ難しいんだよ。


 いろんなアプリの検索して、あちこち飛んでると、たまにだけど、行きつくことがあるらしいんだよな。


 しかも、同じ方法で次に探しても、たどりつけないんだ。だから、幻の神アプリって言われてる」


 つまり、違法アプリだ。Apple Storeなどでは検閲がかかってる可能性がある。


「ウワサだろ? そんなの。それとも、誰か、やってるヤツいる?」


「まわりではない……かな? でも、二年の金井ってヤツがダウンロードできたって、みんなに自慢してるって話だけど?」


「ふうん」


 残念だが、新見が、ただのゲームアプリを作るなんて考えられない。


 たぶん、別人が作った違法アプリにハクをつけるために、新見のネームバリューを借用しただけに違いない。


 そのときは、そう思った。


 だが、その数ヶ月後。

 金井という二年生の生徒は死んだ。

 自殺だったという……。

    

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る