第69話 エクソソーム〜幻惑のイブ〜1
Exosome——
アプリをひらくと、オープニングタイトルのあと、画面が暗くなった。
ロウソクの火のような、ゆれる光が、ほのかに片すみをてらしている。
その闇のなかに、女の姿が見える。ぼんやりして顔立ちもよくわからない。ただ、うっすらと白い人の形。まだ幼い。
「わたしは、イブ」と、彼女は言った。
ウワサどおりだ。
やっぱり、これが、あの伝説の神アプリか。
“幻惑のイブ”——
そのアプリのウワサを、
クラスメイトのなかには、これに夢中になっているヤツもいた。
いや、正確に言えば、これを探すことに、だ。
このアプリは、いつでも誰にでもダウンロードできるわけではない。
「知ってるか? 幻惑のイブって」
そう言ったのは、当時の友人の
「なに? またゲーム? おれ、今、それどころじゃないよ。追いこみで忙しいんだ」
「なに言ってんだよ。おまえ、余裕の合格組じゃん。それよりさ。ほんと、すげえんだよ。おまえさ。イブ伝説って知ってる?」
「知らないよ」
「だと思った。今さ。ネットで、すっごい盛りあがってるんだ」
「なに? つまり、都市伝説?」
「ただの都市伝説じゃないんだ。リアルだよ。リアル都市伝説。ええと……去年かな。なんか、アメリカの大学で、人工知能の研究してた、なんとかって日本人の学者が死んだんだって」
センター試験も近かったので、正直、真剣には聞いていなかった。でも、そこで、ちょっと興味がわいた。
なんとかって学者っていうのは、もしかして、
新見は波瑠が尊敬している数少ない人間の一人だ。
マサチューセッツ工科大学を卒業後、人工知能研究の第一人者として、その名を知られている。
たしかに、去年、死亡のニュースがながれた。
まだ三十前だったのに、急病だったようだ。
「新見蒼介が、どうかしたの?」
「新見? そうそう。そんな名前だったかな? アプリ作ったのが、その天才なんだってさ」
「新見の作ったアプリ……どんなの?」
「ほら、会話系のアプリってあるだろ? AI美少女とかさ。人工知能と会話するやつ。それの育成シュミレーションタイプのやつで、会話の分岐で、どんどん性格変わってくんだってさ。
そんでさ。そんでさ。マルチエンディングみたいに、トゥルーエンディングがあってさ。そこに到達すると、ものすっごいことが起こるんだって! そういうウワサ」
「ものすっごいって、どういうことだよ?」
「新見のかくした遺産が手に入るらしい」
「遺産って、何?」
「知らないよ。まだ、そこに到達したヤツいないって話だし。第一さ。アプリ見つけることさえ難しいんだよ。
いろんなアプリの検索して、あちこち飛んでると、たまにだけど、行きつくことがあるらしいんだよな。
しかも、同じ方法で次に探しても、たどりつけないんだ。だから、幻の神アプリって言われてる」
つまり、違法アプリだ。Apple Storeなどでは検閲がかかってる可能性がある。
「ウワサだろ? そんなの。それとも、誰か、やってるヤツいる?」
「まわりではない……かな? でも、二年の金井ってヤツがダウンロードできたって、みんなに自慢してるって話だけど?」
「ふうん」
残念だが、新見が、ただのゲームアプリを作るなんて考えられない。
たぶん、別人が作った違法アプリにハクをつけるために、新見のネームバリューを借用しただけに違いない。
そのときは、そう思った。
だが、その数ヶ月後。
金井という二年生の生徒は死んだ。
自殺だったという……。
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