第49話 悪意


 Rさんの体験です。


 そのころ、Rさんは、ある店でアルバイトをしていました。その店はスタッフのあいだでは、霊が出ると有名でした。


 あるとき、夜のシフトになり、閉店後の作業をしていました。ほかの店員が一人、また一人と帰っていき、Rさんは最後になりました。


 作業が終わると電気を消し、階段へむかいました。


 店内を消灯しても、階段に照明がついているので、完全な暗闇ではありません。


 Rさんはなれているので、ふだんは薄暗がりのなかでも怖くありません。


 しかし、この日は何かが違いました。


 なんというか、店のなかに誰かが、まだ残っているのかと思うような、妙な気配を感じるのです。


 ソワソワしていたので、やたらと周囲を見まわしながら、ゆっくりと歩いていきました。


 ですが、店内では、これといったものも見あたらず、ぶじに階段まで来ました。


 以前、レジにすわるおじいさんの霊を見たので、神経が過敏になっていたのでしょうか?


 じつはRさん、これまでにも何度か霊を見たことがあります。それにしても、こんなに落ちつかないのは初めてでした。


 階段の前まで来たRさんは、なにげなく、階段の右側を見ました。そこには行き止まりのろうかがあり、壁にそって棚がならぶ物置のようになっていました。そのせいで、ろうかの幅は一メートルもありません。


 そこに、いたのです。

 ひとめで人間でないことはわかりました。


 なぜなら、それは空中に浮かんでいたからです。頭が天井についていました。

 そのせいで正確な身長はわかりませんでしたが、まだ子どもだろうとRさんは思いました。女の子です。着物を着ています。赤い振袖。長い黒髪。


 しかし、それは可愛いとか、キレイと言うのとは、まったく違います。

 長い前髪が胸までたれ、顔を完全に隠していました。かろうじて帯で、体が前面をむいているとわかります。


 そのとき、Rさんは、イヤな感じをおぼえました。これまで何度も霊を見たけど、その感覚は初めてでした。女の子から悪意を感じたのです。


 思わず、立ちすくむRさんの前で、とつぜん、女の子が首をふりました。右、左。そして、上、下。


 マズイとRさんは思いました。

 女の子の顔が見えてしまう。

 目があってしまうと考えたのです。


 目があってはいけない。逃げよう!


 恐怖にかられて、Rさんは階段をかけおりました。外に出ると、心から、ほっとしました。


 幸いなことに、その後、女の子を見たことはありません。ただ、断言できるのは、あのとき目があっていたら、きっと、とんでもなく恐ろしい思いをしただろうということです。


 あの霊には、悪意があったのですから……。


    

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