第48話 紫陽花



 これはRさんから聞いた話です。

 子どものころ、Rさんは、よく不思議な体験をしました。それはそのなかの一つです。


 小学生のときのある日、Rさんは妹や上級生といっしょに下校していました。

 通学路の途中には公園があり、歩道に面して紫陽花あじさいの木がならんでいます。梅雨どきだったので紫陽花は花盛りです。


 みんなで話しながら、そのよこを通っていました。

 Rさんは一歩前を歩いていたので、話にくわわろうと、うしろにいる妹のほうをふりかえったのです。


 そのとき、Rさんは紫陽花のなかに変なものを見つけました。

 紫陽花の茂みのなかから、おじさんが顔だけ出してのぞいています。見たことのないおじさんです。ふりかえったRさんと、しっかり目があいました。

 変な人だなぁとRさんは思いました。

 なぜなら、紫陽花の木は小学生のRさんの身長くらいしかなかったからです。つまり、Rさんと目線の高さが同じおじさんは、紫陽花のむこうで中腰になって、こっちをのぞいていることになります。

 いかにも不審人物でした。

 Rさんは低学年だったので、変な人だとしか思いませんでした。が、


「そこに、おじさんがいる」


 Rさんが言うと、上級生はあわてました。変質者かもしれないと思ったわけです。


「え? どこ、どこ?」

「ほら、そこ」

「ええ? どこ?」

「紫陽花のとこ」


 おじさんは、じっと、こっちを見てるのに、みんなには見えないようでした。


「ほら、ここだよ」


 紫陽花の茂みの裏側にまわってみたRさんはわけがわからなくなりました。そこには誰もいなかったのです。


 急に怖くなって、Rさんたちはキャアキャア言いながら逃げだしました。


 そのあと、しばらく、Rさんはその道を通るのが恐ろしくてしかたありませんでした。

 けれど、それ以来、一度も変なおじさんは現れません。しだいにRさんも気にしなくなりました。




 *


 さて、Rさんは大人になりました。不思議な体験をすることもありません。子どものころにだけ霊感の鋭敏な人は、わりによくいます。Rさんもその力がなくなったのだと安心していました。


 ところが、先日、たまたま休日の昼間、その道の近くを通りました。

 紫陽花が色とりどりに咲き、とてもキレイでした。

 Rさんの前を数人のランドセルを背負った小学生が歩いています。

 きゃっきゃっと笑って歩く姿は、とても微笑ましく思えました。

 先頭の一人がこっちをふりかえったときに、急に叫び声をあげました。目をみひらいて、紫陽花の茂みのまんなかをじっと見つめています。


 Rさんもそちらを見ました。

 まさにRさんがあのおじさんを見た、その場所です。

 Rさんには大きな青い紫陽花しか目に入りません。

 でも、わかりました。

 おじさんは、まだ、そこにいるのだと。


 子どものときに一度だけ見た、あのおじさん。

 今でも忘れられません。

 紫陽花みたいに真っ青で、頭からダラダラ血を流していた、あの……。

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