第46話 影絵の街

 〜ぼくのおうちは、どこですか?〜



 夕ぐれの街で、ぼくは影ふみして遊んでいます。

 道に迷って、おうちに帰れないからです。学校の行き来、いつも通った道のはずなのに。


 ねえねえ、おねえさん。

 ぼくの、おうち、知りませんか?

 そんなに急いで行ってしまわないでよ。

 ぼく、ほんとに困ってるんだ。


 なんとなく見おぼえのある道を、何度も通ってみるけど、あれ? なんで?

 また、ここに帰ってきた。

 大勢の行きかうスクランブル交差点——


 ぐるぐる。ぐるぐる。

 目がまわる。

 もう、つかれちゃった。

 朝から、ずっとこうしてるんだもん。道を聞こうとしても、みんな知らん顔して通りすぎるし。


 学校に行くのはあきらめました。

 今はおうちに帰る時間。

 きっと、ママが心配してるよ。

 早く帰らなくちゃ。


 ビルのあいまに、夕日の色が真っ赤っか。ビルの影も、通りすぎる人たちの影も、とっても長い。

 ながーく、ほそーく、黒い影。

 みんな、おうちに向かって、急ぎ足。

 ぼくもいっしょに急ぎ足。

 みんなについてけば駅にたどりつけるかも?


 あっ、あのビル!

 あそこに地下鉄に続く入口があるんだよね。あそこまで行けば、おうちに帰れる。

 ぼくの胸ははずみました。

 もうすぐ。もうすぐ。

 あとちょっと。

 黒い地下への階段に、どんどん飲みこまれていく人たち。そのあとに、ぼくもついていく……。


 なのに、なんで?

 気がつけば、やっぱり、ここにいる。

 スクランブル交差点——


 おかしい……こんなの変だ。

 …………。


 夜になってしまった。

 月がのぼってきました。


 早く、おうちに帰りたいよ。

 ママ。ママ。迎えにきてよ。

 ひとりぼっちで、ぼく、さびしいよ。


 明るい月が地上に影を作ります。

 よっぱらった、おじさんを見つけました。よっぱらいキライだけど、ぼくは勇気をだして近づきました。


「ねえ、おじさん。ぼく、道に迷ったんです。ぼくのおうちを知りませんか?」


 声をかけるとき、ぼくの足がおじさんの影をふみました。おじさんは急に血をはいて地面に倒れました。


 わッ。ビックリ!

 怖いよ。


 ぼくは、あわてて逃げだしました。

 おかげで、また道を聞けなかった……。


 明るい電気の光を見つけました。

 やったー! コンビニだ。あそこなら、きっと、道を教えてもらえるよ。

 お店に入ろうとしてる、おねえさん。ぼくは夢中で背中をたたきました。


「こんばんは! 道を教えてください!」


 おねえさんはふりかえったあと、悲鳴をあげました。それで、また血をはきました。


 な、なんなの?


 そのあと、コンビニの店員さんが外にとびだしてきました。まもなく、救急車が呼ばれてやってきました。

 ぼくは倒れたおねえさんが運ばれていくのを、店員さんとならんで見ていました。


「ねえ、店員さん。あのおねえさん、大丈夫かな?」


 ぼくが近づいて影をふむと、店員さんも倒れました。

 救急隊員のおじさんたちが大騒ぎしています。


「例のやつか!」

「大変だ。この人にも感染したぞ!」


 怖くなって、ぼくは逃げました。

 公園で夜をすごしました。

 朝になりました。

 ぼくは、ぼんやり、ブランコにすわってました。

 おじいさんが犬の散歩にやってきました。

 わあっ、カワイイ子犬!

 ぼくがかけてくと、おじいさんが倒れました。子犬はぼくにむかって、ほえたてました。悲しくなって、かけ去りました。


 気がつくと、また、スクランブル交差点にいます。昼ごろになってました。たくさんの人が歩いています。


 ぼくはパニックになりました。

 手あたりしだいに、そのへんの人に声をかけました。


「だれか……だれか、助けてください! ぼくのおうちを知りませんかっ?」


 ぼくが近づいていくと、バタバタ人が倒れました。

 みんな、血を吐いて、真っ赤っか。

 夕日の色みたい。

 救急車やパトカーがたくさん来ました。

 ぼくは叫びました。


「ねえ、おじさん。警察官でしょ? ぼく、おうちに帰りたいんだ! おねがい。助けてよ!」


 警察官も倒れました。

 キャアーッと悲鳴があがります。


「感染だ! 感染が始まった!」

「こっちに来ないで!」


 もう、ぼくの声は誰にも聞こえないみたい。


 ぼくは泣きました。


 おうちに帰りたいよ。

 こんなの、もうやだよ。

 変な病気がはやってるみたいだし。インフルエンザかな? それとも、もっと怖い病気かな?


 どうして、ぼくはここから、ぬけだせないの?

 どうして、みんな、ぼくのこと見えないふりするの?


 ぼくの近くで、高校生くらいのおねえさんたちの話し声が聞こえます。


「ねえ、知ってる? ここってさ。呪われてるんだって」

「へえ」

「この前、歩行者に車がつっこんだっしょ?」

「ああ。男の子が死んだやつね」

「うん。だから……なんだって。あのあと急に、ここで人が死ぬようになったって」

「へえ。そうなんだ」



 ——これは感染ではない——



 そのとき、ぼくは気づきました。

 逃げまどう人たちの黒い影。

 車の影。

 ポストの影。

 並木の影。

 ビルの影。


 でも、ぼくには、影がない。


(そうか。それでだったんだ)


 ママがいっつも言ってたっけ。

 落とし物しちゃいけませんって。

 ぼくが影を落っことしちゃったから、おうちに帰れないんだ……。




 ぼくは影をさがしています。

 自分の影を。


 夕ぐれになるといろんな人の影が、ながく、ながく、地面に伸びます。


 今日もおうちに帰れない。

 だから、ぼくと遊んでよ。


 影ふみしよう?

 ぼくと、いっしょに——



    

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