第18話 先生、行かないで



 Rさんが中学生のときです。

 こんなことがありました。


 その日は晴れていたので、体育の授業のため、生徒はグラウンドの一か所に集められていました。


 体育は若い女の先生です。

 寒い冬の日だったので、先生は白いウィンドブレーカーを着ていました。

 このY先生、ちょっと美人なので、男子生徒には人気が高かったのです。


 Rさんは体育が苦手で、ぼんやりとY先生の説明を聞くともなく聞いていました。


「——はい。じゃあ、説明おわり。みんな立ってねぇ」


 そう言われて我に返り、Rさんは先生のほうに向きなおりました。

 そして、ギョッとしました。

 先生の着ているウィンドブレーカーが、真っ赤に染まっていたからです。

 白かったはずの服が、ちょっと目をそらしていたあいだに真っ赤に……。


 それも、染色したような染まりかたではなく、肩のほうから赤い液体が流れたように、まだらになっていました。

 両袖は白いままで、胴体の部分だけ、ベストをまとったように赤いのです。

 まるで、ウィンドブレーカーが血に染まったかのようでした。


 なぜ、とつぜん、そんなことになったのかわかりません。が、Rさんは思いました。Y先生に悪いことがなければいいなと。


 不吉なものを見た気がして、卒業するまで、ずっと気にかかっていました。

 ですが、Y先生の身には、とくに、これといったこともありません。

 Rさんの気のまわしすぎだったようです。

 きっと、あの血に染まったウィンドブレーカーも、ただの目の錯覚だったのでしょう。


 Rさんは中学を卒業し、だんだんに、あの日のことを思いだすことも少なくなっていきました。




 *


 あれから十年たちました。

 ひさしぶりに中学のメンバーで、仲のよかった友達が集まって女子会をすることになりました。

 数年ぶりに会う人もいて、女子会はとても楽しかったのです。

 そのうち、Aさんが急にこんなことを言いだし、Rさんは緊張しました。


「ねえねえ、そういえば、体育の先生で、Yちゃんっていたじゃない。おぼえてる?」


 おぼえてるも何も忘れるわけがありません。

 いつも、この先生に悪いことがあるんじゃないかと思いながら見ていた人ですから。


 Aさんが話題にするということは、先生の身に変事があったのでしょうか?


 だまっていると、ほかの友人たちが、おぼえてるとか、おぼえてないとか答えて話がはずみます。


「ほら、いたでしょ? 大学卒業したての女の先生で、可愛いって、男子がさわいでた。知ってた? Yちゃん、社会のO先生と結婚したんだよ!」

「ええっ! O? あの寝ぐせのO? キモオタのO?」

「ないわぁ。ないない」

「趣味悪すぎぃ」


 友人たちはそんなふうに話して笑っています。

 でも、Rさんは、それを聞いて安心しました。

 Y先生は今も幸せなようだ。

 やっぱり、あれはただの錯覚だったのだと確信したからです。

 ほっとして、Rさんも話にくわわりました。


「なんで、A、そんなこと知ってるの?」

「ああ、叔母さんがさ。たまたま、Y先生の同級生で仲がいいんだよ。そういえば、結婚式のときの写真、転送してもらったかも」


 Aさんはスマホをひらいて操作すると、みんなの前に出してみせました。

「あった。これこれ」


 友人たちは大盛りあがりです。


「わあっ、Yちゃん、キレイ」

「やっぱ可愛いね。アイドル顔だよね」

「へえ。こうやって見たら、Oもまあまあアリじゃない?」


 ウェデイングドレス姿のY先生とO先生がならんで笑いあっています。


 最初はなにげなく見ていたRさんですが、ふと気づいてイヤな感じがしました。

 披露宴の演出上のものだと思いますが、ライトをあびて、白いウェデイングドレスが胴体の部分だけ赤く見えるのです。ちょうど、あの日に見たのと同じように。


 そして、幸せそうに笑うY先生の背後に、黒い人影が……。


 その顔に見おぼえがありました。

 中学のとき、交通事故で亡くなった、同じクラスの男子生徒Nくんです。Y先生を可愛いと言ってさわいでいたなかの一人でした。


 Nくんは、まるで「先生、僕をおいて行かないでよ」とでも言うかのような悲しげな目で、Y先生を見つめています。

 制服の白いシャツが、血で真っ赤に染まっていました。

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