第13話 匂い



 妻は美しかった。

 美しすぎて、高慢ちきで、体裁ばかり気にする冷たい女だった。夫のおれをちっとも大事にしない。

 おれが愛人を作ったのは、当然のことと言える。


 そりゃ、若いころは、あいつの完ぺきな美貌と、ナイスなボディに夢中になった。

 冷たさもツンデレと解釈して気にしなかった。

 だが、今にして思えば、あいつはキレイなだけの人形だ。死体を抱いてるのと変わりはない。


 出張とウソをつき、四日ほど愛人宅に泊まりこんだ。

 五日めの夜、うちに帰ると、妻は死んでいた。心臓発作だったらしい。


 真夏の盛りに五日間、放置されたのだ。

 妻の遺体の損傷は激しかった。

 家じゅうに腐敗臭が充満し、息もつけないほどだった。


 葬式には親類縁者が集まってきた。

 みんな、ヒソヒソと、その匂いについて陰口をたたいた。

 妻は美人すぎて、親戚にまで、やっかまれていたのだ。


「くさい。くさい」と、これ見よがしに鼻をつままれたり、嘲笑われるのを見ると、さすがに妻が哀れな気がした。


 まあ、なんといっても、一度は愛した女だ。

 とつぜん、いなくなると、妙にさみしい……。


 さんざんな葬式が終わり、初七日もすぎ、家のなかの匂いは消えた。


 だが、そのあと、すぐだ。

 妻をせせら笑った親戚たちが、急に何人も立て続けに死んだ。

 死にかたが変だったらしい。


「匂いがする! あの匂いが——」

 叫びながら、マンションの屋上から飛びおりたり、電車の前に駆けだしたりしたらしい。


 おれの愛人も、とつぜん、心を病んで入院してしまった。秘密の関係だったので、しぜん消滅だ。

 おれのまわりで何が起こってるんだ?


 ただ最近になって、ときどき、ふっと匂いがする。

 あの匂い……。

 忘れようにも忘れられない、あの匂い。


 そんなとき、すくむような冷気を感じる。

 何かが、おれのうしろに立っている。

 冷たい声がささやく。


「よくも、わたしに恥をかかせたわね」


 美しくない自分を衆人にさらされたことは、妻にとって、死んでも許せないことだったのだ。


 死んでも……。

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