第9話 二階の女



 子どものころ、夏休みになると、一家で遊びに来るイトコがいました。

 その日は近所の神社でお祭りがあるので、みんなで遊びに行こうという話になりました。


 夜になり、僕らはつれだって神社へ向かいました。

 僕は仲のいいイトコと話しながら、ならんで歩いていました。

 話に夢中になっていると、とつぜん、イトコが「あッ」と大きな声をあげました。


「どうしたの?」

「あそこの二階——」

「えっ?」


 僕はイトコが指さすさきを、ふりあおぎました。

 近所の家のなかの一軒です。

 その二階を指さしながら、イトコは言うのです。


「……今、そこに女の人がいたよね?」

「ああ、うん……」


 僕は、てきとうに生返事しました。


「あそこ、お年寄りの夫婦が住んでるんじゃなかった?」と、イトコは言います。

「うん。でも、娘さんがよくようす見に来るよ。その人だったんじゃないの?」


 老夫婦の娘にあたるおばさんのことはイトコも見たことがありました。


「もっと、若かったみたいだけど……」


 イトコが口をつぐんだので、僕は話題をかえました。

 そのあとすぐ、神社につきました。

 イトコもお祭りを楽しんでいるようで、それきり、その話をすることはありませんでした。


 それから十数年が経ち、大人になってから、イトコに再会しました。

 近所を歩いているときです。

 例の家の前で、イトコは言いました。


「おぼえてる? 子どものころ、ここで女の人、見たよね?」

「ああ、うん。そんなこと言ってたよね」

「あれさ。絶対、オバケだったよね?」

「う、うん……」

「だよね! あれ、生きてる人の顔じゃなかった」


 たぶん、そうなんだろうと思います。

 だって、イトコが叫んだあと、すぐに僕はふりかえりました。なのに、僕には見えなかったんですから。


 二階の女は、イトコにしか見えていなかったのです。

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