裏側の意思
押しかけて来た彼女達は各々適当な所に陣取る。千恵は俺の座っていた椅子に腰をかけていた。近くにドライヤーがあったからだろう。彼女は電源を入れて髪に温風を当て始める。
「髪ぐらい乾かしてから来れば良かっただろ」
「そうだね。ボクもそう思う。でも、いろいろと揺らぎそうだったから、後回しにしたんだ」
よく分かんねぇことを言い出したな、こいつ。でもその言葉には彼女なりの理由が込められているのだろう。考えなしに口を動かす奴ではないのは俺が一番よく知っている。
「矢橋さんがドライヤーかけ終わったら、仕切り直しをしようか。せっかく人数が増えたんだし」
「そうだな。でもせっかくだし罰ゲームとか決めとく?」
「良いね。普通のババ抜きはマンネリ化してたし。丁度いい」
さっきまでババ抜きに参加していた籠島と秀斗がカードを集めながら言葉を交わす。彼らは女性陣に向けて目線を送った。
「みんなは何が良いと思う?」
「え~止めてよ。そんな急に言われても私頭回んないよ~」
「郁、お前には聞いてない」
「シュー君、喧嘩売ってる? あーあ、せっかく昼間の件はチャラにして上げようと思っていたのにさー」
「悪かった、俺が悪かったから。発言は取り消す。でもお前、何か考えでもあるのか?」
「いや、無いけど」
「……なら一緒じゃねぇか」
秀斗が呆れながら肩を落とす。その動作でまた早乙女さんのヘイトを買っている気がしないでもないが、そこは俺が心配することじゃないだろう。
「真奈はどう? なんかある?」
「アタシ!? アタシは……そう、だね」
作美は急に話しかけられたことに驚いたのか言葉に纏まりがない。ちなみに顔も赤い。これは籠島効果だろう。しばらく考えた後、作美は咳払いして会話を再開させた。
「具体的には無いけど、勝った人が次の罰ゲームを決める、とかどう?」
「それならやっている間に内容を決められるし、郁も安心だな」
「秀斗、お前少しは懲りた方が良いぞ。早乙女さんが今にも襲い掛かってきそうなトラみたいになってるから」
「げっ!?」
秀斗が目線を向けた所で早乙女さんはスタートを切って室内で鬼ごっこが始まる。小学生かお前らは……。でも秀斗の不躾ぶりからして早乙女さんには好きな様にさせておいた方が後々禍根を残さなくて済む。そう判断して放置を決め込むことにした
「じゃあそれで行こう。さっき一位になりそうだったのは籠島だから、お前が罰ゲームきめていいぞ」
「良いのか? じゃあお言葉に甘えて決めさせてもらうよ」
籠島は特に間を空けて考える事無く、続けてこういった。
「次最下位だった人は……初恋の人について話すで、どう?」
罰ゲームとしては悪くない。ほどほどに重く、定番のラインを付いている。他のメンツも恥じらいはあれど、特に不満もなさそうだった。
秀斗と早乙女さんを静止させて、テーブルにつかせる。その間に籠島がシャッフルしたカードが一枚ずつ配られていく。その光景を見ていた千恵が口を挟んでくる。
「一ついいかな」
「何、矢橋さん。どうかした?」
「追加ルールの話。せっかく罰ゲームがあるんだから純粋に実力が出ないと面白くないだろう」
まあ、確かに。でもババ抜きに実力もなにもないと思うんだけどなぁ。
「それは言えてるけど、何を追加するの」
「ほらいるだろう、終盤になると手札を伏せてシャッフルしてから相手にカードを引かせる奴。あれだと駆け引きとしてつまらない。だからシャッフルはともかくとして、必ず手札を見る事を追加したいんだ」
運で片付けるのではなく、相手の表情や仕草から手札を読むゲームにしようと言う事だ。常にコイントスのゲームよりは満足が行くゲームができる。特に断る理由もなく全員がそれを承知してゲームを始めた。
▼
「すげえな。ここまで決着がつかないと」
「私もそう思うよシュー君。あのさ~千恵。一つ聞いていい?」
「構わないよ」
「残ってるカードが三枚になってからここまで長引くゲームだったけ? ババ抜きって」
「いや、ボクが知る限りもう少しスムーズに終るはずなんだけどね。真也が顔に出過ぎなのがいけないんだ」
「真奈もなかなかだよ。二人とも表情を隠そうと必死なのに隠しきれてないのがホント、もう……」
「なんか、にらめっこを見てる気分だよね~」
「うるせえ! 外野は黙って見てろ!」
「そう。ホントウザいっての!」
ババ抜きが進んで行った結果、残った奴は察しただろうが俺と作美だった。お互いに最後の一枚を引き当てようとしてるのだが、それがなかなか叶わない。
外野を黙らせてから再び向き合う。今度は作美が俺の手札を引く番だ。彼女の手が伸びて、右を掴んだかと思えば、左に動き、また右に戻って行く。ここで俺が動いて、どちらかの手札をずらしてみたりしてもいい。だが、これまでそれが全て裏目に出て来た。故に俺はここで動くことはしない。そう決めていた。
迷った末に作美はポケットからおもむろに財布を取り出す。何を考えているのだろうか賄賂? ババ抜きにか?
そんな事を一瞬考えたが彼女が取った手段は違った。百円玉を出して俺の手札をそれぞれ指差して「表」「裏」と宣言。指で弾かれた百円は宙を舞って手の甲に収まった。抑えていた手が離れると大きく「100」と書かれたの面が見えた。
「表だからこっち!」
彼女の行動に気を取られているうちに俺の手札からカードをかすめ取られる。彼女が両手を上げて、二枚のカードがセットで場に出された。
「いや、コイントスってありかよ!?」
「表情を読ませないのが禁止なのであって、それ以外はアリしょ」
「えっ!? あり?」
俺が上がって後ろに控えていた奴らに問いかける。ゲラゲラ笑う者、笑いを押し殺す奴などと様々だったが、どちらもしばらく応対ができそうにない。
「というかお前、百円玉ってそっちの面は裏だろ!」
「えっ、嘘? こっち表面でしょ」
「違う、だからこっちを引くべきだったんだよ」
そう言って俺が残りの手札を掲げて見せたが、それが余計に笑いを誘ったようで、声がまた一段と大きくなった。
▼
「じゃあ、真也は初恋の話な~」
「いやー楽しみだね~シュー君。正直言い出しっぺの法則で籠島君か作美さんが負けるかと思ったけど、まさかコイントスするとはね~」
「その話はもういいって。アタシだって必死だったんだから」
ニヤニヤと笑いながら着席する秀斗と早乙女さん。軽口を叩きながらも自分が罰ゲームを受けなかった事にほっとしている作美。今にして思えば、あの時作美が負けていれば、このタイミングで籠島への想いを吐露できたのではないだろうか。初恋かどうかはともかくとして、そういう場にすることはできたはずだ。勝負の時は熱くなっていてこんな事を思いつかなかった。
まあ負けてしまった以上、こんな事を考えたって仕方がない。さっさと始めよう。
わざとらしく「初恋の話だったよな」と確認を取るとほぼ全員が頷く。ただ一人、千恵はどうも渋っている。まあ彼女の気持ちも分からなくはない。今から自分の事を話されるのだ。負けてもいないのに罰ゲームも同然の仕打ちを受けるなんて災難だとは思う。恨むなら俺を惚れさせた過去の自分に言ってくれ。
「初恋の相手は幼稚園の同級生だった」
「へぇ、ませてるなー真也」
「秀斗ほどじゃない。きっかけは……どうだったかな。確か、鬼ごっこをするのに人数が少なくて誘ったんだっけ。頭の使い方が上手くてさ、最初の鬼ごっこはそいつが捕まえられなくて悔しかったのを覚えてる」
最初の思い出。家が近かったから存在はそれよりも前に認知していた。このきっかけで俺達はお互いを認識した。そんな気がする。
「それでまた誘って、遊んでを繰り返してくうちに……なんかいろいろあって、好きになった」
「ええ~いろいろって何さ? そこ気になる~」
「郁、真也はお世辞にも記憶力が良いって訳じゃ無い。思い出せないとかいろいろあるんだろうさ」
「えーでも初恋だよ? 忘れる? 普通?」
早乙女さんが俺に問いかける。俺は首を振ってから「忘れちゃった」と答えた。周りから薄情者だのなんだと言われたが気にはしない。あの思い出は、彼女が口してくれた行為は、俺だけのモノにしたかった。
「で? 結局その子とはどうなったの?」
意外にも作美が興味を持って問いかけて来た。こいつ自分が言わないと分かって楽しんでるな。
「残念ながら面白い結末にはならなくてさ。俺が想いを告げないまま自然消滅。しばらくの間はあの時何か言ってたらなぁ……とかいろいろ思う所はあったけどな」
「はー、お前って奴はその頃から押しが弱いのか……」
「悪かったな。お前みたいに無神経じゃないんだよ。繊細な心を持ってるの」
秀斗の言葉を適当にあしらって、次に行こうと周りを急かした。トランプを最下位の俺が集めて、シャッフル。一枚ずつ順番に配っていく。次のゲームは俺が七並べにしようと強引に押して、そのように決まった。
それが終わって、罰ゲームをいろいろと回した。ブラックジャック、大富豪をへて、下位二名がジュースを買いに行くという罰ゲームを実行されることになった。対象は作美と籠島。二人は各自から料金と注文を回収して、自動販売機を目指して部屋から出て行く。
作美にとってようやく訪れる二人きりになれるチャンスだ。ここで何かしらアプローチをかけたい所ではあるだろう。協力関係にある彼女がちゃんとやれるのか少し気になった俺は、後をつけてみることにした。
「秀斗ー、俺ちょっと外出てくるわ」
「ああ、わかった。でも何しに行くんだ。ジュースなら籠島たちが買ってくるだろ」
「ちょっとトイレ」
「トイレ? トイレならそこにあるじゃないか。自室の設備すら記憶してないのかな、君は」
俺の言い分に千恵が突っかかって来る。一瞬で良い訳のメッキをはがされそうになったのを取り繕う。
「いや、腹痛くてさ。しばらくトイレを独占したいんだ。夕飯の鍋物、肉が早く食べたくてさ、半生で食べたから当たったっぽい」
「……そう。まあ行っておいで」
日頃の行いが良かったのか、それともそう言う事をしそうな馬鹿だと思われているのか分からないけれど、千恵は俺を送り出した。どちらが正しいか分からない。でも真実を突き止めてしまうのは自分の首を絞めるような気がして、止めた。
そんな事よりも大事なことがあるし。別に自分の都合の悪い事から目を背けている訳じゃ無いから。作美たちのことが気になるだけだから。俺はそんな下らない事で嘘を付かないから。……ホントダヨ。
まあともかく。俺は歩いて自動販売機のある広場にまで向かった。手ごろな遮蔽物になる観葉植物の裏に身を潜めて、辺りを見回す。自動販売機の少し前でそれらしい人影を発見した。籠島の高い背丈は離れていてもよく分かる……というよりは他の人があまりいないのもあるか。二人はなにか話しているようだけれど、その内容を聞き取ることができない。
やがて作美は何かを言い放って、それに籠島はゆっくりと答えていた。作美は逃げるようにしてその場から走り去っていく。
籠島は見送ると、ため息を長々とついてこっちを、見た。観葉植物越しに目が合ってしまったことに焦って、後退り。じっとこちらを見てる彼に観念して、俺は彼との距離を物理的に詰めた。
「川田か……つけてたのは」
「ちょっと気になってな」
「そっか」
割と多弁な彼が珍しく口数が少なくなっていた。辛そうな顔でため息を付く。
「いつから、見てたんだ?」
「作美が立ち去る数秒前。会話の内容は聞いていない。見た感じ、告白でいいのか?」
「正解。好意を断るってのは、やっぱ辛いな。慣れたと思ってたんだけどさ」
「贅沢な悩みだな。俺なんて慣れる以前に好意を受ける事すら無いってのに」
そうだ。俺は好意を受けた覚えはない。恋人関係になっている千恵ですら俺の事を好きではないんだから。
籠島に「半分持つよ」と声をかけてペットボトルを三本受け取ると、自室を目指して歩き出した。
「……ちなみに、何で断ったんだ。悪くないだろ? バスケ部のマネージャーとその主力。良い組み合わせだと思うんだけど」
その問いに籠島の表情が歪む。不躾な質問だったか。
「悪い。忘れてくれ。答えたくないよな」
「いや、大丈夫だよ。川田には少し聞きたい事もあるから、その対価だと思ってくれればいい」
対価……聞きたい事? 俺に無い物を全部持っているような奴が、俺に何を求めるのだろうか。でもそれは後回しでいい。聞けば済む事だ。
「真奈は可愛いし、活発的だ。魅力的な女性だと、思う。でも俺は……真奈の気持ちには応えるわけにはいかなかったんだ」
籠島は一呼吸置いた。俺は余計な口を挟まなかった。籠島の言葉にはそんな事を許さない重みを含んでいたからだ。俺は籠島の言葉を待って――
「俺は、矢橋さんのことを好きになっているから」
ひどく、後悔した。
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