自問自答とお節介2

「結構高いんだな~やっぱ」

「そうだね。資料ではよく見かけるけれどこうして実際に来てみると改めて実感するよ」


 いつも通りに秀斗と、意外にもテンションが上がって来てる千恵。二人は舞台から下を見下ろして話していた。俺達も二人の後を追う。

 ここは清水寺。京都と言えばここという人も多い場所である。新幹線を降りた俺達はバスに乗り換えて、最初に向かった。学年全員がここにきているため少し暑苦しい気もするが、まあこれも修学旅行の一部。静かなときに来たいのであれば将来一人で来ればいいのだ。


「元気ね、二人とも。正直言ってその体力を分けて欲しいぐらい」


 隣で作美が呟く。新幹線で体力を奪われたのか声に張りがない。背筋も心なしか丸まっている気がした。


「秀斗はともかく、千恵はそのうちバテそうだけどな。あいつテンション上がってるだけだろうから」

「え? 矢橋さんは実際の体力は無いの?」


 横並びになっていた籠島が問いかける。きっと俺と違って付き合いが長くないから共通の話題を創ろうとしているのだろう。俺はしっている範囲でそれに答える。


「無い訳じゃ無いんだろうけど、ある訳でも無いかな。並みだよ。実技が取れないからテストで成績取ってるって言ってた気がする」

「へぇ、なんか意外だ。何でもかんでもできるイメージがあったからさ」

「そう? イメージ通りっしょ。図書委員だし」

「そうそう、この調子で千恵が委員長とかやったらもっとイメージに近づくのにね~」

「あー確かに。矢橋さん似合いそうだよね」


 後ろから割り込むようにして早乙女さんが話に加わる。確かに千恵が委員長とかをやったら似合いそうだ。眼鏡で、三つ編みだし。これで「進路希望のプリント回収しまーす」とかやってたら完璧だな。

 そんな事を話していると千恵が振り返ってこちらを見た。どうやら俺達の話を聞いていたらしい。


「そう言われたって委員長はやらないよ。あれだけ面倒そうなのにリターンが少ない」

「まあな。立候補制なのに今年の初めは誰もしなかったしな」

「ボクはやらされかねないから、先手を打って図書委員にしたんだ。どうせ仕事をやるなら本相手の方が良い。学校の相手はごめんだね」

「お前らしいな」


 そんな事を話していると先導していた二人に追いついていて、下を見下ろした。話していた通り写真とは違うインパクトがある。やっぱり実際に見てみると違う気がした。


「わ、私はちょっとパス。さっきから背筋がぞくぞくするし」


 少し離れた場所で早乙女さんは両腕で身体を抱えて、俺達から視線をそらしていた。ときたまこちらを見ると、体をさする。それを見た秀斗が手招きをして早乙女さんを呼ぶ。


「何してんだよ郁。お前も早くこっちに来いよ。いい眺めだぜ」

「高い所ダメなんだって! というかシュー君知ってて言ってるでしょ!」

「あ、ばれた?」

「引き上げるとき覚えてなよ……。どの話を暴露しようかなっと」

「悪かった! 勘弁してくれって! お前のは洒落にならないんだから」


 そう言って秀斗は早乙女さんに駆け寄っていった。二人の付き合いはそれなりに長いそうだから知られたくはない話を握られているのかもしれない。

 二人の様子を眺めていると、服の袖を引かれた板ことに気が付いた。たぶん千恵だとおもう。他にそんな事をやるやつを知らないし。

 俺が視線を向けたのを確認すると彼女は俺に語り掛けて来た。


「そういえば君は『清水の舞台から飛び降りる』という言葉を知っているかな?」

「まあ、意味ぐらいは。確か……大きな覚悟をする、みたいな感じだったか」

「だいたいあってるよ。正確に言えば、思い切った決断をするみたいな感じ。実際に飛び降りる事を考えるとその重さが分かる気がするよね」


 俺は頷く。が、少し考えてしまう。そもそもだ、どんな気持ちになったらこんなところから飛び降りるなんて発想が出るのやら。高所恐怖症という訳ではないが、ここから身を投げるなんて考えただけで身がすくむ。よっぽど切羽詰まった状態だったのかもしれない。


「というか、実際にいたのか? 飛び降りた人」

「実際にいたらしいよ。そして意外にも助かったりしたらしい」

「マジか? 嘘教えたりしてるんじゃないだろうな」

「本当だよ。割合は忘れてしまったけれど、かなり生き残っていたはずだ。願掛けで所願成就とか、死んでも成仏できる、なんて噂があったらしいよ。でもまあそれも昔の話だ。昔はもっと木が生い茂っていたらしいし、地面も柔らかかった。それ故に生き残った、よく聞く話だね」


 確かに今は地面が舗装されているだろうし生き残るのは厳しいだろうな。彼女の話でまた一つ賢くなってしまった。


「そんなわけで昔に比べて生存率が激減した清水なんだけど、君はそれほどの覚悟をしたことってある?」

「なんでそんな事を聞くんだ?」

「……いいでしょ。理由なんて」


 素っ気無く彼女はそう返す。その行動が差す彼女の心理を読み取ることができなかったけれど、断る理由もない。

 それに秀斗が言っていたこともある。この修学旅行で距離を縮めるという話。だからほんの一欠けらの勇気をもって踏み込むことにした。


「あるよ、丁度ついこの間。ラブレターを書いた時」

「……ラブレター? ああ、それ郁から聞いたよ。中田君にした悪戯だろう。君、そんな事にここから飛び降りるような覚悟をする小心者だったっけ?」

「どうかな? 意外と小物なんだよ」

「疑わしいものだけれどね。まあそう言う事にしておくよ」


 彼女は笑って再び景色へと視線を移した。最後の一瞬までこの景色を焼き付けておきたいのだろう。

 それを見て俺は息を吐く。千恵から帰って来た言葉にほっとした自分がいたのだ。本当に情けない事に。

 ……俺が伝えたかった事はそこではなかった。清水の舞台から飛び降りるような決断をしたのは、初めて、本物のラブレターを書いた事だったのに。

 押すなら最後まで押し通せと、秀斗が見ていたら口を挟んでいたかもしれない。それぐらいのヘタレっぷり。こんな事をしてしまうから小心者の自覚が抜けないのだ。

 自分への落胆からついた息は空気に融けて流れていく。


  ▼


 あれから俺達は二条城や金閣寺。などと言った定番の場所を数カ所だけ回った。移動日だったこともあってそれなりに時間が無かったのだ。最後に宿泊予定のホテルにたどり着いて、各自そこから自分たちに割り振られた部屋へと向かった。

 入浴と夕食まで済ませてしまうと、消灯までは自由時間。消灯までは暇だったのでババ抜きで暇をつぶしている。秀斗の手札からババを引き抜いた所で俺のスマホが振動した。手札を伏せてからそれを確認する。

 送信してきたのは作美だ。『いま部屋?』と短く尋ねていた。俺は『そうだけど』と返信する。すると即座に『浩紀もいるよね?』『行っても大丈夫そう?』と二つの吹き出しを飛ばして来た。打つの早いな~流石現代っ子。鉛筆で書くよりもこっちの方が早いのかもしれない。

 対して俺は現代仕様にアップデートされていない指先で『大丈夫だ、暇してる』とノロノロと打ち込むと、送信ボタンを押した。


「誰からだった?」

「え? ああ、母さんから。ホテル着いたら連絡寄越せって言われてたのを忘れてた」


 籠島の問いかけにとっさに嘘を付いた。俺が作美と繋がっていると思われたくはなかったのだ。籠島には作美がフリーだという事実以外余計な物を匂わせたくない。


「オレもそれ言われたなぁ。忘れないうちに送っとくか」


 秀斗がそう言うと机に置いていたスマホを手に取ってさっと打ち込んでいく。俺はそれを見ながら籠島に手を差し出すと、彼は一枚カードを引き抜いた。……ババではない。


「おっ、またそろった」

「籠島、調子いいな~。あとちょっとで上がりじゃん」

「ま、付いてるだけだろ。……ん? 今ノックされたか?」

「オレは聞き取れなかったな。真也は?」

「俺も分かんねぇ。でも、ドア開ければわかるだろ」


 そう言って俺は入口に向かった。心当たりはある。きっと作美だろう。あれから返信は無いし、こちらに向かっていたに違いない。鍵を開けてドアノブを捻ると、そこにはジャージ姿の女性がいた。その人数は三人。一人は俺に連絡してきた作美。もう二人は正直来ることは無いと考えていた早乙女さんと、千恵だった。


 彼女の髪は普段とのギャップが目立つ。いつもの三つ編みが解かれていて、癖なのか軽くウェーブがかかっている。湿っていて風呂上りだと言う事がはっきりとわかる。

 ずいずいと俺に近づくとほのかな甘い香りが鼻腔を刺激した気がした。


「ねぇ、早速で悪いんだけどさ。ドライヤー貸して貰える?」


 ☆ ☆ ☆


 家から持って来たシャンプーを纏った指が髪をかき分ける。水気を吸ってより一層増した重みを感じる度にバッサリと切ってしまった方が楽かもしれないと思う。だけれど、切り損ねていた髪はいつの間にかボクを構成する一部の様になっていて、手放す決心は未だに付かない。きっとこれからもその決心はつかなくて、せいぜい毛先に鋏を入れるぐらいなのだろう。


 それにしても、彼の発言には少し戸惑った。あれだけ周りの人がいる中、何であの台詞が言えるのやら。幸いボクが機転を利かせてその場で誤魔化したのけれど、もし他の人間に彼のことが漏れたらと思うと……あまり考えたくない。

 学園祭での行動で今の様な現状だ。彼との関係はそれ以上にインパクトがある。それ故にどんな風に扱われるのか分かったものではない。想像を超えた変化はなるべく避けるべきだ。


 話を戻そう。


 真也が示したかったであろう最初の手紙。関係性に投じられた一石は、隕石の様な影響力だった。彼がした覚悟は確かに言葉通り『清水の舞台から飛び降りる』気持ちだったのかもしれない。


 対してボクはそれにしっかりと応えられているのだろうか?


 その疑問に対してボクは首を縦に振る事ができるかというと、そう簡単にはいかない。ボクがそんな覚悟を持って彼に接した覚えが無かったからだ。


 だから余計に自分がすべきことを見失って、これからどうやって行けばいいのか分からなくなる。その答えを出すことができないまま、シャワーから出た。ある程度体の水気を拭きとりながら部屋に戻る。


「郁ージャージ取って」

「なんで持ってかなかったの~。ドジだなー」

「ボクだって、たまにはドジ踏むよ」

「たまにじゃないんだよね~」

「なんだとーこのっ」


 整えたであろう髪をワシャワシャと乱しつつ、ボクはドアの隙間から服を受け取った。着替えるために扉を閉めたると、郁が「うぎゃー」と嘆く。笑いながらさっと着替えて部屋に戻った。


「何すんのさーもう」

「なんか腹立ったから」

「理不尽すぎない!?」


「ああもう……」と呟きつつ郁はボクが出た後のバスルームにずかずかと入っていき鏡の前で髪を整えている。


「やめてよ~。癖ついちゃうじゃん」

「ゴメンゴメン」

「まあいいけどさ」


 ぶーぶーと文句を言いながら最後には許してくれる。やっぱり郁の懐が深いなぁ、なんて関心をしていると彼女は「ところでさ~」と話題を切り換えて来た。


「この後、作美さんが籠島君の部屋に行くんだって。千恵も一緒に行くよね」

「籠島君の? うーん、ボクはいいかな。本でも読んで待ってるよ」

「えぇ……危機感が無さ過ぎるんじゃない?」


 いい? と前置きして肩を組む。どうやらナイショの話がしたいらしい。ボクは何の疑いもなく頷いた。


「籠島君の部屋って事は、真也君の部屋でしょ。そこに向かわないでどうするの? 仕掛けるって言ってたでしょ。まだあの疑いも晴らせてないんだから」

「まあ、そうだけどさ」


 言いよどむ。郁の視点から見れば全くもってその通りだ。作美さんが真也を狙っているかもしれない、そう仮定するならその動きは最善だろう。しかしボクは彼女がシロである事を聞いて知っている。

 逆に自分は何をすべきなのか定まらない状態なのに動いてもいいのかと。そう言った疑問もまだボクの中にはあるのだ。

 そんなボクの背中を押す様にして郁は語り掛ける。


「だったら、ここでダラダラしてるのはもったいないって。修学旅行は数日だけだし。一日目は今日しかないんだからさ」


 ね? と彼女は首を傾げつつそう言った。時間は有限だ。無限にある訳じゃ無い。特にこの時間は学生生活の中でもより限られたものだ。それをより強く自覚することとなった。

 だからこれからは考えながら動く。それが今ボクに出来る最善の行動に違いない。そう、信じてみることにした。


「わかった、ボクも行くよ」

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