見えぬ真意
「真也、班一緒に組もうぜ」
前の席の秀斗が振り返ると早速声をかけて来た。断る理由もなかったので俺は首を縦に振る。
今はいつもより長めに時間が取られたホームルーム。修学旅行に向けたあれこれを決めるために設けられた授業だ。教室の中では生徒たちが歩き回り、誰と班になるのかを離している。
班員は一班につき三から四人という条件なので、多い人数を有しているグループでは溢れる人がいるのだろう。
「あと一人はどうする?」
「そうだな。様子を見て引き抜こう。ほら、あそこ。あのグループからは確実にあぶれる」
そう言って顎で人の塊を示した。男子の六人のグループ。勿論意味もなく彼らにターゲットを絞った訳ではない。目的があるのだ。
彼らのグループの中心人物は籠島なのだ。そこから溢れた人間は必然的に籠島と仲が良い人物。情報収集にもうってつけだ。
それに万が一にもないとは思うが、籠島があぶれた時に取り逃がさなくても済むという理由があった。……まあ絶対にないとは思うが。
「見ろよ真也。お前の彼女、相当人気だ。争奪戦してる」
「……ん? 本当だ。本来こういうのに誘われる人間じゃないんだけどな」
秀斗が指さす先に目をやった。千恵がいろんな人たちに誘われておろおろしている。ここまで千恵とは何回か同じクラスになった事はあるが、こういった事は初めてだ。
むしろ残り物としてジャンケンで押し付ける対象を決めることが多かったのに、いったい何があったのだろうか。
「たぶんあれだな。文化祭で興味を持ったのかもしれないぜ。最近うちの後輩にも名前を知られてるぐらいに有名なんだ」
「へぇ、そうなのか」
主要人物を任されるにふさわしい見事な演技は記憶に新しい。クラスの出し物破綻の危機を救った立役者でもある。クラスで人気が出始めてもおかしくはない。
でも、それでサッカー部の後輩に名前を知られるほど有名になっているとは初耳だった。
「あっ、郁が中に入っていった」
「たぶん早乙女さん、対応できない千恵を見かねて助け船を出しに行ったな……。あいつ、こういうのに慣れてないから」
「だろうな~。矢橋さん、深く考えすぎてキャパオーバーしてそう」
頬杖を付いていた秀斗はニヤニヤと笑みをこぼしていた。人が混乱しているのを見て笑うとは趣味が悪い。そう思ったけれど、確かにあたふたしている千恵を見る機会は中々無いだろう。そう思えばなんか貴重な体験だったのかもしれない。
「そういえば真也。お前、修学旅行ではどうするんだ」
「どうするって、そうだな、いろいろ有名所は回りたいな。せっかくなかなか行けないとこに行くんだし」
「そっちじゃねぇよ……」
秀斗はわざとらしくため息を付いてからこちらに向き合った。
「お前なぁ、大丈夫かよ。そんなんで」
「そんなんでってなんだよ。俺、そんな変なことしてるか?」
「変なことしなさ過ぎて、逆に怖いって。お前俺達と夏祭り行った後、ちゃんと距離詰められてるんだろうな? どこか誘ったりしたのか」
そう言われて俺はもう少し
だが夏休みが終わって文化祭の準備が始まると彼女も俺も忙しくて、それどころでは無かったのは記憶に新しい。
「まあ……それなりに」
「そんな目をそらしながら言われても説得力無いっての。でもお前ら文化祭忙しそうだったからなぁ。仕方ないか」
秀斗はそう言って目を伏せる。額に手の平を当てながら、考えてるような仕草をした。何も考えて無さそうに見えて考えるよなぁ、こいつ。空回りして夏祭りみたいにならないといいけど。
「だからさ。このイベントを機に仕掛けてみてもいいと思うんだ」
「仕掛けるねぇ。何を仕掛けるんだよ。雰囲気の良い所で告白するとかそういった事は俺達には必要はないぞ。何せもうその段階は通り越しているからな」
この旅行でサポートする作美を思いつつ答えた。すると秀斗は首を横に振る。
「それは知ってる。でもそれだけじゃ味気ないだろ。現状維持で満足するなって、もっと距離を詰めるんだよ」
「もっと距離を詰める?」
「お前の事だからどうせまだ手を繋ぐ所ぐらいで止まってるんじゃないのか?」
ピッタリと言い当てられて、俺は何も言い返すことができなかった。それを見て秀斗は間髪入れずに口を挟んでくる。
「図星か。ま、やっぱりって感じだな」
「だからなんだっていうんだよ。俺達は俺たちなりにそこそこの関係を構築できてると思うぞ」
「へぇ、そこそこでいいのかお前は。キスしたり、ヤったりしたいとか思わないの」
「バッ……お前、急に生々しい話を出すなよ」
「悪い、悪い。でも興味が無い訳じゃ無いんだろう?」
「……そうだけどさ」
俺だって男だ。そういうものに興味がない訳じゃ無い。でもそれを堂々とさらけ出せるだけの無神経さが俺には無かった。だから微妙にお茶を濁すような物言いになる。
「お前がぐずってる間に矢橋さんだって、他の奴に目移りするかもしれないんだぜ」
「いや、あいつはそもそも恋愛に興味が薄いからそれは無い。正直俺だって付き合って貰えたのが不思議なぐらいなんだ」
「へぇ……じゃああれは偶然か。実は俺、この間矢橋が二人っきりであっている所見ちゃったんだけど」
神妙そうな表情で秀斗は俺に情報を差し出した。
千恵が二人っきりで会う人物について考えて見たが、心当たりがない。そもそもあいつが俺以外の男と話すことは相当稀なのだ。でも、そんな彼女が二人きりで会うなんて事があるのならば、それは彼女がそれなりに興味を持っている人物な訳で……。
「それ、本当か」
「疑うのかよ」
「お前には夏祭りの前科があるからな」
「あの時は悪かったよ。でも今回は証拠も押さえてある」
秀斗はポケットからスマホを取り出して、何やら操作をした後、画面を伏せて静かに俺の机の上に置いた。
千恵とは恋人関係だとはいえ、俺は彼女の心を完全に掴めている訳では無い。常々言われているが、彼女は俺のことを「好きだなんて思ったことは無い」のだから。
それ故に、俺は彼女が他の男に目移りする可能性を否定することができなかった。
「それ、見せて貰ってもいいか」
「良いけどよ。タダって訳にもいかねぇ。こっちもそれ相応のリスクを負って入手した情報なんだ」
「……何が望みだ?」
「購買のパン一つで手を打とう」
人差し指を立てて交渉してきた。俺は頭の中で情報とパンを天秤にかける。これからの仮想敵とつながる情報だ。購買パンの一つや二つ惜しくはない。机にぶら下げていたリュックサックから朝買ったパンを取り出すと、机の上に置いた。
「これで満足か?」
「ああ、取引成立だ。ロックを解除すればそのまま写真を見れるようになってる」
「わかった」
俺はスマホを、秀斗はパンを同時に手に取る。電源を入れて、付き合いの長さから覚えてしまったパスワードを入力すると画面が切り替わる。
一度目を閉じて深呼吸。ここから先は何が起こってもおかしくない。緊張や恐怖から高ぶる心臓を沈めておきたかったのだ。
目を開けて、ディスプレイに目をやった。そこに写っていたのは夕焼けに染まる教室。伸びる机の影。こそばゆそうに表情を歪める千恵。そして、その後ろから彼女を拘束する褐色の腕。満面の笑みを浮かべている人物は――
「おい」
「何だよ?」
「俺には、千恵が早乙女さんと戯れてる様に見えるんだが」
「よく撮れてるだろ?」
「いや、お前、千恵が男と二人っきりで、って」
「二人っきりじゃん。郁とだけど。俺は男とは一言も言ってない」
熱くなっていた頭から熱が引いて、苛立ちと共に再び戻って来た。
「てめぇ、この野郎! 俺のパン返せよ!!」
「やだね! このパンはもう俺の支配下にある。それにお前だって悪いんだぜ」
「俺にどんな罪があるっていうんだ。潔白だっての!」
胸に手を当ててそう主張する。秀斗はそれに反応して眉を動かした。エナメルバックにパンを突っ込むと代わりに何かを取り出して、俺に突きつける。
「これ、なーんだ」
「あ、ああ……えーっとラブ、レター……?」
「せーいかーい。ただし『偽』が付くけどな。いやー見事に騙されたぜ。行った場所に郁がいたから余計に質が悪い。おかげでこの間散々おちょくられたんだぞ。見覚えが無いとは言わせねぇよ」
珍しくご立腹の秀斗に俺は申し訳なくなって、目をそらした。動機は仕返しであったが、結果を見ればそれは冤罪も良い所だ。そのアフターケアを怠っていたのがここにきて裏目に出るとは思わなかった。
「だからこのパンは詫び賃って事で受け取ってやるよ」
「それを言われちまうと痛いな……。まあ、百歩譲ってパンはいい。だけどお前、この手段はないだろ。夏祭りの件もあったんだしさ」
「手段に関して文句は受け付けないぞ。お前だってそれだけのことをしたんだから」
俺が取った手段に加えて、早乙女さんの悪戯。その内容は秀斗の様子を見て察するしかないが、それ相応にえげつない事をされたのだろう。それに免じて今回は矛を収める事にした。
「まあ、悪かったよ」
「わかってくれればいいんだ。でもお前、今回は冗談だったけど、考えた方が良いと思ってるのは本当だからな。あそこまで女子にも人気が出てるんだから、男子だって黙っちゃいないぞ。ただでさえお前との関係は伏せてるんだから、フリーってことになってるんだろ?」
「そう、だな」
落ち着いて考えて見れば、そう言う事になる。しかも彼女との間に確かで強固な繋がりは無い。だから彼女が他の男に
秀斗の言う通り、この場面を活かして千恵に踏み込む事は必須なのかもしれない。
「だろ? だからここはひとつ、策をだな――」
「偉く盛り上がってるけど、何の話してるんだ?」
言葉を遮りながら投げかけられた問い。それを発した主がいる方向へと振り返る。やけに高い背丈、明るい笑み。口元から覗く白い歯が眩しかった。
「籠島……? お前こそどうしたんだ」
俺は思わず聞き返していた。彼がここに居るのが予想外だったからだ。秀斗との話に夢中で見ていなかったが、彼は普段いるグループの中心で、その枠組みから漏れることはあり得ない。
もしそんな事態が起こるとして、それがあり得るのは彼がグループで何か失態をしたときだけだ。
でも、彼は特に苦にした表情もなく「グループから溢れちゃってさ」と口にした。
それを聞いた秀斗がアイコンタクトをしてくる。恐らく「丁度いい奴が来たぜ」的な意味なのだろう。しかし俺は彼を誘う一言を絞り出せずにいた。
作美の予定通り。しかし俺が作美に無茶と突っぱねた展開だ。
だが、俺は彼がこちらに動くように努力した試しも、策を巡らせた覚えもない。だから、ただただ、惑ってしまう。タダほど怖いものは無いと言うように、良すぎる条件には何かあると勘くぐっている自分がいる。
教室に目線を巡らせた。作美が何かをしたのかと思ったからだ。すると考え通り、こちらを見ている作美がいた。
相変わらず目付きが鋭いし、怖い。猛禽類みたいだった。このチャンスを逃すなと、俺に念を押しているのかもしれない。
だとすれば問題ない。これは彼女が差し向けた策が実った結果なのだろうから。そう、判断する。
視線を元に戻して、籠島に視線を戻す。籠島と丁度目線がぶつかった。
「だからさ、もし中田たちが良かったらなんだけど、俺を班に入れてくれないか?」
「お、それはいいな。オレ達も丁度人が足りなくて困ってたぐらいなんだ。誰を誘うかの議論は中々決着が付かなくてさ。な、真也もいいだろ?」
横の秀斗が問いかけてくる。それに押されて俺は頷いた。
「そっか、ありがとう。改めてよろしくな」
微笑みながら差し出された手は、ヒンヤリと冷えていた。
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