隔絶と変化、功利の怪物

ボクっ子幼馴染は煽りに弱い

「大変申し訳ないんだけど、お断りさせて頂くよ。ボクも忙しいのでね」


 夏休み明け最初のホームルーム。そこで出た話題、文化祭。担任の教師はその実行委員を募ったのだが、誰も手を挙げず。そして女性のクラスメイト達からの提案で彼女が推薦された。

 それに対しての返しが最初のセリフだったのだ。


「え~、そんなこと言って矢橋さん暇なんじゃないの? それに矢橋さんなら良い文化祭にできると思うんだよねー。みんなもそう思うでしょ?」


 ウエーブのかかった金髪で足を組む彼女は千恵とは対照的に騒々しい雰囲気である。この女子は辺りに問いかける。他のクラスメイト達はどっちつかずの態度をとった。

 少し離れた距離にいる千恵がわざとらしくため息をつく。


作美さくみさん、貴方はけれど、これでもボクは図書委員なんだ。君の言う様に暇という訳じゃ無いし、君みたく暇でも無い」

「なっ」


 ああ、やっちまった。嫌な予感はしていたが、まさかこんなに正面切って煽るとは思わなかった。思わず俺もため息をついた。

 前の席、秀斗がチラリと後ろの俺を見る。アイコンタクトで「ヤバくね?」と訴えていた。俺もそうは思うけれども、ここで下手に動くと日に油を注ぐことになりかねない。だから俺達に取れる選択肢は静観しかないのだ。


「それに、そこまで文化祭を良いものにしたいという熱意があるならば、十分だ。どうでしょう先生、彼女に実行委員を任せるのは?」


 千恵は教卓の担任(若い女性の先生だ)に語り掛ける。先生は困った顔をしながらももめごとは面倒だったのだろう。流されるように手を合わせた。


「え、う、ううん。良いんじゃないかしら。みんなはどう?」

「いいと思いまーす」

賛成さんせーい

「ちょっアンタら――」


 流された先生に続くように他の生徒たちも投げやりに適当に賛同する。それに作美は逆らおうとするが、そんな彼女に待ったをかけるイケメンがいたのだ。

 籠島浩紀かごしまひろき。高い背丈。男子にしては長く、さらさらとした前髪をブワっとかき上げる彼は、立ち上がると彼女に近づいてなだめ始めた。


「いいじゃん真奈まな。大変になったら俺も手伝ってやるからさ」


 そう言われた作美さんはさっきまでの威勢はどこにやら。弱々しくなって、うつむきながら頷いた。


浩紀ひろき……わかった。浩紀が手伝ってくれるならやる」

「よし、一緒に文化祭盛り上げていこうぜ!」


 彼が手を挙げたところで先生はホームルームを〆て、教室を静かに去っていく。やっぱイケメンってすげぇな。俺がやったらかみ殺されるわ。

 別に羨ましいとか、人生イージーモードだなぁとか思ったりはしていない。イケメンや美少女には彼彼女なりに悩みがあったりするのだ。


 でもそれは置いておく。それよりも俺は美少女に喧嘩を売った三つ編み黒縁眼鏡、恋人でもある千恵に話をしに行かなければならない。彼女がこういった場で堂々と喧嘩を売った理由を聞きたかったのだ。

 席を立って廊下側の彼女の席へと向かう。彼女は途中で俺に気が付いて目が合った。


「おはよう千恵。お前、朝からハラハラさせるなよ」

「いや、暇人って大した交流もない人に言われたら腹も立てるだろ」

「そうかもしれないけどな。もっと良いやり方は無かったのか?」

「……あったかもね。でもそこまで考えてなかった」

「ハハハッ、千恵は煽りに弱すぎなんだよー」


 千恵の隣りの席から褐色肌で細身の女性、早乙女さんが肩を二度ほど突く。そうしている間に俺について来た秀斗が口を挟む。


「そういえばこの間もそうだったな。負けず嫌いっていうか、意地っ張り? みたいな」


 確かに。俺は頷く。

 記憶に新しい夏祭りでは、勝負の後半になるに連れて彼女はムキになっていった。それに昔からそういう面はあった。今思えば小さい頃はジャンケンにもムキになるやつだったし、テストや運動にも強く、むき出しの闘争心を持っていた。

 最近はそういう物は収まったと思っていたのけれど、隠すのが上手くなっただけで、人間そう簡単に根本的な所はあまり変わらないらしい。


「ボクは負けず嫌いでも意地っ張りでもない。ただ、気に食わないものに関してそれ相応の対処をしているだけ」

「いや、小難しく言ってるだけで似たようなもんだろ」


 俺がそう返すと彼女は腑に落ちないようだったが、言葉を返す事無く呑み込んだ。これ以上の反論はこじれるだけだと思ったのかもしれない。俺や秀斗はほぼ確実に彼女の話す内容を理解できないだろうし。

 俺がそんな考え事をしていると「そういえば聞きたかったんだけど」と早乙女さん問いかける。


「どうして、作美さんを推薦したりしたの? 正直な所、私あの人が実行委員やるなんて思っても見なかったんだけど」

「いいや、別に打算があった訳じゃ無いんだ。ただ、」

「ただ?」

「さっきと一緒で勢いだね。あそこまで言ってしまったのだから、もう最後まで押し通してやろうと思っただけだよ。それに撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけとも言うし、ボクはそれに従ったまでだ」

「ふーん、なんか意外」


 頬杖を付いたままの早乙女さんに千恵は「何がかな?」と問いかける。


「千恵も考えなしに行動するときがあるんだなぁって」

「そうだな。オレはもっと理詰めというか考えて動くやつだと思ってたわ」

「……否定したい所だけれど、今日ばかりはできそうにないな」


 千恵はは意外にもあっさりと折れた。さっき意地っ張りと言われていたのを気にしていたのかもしれない。

 しおらしい態度の彼女は新鮮で、思わず笑みがこぼれた。


  ▼


 数日の間に文化祭の準備は少しずつ進んで行く。クラスの出し物が演劇に決まり、その役割分担。物資の貸し出し手続きなどが済み、後は本番に向けて準備が本格化して言っている。

 そんな中、意外にも作美真奈は仕事を全うしていた。

 早乙女さん曰く、やるとは思えない、やる気もないだろう。そういう下馬評だったのにも関わらずだ。作美真奈には大きなメリットが振って来たからのだ。


 それはサポートしてくれる人間、籠島浩紀の存在である。

 聞けば彼と彼女はバスケ部の選手とマネージャーで、常日頃から親交が深いのだとか。それにもう一つ。見ればわかるのだが、彼女は籠島に好意を抱いている。クラスの暗黙の了解になるぐらいに、それは分かりやすい。

 ツンケンしている作美が籠島に接するときだけ、距離が近かったり、仕草も柔らかくなったり、しまいには「べ、べつに何とも思っていないんだからぁ!」とテンプレートなツンデレキャラの台詞まで浴びせる始末だ。

 故に彼女が実行委員の仕事を引き受け、それなりにこなしているのも納得がいく。


 でも、彼女は報われない。

 これだけ分かりやすいアピールをしてもらいながら、周りがそれを察して、邪魔をしないように行動をしているにも関わらず。籠島はそれに気が付かないからだ。

 作美のどんな行動も実らない。出ない結果が、彼女の分かりやすいアイコン化に拍車をかけていた。


 そんな分かりやすい彼女が露骨に態度を変えているのは、籠島だけではない。


「えっと、矢橋さん。悪いんだけどさ――」


 作美が千恵に声をかけている。どうやら出し物についての詳細について話し合っているようだ。

 千恵は今、現場での指揮を任されている。ある程度仕事が多く面倒になる事が容易に予測できる立ち位置である。

 なぜこのような仕事を任されるに至ったのかと言えば、「本に詳しそうだから」と言う理由で推薦されてしまったからだ(勿論その推薦相手は作美である)。

 教師が間に立っていた場合、成績優秀で評判のいい千恵は教師を巻き込む形で安全圏を得られる。だけれど、生徒のみとなると話は変わる。千恵のコミュニティは狭く、対抗する矢橋は広く、根回しができていた。

 結果として彼女は対抗することもできないまま、その立場を押し付けられる形となったのだった。


 脚本を担当すると言う事は、元ネタのチョイス、加えてその再構成。必要な小道具のリストアップ。その他にもやる事が盛りだくさんだ。

 今のところ千恵は致命的なミスはしていない。でも、いつ見ても忙しそうに動いている。疲労でぶっ倒れたりしないだろうかと、心配になるぐらいの酷使のされ方だった。


 今日もまた一緒に帰る事ができないんだろうな、と自分本位な考えが浮かんできて、それに苛立つ。

 考えるべき所はそこじゃない。千恵の手助けができないかを考えるべきだ。

 でもそれが思い浮かばなくて、何をやってもむしろ彼女の重みになってしまう気がする。結局、今の自分の仕事を問題なく進めるぐらいしかやるべきことは無いのだ。


「彼女、忙しそうだな」


 後ろ肩を組まれた。こういう事をする奴はクラスに一人だけだ。顔を見ないまま話しを続ける。


「何だ、秀斗。お前、自分の仕事は終わったのかよ」

「まだ途中。ちょっと小道具の作りがこれでいいのか確認したくてさ」

「ああ、それはこうやって……」


 自分が組み上げている段ボールの柵を一度ばらして再び組み上げて見せる。彼はそれを見て、感心したように頷く。


「作業内容とかは忘れてないんだな」

「あ? 何で忘れるんだよ。こんな簡単な事」

「だってお前、ボケっとしてたし。忘れてたら一緒に話に行けるかなって思ったのに」


 秀斗は作美と話を続けている千恵を見た。たぶん、一人だと気まずかったから俺を誘おうとしたのだろう。


「わざわざ千恵に負担をかける事でもないだろ?」

「でもお前、ことあるごとに矢橋さんのこと見てるじゃねぇか。集中できてないみたいだし、いっそ話しかけた方がましになるかなって」

「よく見てるな」

「分かりやすいんだよ、お前。作美並だ」


 そんな事はないと思うが彼がこちらに来た以上、ある程度は察せられるぐらい視線を向けていたのだろう。しばらく彼女を見るのは控えよう。


「作美並はないだろ」

「いや、準備二日目の作美ぐらいはいってる」

「マジか……」

「心配するのもいいけど文化祭もあと数日で本番だ。それが終わったら矢橋さんだって暇になるだろ。またいつも通りイチャつけるって」

「だと良いな」


 文化祭が終わったら、か。その時間に思いを馳せる。頑張った千恵に何かしてあげたい。彼女が喜ぶようなことを考える。

 思い出されるのは夏休みの終わり頃、二人でいった博物館。あれは彼女が活き活きしていてこちらまで楽しかった。水族館同様に展示系の施設が彼女は好きなのだろう。

 俺はいろいろな展示会の情報を調べることに決めた。

 彼女にまた喜んでもらえるように。

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