本音の質問。
秀斗と早乙女さんと別れた俺たちは事前の目的通りに焼きそばの列に並んでいた。縁日の定番のメニューなだけあってそれなりの人数が連なっている。待ち時間はどれぐらいになるかは分からないが、それなりに楽しむつもりだ。
なにせ秀斗が探りを入れるチャンスを蹴ってまでねじ込んだ二人の時間。これを楽しまずしてどうするのだ。
だがしかし肝心の彼女と共有すべき話題が浮かばない。
そうは言っても頭の中身が真っ白という訳ではない。ある程度案は出てくるのだがその全てがこの場に相応しくない気がする。
例を挙げると「今日は俺ではなく秀斗を誘ったのか」とか、「この夏祭りは早乙女さんの付き添いなのか」とか、その他諸々だ。
しかしそのどれもが今回の疑惑にピリオドを打つために必要な要素ではある。が、今俺がしたい事には必要のない話題だ。俺は彼女と楽しい時間を過ごしたいのであって、聞き込みをしたいわけでは無い。
そんな風に切り出す話題を悩ましていると、俺よりも先に彼女が先に話しかけてくる。
「こういったお祭りに君と来るのは随分久しぶりだね」
「昔は何回か来たよな」
「そうだね。いつからか誘ってくれなくなったけど」
言葉を交わしながら記憶を掘り返す。彼女とこういった祭りに繰り出さなくなったのは、彼女と夏祭りではぐれたことがあったからだ。
当時は体も小さかったのもあって完全に人ごみに呑まれて、彼女と合流したのは人が引いた祭り終盤であった。その時の彼女の表情は今にも泣きだしそうで、俺はどうしたらいいのか分からなくて途方に暮れたものだ。
「だって、人がいっぱい居る所苦手だっただろ? なのに今日はどういう風の吹き回しだよ。何か心境の変化でもあったのか?」
「いいや、苦手である事は変わらないよ。けれど、それ以上のメリットを追加されたら話は別だ。苦手に耐える価値があると思ったからここに居る」
「……成程な」
メリット……? その言葉を受けて少し考えてしまう。今回誘いを彼女がかけたのは秀斗だ。俺がこうして参戦することは構想外だったはずである。
だから、彼女が思い描いているメリットとして考えられるのは二つ。秀斗と会えること、もしくは俺以外の二人と遊ぶことだ。
どちらが本命だったとしても、俺にとって嬉しい事ではないのは確かである。
「君だってこういう集まりは好きだったんじゃないか?」
「まあな。嫌いじゃないよ。こういったお祭りの空気はな。ただ、家が店を出すときに手伝わされるのが難点だな。バイト代も出ないし」
俺の言葉に反応して彼女は声を抑えて笑う。「なんだよ」とその理由を探ると、笑いが収まってから答える。
「いや、屋台に立ってる君をたまに見かけたからね。確かにつまらなそうで間抜けそうな面をしてたのを思い出したんだ」
「間抜けとは何だ、間抜けとは。そこまでいい顔ではないとは自覚しているが、同時にそこまで悪い顔ではないと思うぞ」
「どうかな。あの表情をずっと貼り付けられたとしたら、ボクは一生笑えるね」
彼女はそんな風に宣言して見せた。何かちょっと凹むな。気を抜いていたとはいえ、俺がどんな顔をしていたというのだろうか。ちょっと気になる。
だが言われっぱなしというのも尺だ。弱みを握っているのはお互い様。その一部分を彼女に報復として突き付けることにした。
「そんなこと言うけどな、お前だって間抜けな顔をしてたことあるぞ」
「え、ちょっと。何を言い出すのかな、君は。ボクにそんな隙があると思うのかい?」
「それはどうかな。図書館で寝落ちしてた時は、すごかったぞ。よだれを垂らして大きく口を開けてたし――うぐっ」
ドスッとわき腹を付かれる。一瞬だけ呼吸が飛んで、言葉を止めて攻撃された方を見た。彼女は無言で『これ以上言うな』とプレッシャーをかけてきている。
それに対して「わかった」とだけ返す。眼鏡ごしに見た目線は人殺しかと思うほど鋭い物だった。女の子にはどこに地雷が埋まっているか分からない。肝に銘じておこう。
「なら良いけど。そろそろ買えるみたいだね」
彼女につられて視線を前に向けると注文まであと数人という所まで迫っていた。
▼
「真也、真也。屋台回ろうぜ! 花火まで時間はあるし、遊びたいだろ」
俺たちは合流し、夕食を摂ったあと、秀斗のそんな一言が発せられた。俺は頷いて他の二人に話を振った。
「いいけど、千恵と早乙女さんはどう?」
「ボクは構わないよ」
「私もオッケっ!」
早乙女さんのサムズアップをきっかけとして俺達は動きだす。
食べ物の屋台の列を避けるように動き、比較的に空いている遊戯系の屋台たちを見て回る。ヨーヨー釣り、金魚すくい、型抜きに輪投げ。この年になって来るともう見慣れて新鮮味の無い者たちである。その中で秀斗が足を止めたものが一つあった。
「なあ、射的なんてどう?」
「良いねー。私やる!」
「いいんじゃないか? そこそこ空いているみたいだし。千恵もいいだろ」
「そうだね。やっていこうか」
彼女は頷く。それを確認して秀斗がさらに提案する。
「じゃあさ、ついでに勝負しようぜ。ただの射撃をやるって言ってもしょうがないだろ」
「シュー君。それは良いけど、どう勝負するのさ」
「そうだなぁ……獲得した景品の個数なんてどうだ? 勝ったら景品そう取りとか」
「それいいね。妙案っ! 早速やろうよ」
早乙女さんは早々と先に行き、屋台のおじさんに一回分のお金を渡す。そして浴衣姿で銃を構えた。秀斗も続いて向かっていく。
俺と千恵はその様子を眺めながらゆっくりと歩いた。
そんなこんなで勝負を様々な場所で繰り返す。
射的で勝負を制した早乙女さんは袋に多くのお菓子を詰め込み。ヨーヨー釣りで勝利した秀斗はたくさんのヨーヨーで手がブドウみたいになっていた。
そうして勝負は第三戦の型抜きへと移行。早々に脱落した俺は屋台の後ろの方で勝ち残っている秀斗と千恵が終わるのを待っている。
同様に隣には早乙女さんが先ほど入手したキャラメルを食べていた。その様子を見てると箱を差し出してくる。
「ねぇ、キャラメル食べる?」
「貰うよ。ありがとう」
俺が手の平を差し出すと、早乙女さんは箱を振って中身を一つ出した。包み紙を剥いで口に放り込む。体温で溶けだしたキャラメルが粘り気を増して来る。
その感覚を味わいつつ、俺は今回の目的を思い返していた。それは
そのために先程千恵相手に浮かんだ話題『今回の集まりを企画したのは誰か』について早乙女さんに聞くべきだと思うのだ。
早乙女さんなら俺に物事を偽る理由なんてないし、正しい情報を入手できたのならば、彼女が秀斗に対してアプローチを企てていたのか、それとも友人の付き添いに来ただけなのか、はっきりするはずである。故に俺は彼女に声をかけることにした。
「……ねえ、早乙女さん」
「ん? なになに?」
「そういえばさ、今日って誰が企画したの?」
「私だけど。それがどうかした?」
早乙女さんは自分を指差してそう言った。
ホッと息を付く。企画は千恵ではない。つまりは彼女が目的を握っているわけでは無く、その付き添い。そうなると今回の俺と秀斗の心配は杞憂に終わったことになる。
少し気を緩めて話を続けた。
「いや、お礼を言っておきたいなと思って」
「良いって、そんなの。私だって成り行きだし。それに、きっかけは千恵だったから。お礼を言うならそっちだよ」
「……え?」
口が上手く回らない。まるで凍り付いてしまったかのようだ。
疑念は解消できなかった。『彼女が企画していない』ならば『彼女が俺以外に好意を抱いていない』という命題が偽りであり、その反例を示されてしまったのだ。
ここまでの俺の行動原理が全て破壊されてしまったような感覚に陥る。もう戦略もへったくれも無い。フリーズしていると「どうかした?」と早乙女さんが声をかけて来た。回らない頭で話を合わせる。
「……いや、何でもない。ただ、ちょっと意外だっただけ」
「確かにそれ言えてる。千恵は根っからのインドア派だから、きっかけを寄越したのも意外に見えるかもね」
早乙女さんは控えめに笑う。対照的に俺はうつむいて表情を隠した。頭を冷やす時間が欲しかったが、現実はそう都合よく動いてくれない。勝負が終わった二人がこちらに歩いて来た。
「ボクの勝ちだね」
「ああ、オレの完敗だ。それにしても器用だな。矢橋は」
そんな風に二人は言葉を交わす。今回の勝負では千恵が勝利を収めたらしい。その手には戦利品である薄い板の様なお菓子。傘の形にくり抜かれたそれをひらひらと見せつけていた。
満足そうな微笑みは勝利から来るものなのか、それとも秀斗と同じ時間を過ごしたからなのか。それを判断するだけの材料は存在しない。
「おっ、流石千恵。やるじゃん」
「流石に、一度ならず二度までも負けるわけにはいかないかったからね」
「それは言えてる。シュー君の二タテはなんかムカつくしー」
「酷くないか、その言い方は。真也、お前もなんか言ってくれよ。……真也?」
「…………ああ、悪い。ボケっとしてた」
突然向けられた会話のパスに対応できず、俺は気の抜けた返事を返した。
秀斗は俺の肩を組んでおちょくる。
「おいおい。なにしょぼくれてんだよ。お前、俺に負けたのがそんなに悔しかったのか? それともここまで勝ててないのが悔しいのか?」
「そういう訳じゃ無いって」
「ま、いいけどよ。ところで今何時?」
組んでいた肩を離して秀斗が確認を取る。早乙女さんがスマホを見て「七時半だよ」と答えた。
「じゃあぼちぼち移動し始めよう。花火見るための場所取りとか考えないとな。確か近くの広場が解放されてたはずだから、そこに向かうか」
「そうだね。じゃあシュー君、早く行こうっ!」
「おい、早乙女。ぐいぐい引っ張るなって」
早乙女さんは秀斗の腕を引いて、人ごみの間を縫いながらグングンと先に進んで行く。それについて行こうとしたのだけれど、人を跳ね除けながら進む無遠慮さが俺には無かった。だからついて行き損ねたのだ。
俺の後ろにいた千恵は彼らについて歩き出していたが、俺の様子を見て立ち止まる。
「ほら、行くよ。置いてかれる」
「……ああ、そうだな」
「なんだかパッとしないね。何かあったのかい? 心ここに在らずって感じだ」
彼女の言う所の何か。心を揺らしているものは確かにある。ただ、それを目の前の元凶、原因に言い放つだけの度胸が俺には無かった。
「何でもないよ、何も」
「嘘だね」
「…………」
当たりだ。彼女がどのようにして俺の嘘を見切ったのかは分からない。だがそれを素直に認めることができなかった。
彼女は一方的に言葉を投げかける。
「ボクはいつだったか君に言ったね。嘘は悪い事ではないと。何故なら嘘で成り立つものもあるし、嘘によって救われる人もいるからだ。だけれどボク自身、嘘は嫌いだ。何故だかわかるかい?」
俺は首を横に振った。彼女はそれを見てから再び語り始める。
「嘘で塗り固められ、積み上げられた関係は脆いからだ。少しでも歯車がずれてしまえば、全てが噛み合わなくなっていく。崩れるまで時間はかからない。修復する暇なんてないんだ。……ボクは、それを目の前で見て来た。当事者として経験をした」
俺の手を握る力が強くなる。男の俺からすれば大したことのない力ではあるが、彼女の身体能力からすれば相当量なものだろう。それだけ彼女の『嘘』について苦い経験が込められているのを感じた。
「だから、君とはなるべく本音で語り合いたいのさ。この関係をより好ましいためにするためにも」
それは俺だって同じだ。彼女との関係性は良いものにしていきたい。そのために尽くしていくつもりだ。
だが、それを鈍らせているのは彼女自身が生じさせている疑惑である。それを払拭するために様々な手段を講じた。そのどれもが実らなかった。残っている手段はただ一つ。直接的に問う事だけだ。
ただ、問題として彼女はいくらでも事実を隠蔽できる立ち位置にいる。俺の疑惑が当たろうと外れようとそのどちらも決定打を打つことができないのだ。だから隠しようの無いように、外堀を埋めるように、回りくどい方法を取り続けて来た。
その結果、彼女に不信感を与えてしまっている。これでは本末転倒だ。俺の目的は疑惑を晴らす事であり、疑惑を生む事ではない。
だから、まずは自分がこの疑惑の連鎖を断ち切ることに決めた。
「わかった。本音で話す。ただ、お前もそうしてくれるって前提だけどな」
「勿論。というより元から君相手にはむき出しだ」
「分かった。じゃあ、本音の質問だ」
彼女は俺と目を合わせてそう言った。
俺は一度深く息をつく。今日、だけじゃない。ここ数日抱え続けた疑惑を吐き出す準備。改めて口にしようと思うと随分と重く感じる。俺はその重圧に負けないように口を動かした。
「お前、秀斗の事どう思ってる」
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