友人と弁当とボクっ子幼馴染。
「ん? 弁当二つ? なになに、オレへの献上品?」
「んな訳あるか。
「えー、そんなこと言うなよー。
ブーブーと文句を垂れた彼は、不満げに俺の机に頭を預けると頬を膨らませた。そんな態度をとられても俺はやる気はない。
彼は中田秀斗。高校一年の時からのクラスメイト。たぶんこの学校では俺と一番仲の良い友人である。
秀斗は赤の風呂敷に包まれた弁当箱を指差した。
「じゃあ何のために持って来たんだよ。朝から晩までサッカー漬け、一日五食でも物足りないオレ以外に誰がその弁当を処理するのさ」
「調子に乗るな、残飯処理係。今日は作り過ぎじゃない、先約がいる。奴の不安定な食生活を正しに行くんだよ」
「ふーん。定食屋の息子はそう言うの気にするんだ」
「おう、あたぼうよ」
秀斗は興味なさげに相槌を打つと体制を頬杖へと切り替えた。
まあ、この言い訳は方便だ。つい先日、俺が彼女と帰っている時もっと恋人らしいことをしようとのことで昼食をともにとる事を提案したのである。
彼女は快く頷いてくれたので、俺はこうして二つ弁当を作って来た。料理は趣味みたいなところもあるので苦ではない。
「んで、その先約の子が彼女なのね」
「……へ?」
「だから、彼女。出来たんじゃないの? だって真也さー、ここ最近付き合い悪いし」
「いや、いやいやいや。そんな事あるわけないだろ」
あまりにも唐突に、そして直接的に聞かれたものだから、つい俺はわざとらしく不自然に言葉を返してしまった。それを見て秀斗は口角を歪ませて俺を見る。
「やっぱりそうか」
「だから、違うって言ってるだろ」
「ははー、照れちゃって。ま、認めたくないのも分かるけどさ。俺もう知ってるし」
秀斗は机越しに肩を組むとポケットからスマホを取り出して、わざとらしく「じゃじゃーん」と囁くと、ある一つの画像を見せつけて来た。
夕暮れに並ぶ二人の男女、この高校の制服に身を包み談笑に興じている。それは詳しく見るまでも無く……。
「なに撮ってんだよ」
「いやー部活帰りに見かけたから、つい」
「知ってるなら最初から言えよ……」
「面白そうだったからつい、ね」
「つい、じゃない。バーカ」
全く、とため息をつく。秀斗は肩を組むのを止めて再び正面の椅子に座った。
「まさか真也があの
「そうなのか?」
「ああ、成績優秀、見た目は地味だがスタイルも良い。隠れファンも多い」
隠れファン、ねぇ。ついこの間まで俺もそちら側だったが、そこまで競争率が高いとは意外だった。
「それに真也から、矢橋さんについて話をされた事も無かったしね」
「まあ、そりゃあ、してこなかったからな」
こいつに何か秘密を洩らしたら、うんざりとするほどそれでいじられそうだったしな。そうなったときのことは、考えたくない。
「それでいつから付き合ってたのさ」
「……先週から」
「へぇ。じゃあ『彼女とか作らないの?』ってオレが聞いた辺りだな」
「……そう言う事になるな」
俺は頷く。不本意ながら秀斗に影響を受けたのは確かだ。こいつにそう聞かれて、自分のしたいことを自覚することになった。
秀斗に言われなければ、俺は彼女に、矢橋千恵に、告白することは無かったかもしれない。そう思うと、何気ないきっかけをくれたこいつには感謝しなければならないかも……。
いや、ニヤニヤと笑ってるし、やっぱり自分が楽しくなる事しか考えてねぇなこいつ。一瞬でも礼を言おうと思った俺が馬鹿だった。
「じゃあ、彼女とのお弁当デートを存分に楽しんできなよ」
「デートって、大げさだな。二人で弁当を食べるだけだ」
「そんな事無いと思うけどなぁ、オレは。女の子と二人で過ごしたらそれはデートじゃない?」
「そんなものか」
「そんなものだよ」
秀斗は肯定する。女の子と一緒に過ごしたらデートねぇ。相変わらずキザな奴だ。そういうのがモテる秘訣だったりするのだろうか。
気にはなるが、それは置いておこう。ここでダラダラしているほど今の俺は暇ではないのだ。
「じゃあ、俺は行くよ。これ以上お前に構ってると時間が無くなっちまう」
「ああ、そうだね。付き合ったばかりなのに、長々と待たせたら別れ話を持ち出されかねない」
「言われなくても分かってるって。じゃあまた後で、くれぐれも言い振らしたりすんなよ」
「それこそ言われなくても分かってるよ。真也を揺すれる材料の価値をみすみす下げたりはしないさ」
「この野郎……」
手を軽く振って、二つの風呂敷を持って教室を後にした。
……たまには余計に作ったおかずを持って行く事にしよう。イケメン男子のコミュニティは広いし、怖いのだ。
▼
俺は待ち合わせをした中庭にたどり着いた。地面に映る木陰と校舎の隙間を通り抜ける風が火照った身体の熱を奪っていく。
普段は何となく通り過ぎていた場所ではあったけれど、こうしてじっくりと留まってみると何だか幻想的。ゲームのステージであったなら妖精が飛び回っていそうだ。
こうして景色が変わって見えるのも、彼女がこの先にいると分かっているからなのだろうか。
そんな事を考えつつ、中庭の最奥にたどり着いた。古びれた青のベンチ。所々樹脂がひび割れて、青の破片が地面に落ちている。
その中央、彼女は足を組んで座っていた。分厚いハードカバーに目を通している。周りの雰囲気も相まって、その姿は妖精王国の女王の様だった。
俺が声をかける前に彼女は気が付いて、栞を本に挟む。パタンと音を立てて、本を閉じてから眼鏡越しに俺を見た。
「やあ、待ちかねたよ。待ちくたびれたよ。正直な所、忘れられているのかと思って食堂にお世話になる所だった」
「遅くなったのは悪かったよ。ただ、今回は俺のせいじゃない」
「おっと、責任転嫁とは感心しないな」
彼女は目を細めて俺の言葉に言及する。確かに責任転嫁は良くないけれど、事情が事情だったのだ。彼女にも納得いくように補足しておいた方が良いだろう。
そう判断して「聞いてくれよ」と先程の出来事をザックリと説明する。それを聞く彼女は興味のない授業を受けているような表情を浮かべていた。
「まあ、いいんじゃないかな」
「え? でも周りには言わないようにしようって言ったのはお前だろう」
「SF映画みたく記憶消去ができる訳でも無いし、変に騒がしくするのも向こうとしては面白いだけだよ。それよりも……」
彼女は立ち上がると赤い風呂敷をひったくると、そして再びベンチに腰をかけた。青い樹脂がギシッと悲鳴を上げる。
「お弁当食べようよ。ただでさえ時間が押してるんだ。どこかの誰かさんのせいでね」
「それは悪かったって、だから睨むなよ」
「睨んでないさ。眺めている。悪意を込めて、眺めている」
「それは睨んでいるって言うんじゃないのか」
「いや、『にらみつける』だと、なんか悪っぽいじゃない。あくタイプじゃない。どうせなら『ゆうわく』が良いね。ピンクで可愛いフェアリータイプとして生きていきたい」
「いや、お前……急にポケモンチックになるなよ」
突っ込み所多すぎだろ……。『にらみつける』も『ゆうわく』もどちらもノーマルタイプだし、それに今のお前が使ってる技は『こわいかお』って感じだ。
というか――
「かわいいの、好きだったのかお前」
「好きだよ、人並みには。何だい? その意外そうな顔は、ボクに失礼と思わないのかな?」
「ああ、それは悪かった。でもお前、昔から一人称は『ボク』だったし、私服も結構中性的だろ? だからてっきり」
「そんな事はないだろう。同じようにボクが好きな格好と、ボクに合う格好は別なんだ」
「なるほどなぁ」
「まあ、その話はもう良いでしょ。早く食べようよ」
俺は「そうだな」と頷いて、彼女の隣に座って、紺の風呂敷を広げた。今日の弁当は卵焼きとブロッコリー、たこさんウィンナー、ブリの照り焼き。
いつも何となく調理していた弁当だったけれど、彼女に食べさせると言う事もあって、少し緊張してしまった。秀斗相手ならこうはならない。
「ふむ、おいしそうだね。ありがたく頂くよ」
「どうぞ召し上がれ」
俺のより一回り小さく、白い指が箸を使って卵焼きを切り分ける。切り分けた大きさまでもが俺より少し小さくて、そう言った所に女の子らしさを感じた。
「……甘くないんだ。君の卵焼き」
「え? ああ、甘い方がよかったか」
「いや、これはこれで好きなんだ。でも家の卵焼きはずっと甘い奴だったから、ちょっと新鮮」
「へぇ、甘いのか。そういえば甘いの作った事無いな。砂糖とかどれぐらい入れるんだ?」
ちょっとした打算ありきで彼女に質問を投げかける。
心を掴むにはまず胃袋から、とはよく聞く話だ。彼女の気持ちをこちらに近づけるためには、彼女の好みを知る必要がある。そう思ったのだ。
「そうはいってもね、料理を作らないボクに言われても困る。聞かれても知らないんだ。それに、無理に合わせに来なくてもいい」
「どうして。お前だって好きな物食べたいだろ」
「それは当然、当たり前だよ。ボクはそのうえで自分の記憶にない、未知の物の方が好きだ。自分の知らない世界を知れるからね」
「……それはまたハードルが高いな」
何故ならばこいつはうちの定食屋の常連だ。家が隣だと言う事もあって、小さい時からちょくちょく顔をだしている。故に俺の味付けの原型、祖先である両親の料理を知り尽くしているのだ。
そんな彼女の未知な部分が何なのか、それを考えるために眉間にしわを寄せてしまう。
「ボクの気持ちを変化させたいのならば、それぐらいは超えて欲しいね」
「そうだな、頑張ってみる」
「うん。その意気だ。考え事が終わったところで君もお弁当を食べ始めなよ。時間、無くなっちゃうからね」
「ああ、そうだった」
彼女に急かされて、俺は弁当に手を付け始めた。俺はもともと食事中に多くを語る人間ではないので自然と無言になってしまう。
そんな俺とは対照的に彼女は箸休めに雑談を挟んでくる。「今日のブロッコリーはいい感じに森の様に見える」とか、「たこさんを名乗る割に足が少ない」とか、そんな他愛のないどうでもいい話が続いた。
内容はしょうもないけど、楽しく、微笑ましく、これまでには無い充実感を感じられる食事だった。思い切って告白して良かったと、改めて思う。
白米と共にそんな想いを噛み締めつつ、食事ももう終わりそうだった頃「ねぇ」と彼女が声をかけて来た。
「何だよ」
「ブリ照り一口食べてくれる?」
「良いけど、どうして。口に合わなかったか」
「そうじゃない。ただ単にお腹いっぱいなの。君と同じ量をボクが食べれると思ったら大間違いだ」
確かに、俺は頷く。何となく残り物を秀斗とか男連中に配布するような感じでやってしまったけれど、彼女は当然のことながら女の子だ。
一部の例外を除いて男子サイズの弁当を完食するのは厳しいだろう。何故俺はそんな単純な事に気がつかなかったんだろうか。
俺は箸をおいて両手を合せて頭を下げる。
「ゴメン、気が付かなかった」
「いいよ。次直してくれればいいさ。それよりもほら、口を開けてよ」
「こうか?」
あー、と馬鹿正直に口を大きく開けて見せる。
その直後、彼女は素早く口の中に箸を突っ込んで来た。反射的にそれを捉えて口を閉じる。料理を運んだ箸が唇の間をするりと通り抜けて、離脱した。
舌の上を転がったブリを咀嚼しつつ、俺は戸惑う。
え? 今の「あーん」ってされた? 何気に箸くわえちゃったけど、これ間接キスじゃね? そういった思考が頭をよぎった。
付き合い始めて一週間。これまでほとんど距離も態度も変わらなかった彼女からそんな事を去れるなんて思わなかった。むしろこれからどのようにして俺が変えていくかを考えていたのに先を越されるなんて……。
「動揺し過ぎだろう、君」
「いや全然そんな事無いしっ!」
「嘘つくのヘタクソだね。相変わらず」
「…………」
「黙り込まなくてもいいって。まったく、知り合って何年だと思っているのさ」
彼女はため息をついてからベンチから立ち上がる。背中に回していた右手にはいつ包んだのか、もと通りになった赤い風呂敷が引っかけられていた。
「まあ、そうだな。嘘を付くのは悪い事だ。なるべく控えるよ」
「別に、嘘を付くことが悪い事だとは言わないけどね。嘘にもいろいろ種類がある」
そう前置きをして、彼女は振り返る。二つの三つ編みのおさげが揺れる、木漏れ日のスポットライトが彼女を照らした。
「でもボクに嘘を付くなら、幸せを連れてくる嘘を付いてね」
彼女は微笑んでいたけれど、楽しくて笑っているのではないと、何となくそう思った。根拠は分からない。強いて言うならば、幼馴染の感だ。俺だって伊達に十数年一緒に過ごして来た訳ではない。
この『嘘』というテーマに関して、彼女は嫌な思い出を持っているのだろう。
でも俺はそこに踏み込むだけの資格がない。何故ならば、彼女は俺の事を『好きだなんて思ったことは無い』のだから。
でもいつか、彼女が心を許して俺にその重みを預けられるような、頼られる人間になりたい。そう思った。
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