155 俺たちの覚悟
『絶望せよ。諦観せよ。我は汝らが望む、安寧の闇なり』
キングギドラもどきは、俺たちを見下ろして念仏を唱えるように言った。
唸り声を上げながら、竜巻が世界樹の幹を切り裂く。
いつの間にか、気を抜けば飛ばされそうな暴風が吹き始めていた。
「前はこんな竜巻攻撃なかったぞ?!」
「カナメ、やつのステータスを見るんだ!」
クロノアが俺に警告する。
これまで何回か対戦した闇の災厄じゃないのか?
いつものように鑑定スキルを使って、俺は困惑した。
闇天の災厄 Lv.?????
闇の後に「天」の字が付いてる。
言葉もしゃべってるし、今まで戦ってきた、知っている闇の災厄とは違うようだ。
「あれは風の属性……闇の災厄はおそらく、天の災厄を取り込んだんだ!」
「何だって?!」
災厄が複合したのか。
厄介な。精霊にする魔法を使おうと考えていたが、そのままでは通じなくなってしまった。あれは対象の災厄を限定して、精霊に変換する。複数の災厄が混じった怪物を変換できる魔法じゃない。
「闇の災厄だけでも追い払うだけで精一杯だったというのに、闇天の災厄とは……終わりです。聖域は滅び、神々も消える。全て終わってしまうのね……」
カボチャドレスの女神様は、悲嘆に暮れる。
「どうする、カナメ」
「決まってるだろ。災厄を倒す」
「本当にいいのかい?」
クロノアは風に飛ばされないようテナーを抱き締めながら、確認するように俺に問いかけてきた。
「これはおそらく、世界が正しい歴史の変更を恐れての抵抗、自動的な時間修復のための揺り戻し。ここで闇天の災厄が勝利すれば、君たちが知る正しい歴史に戻っていくだろう」
「俺たちが勝利すれば歴史が変わる。目的達成だろ?」
「その通りだ。しかしそれは、今の君たちを形成する歴史が失われることを意味する。君たちの存在の消滅という結末だ」
あらかじめ予想していたものの、クロノアの口から聞かされると、改めて俺たちの運命をずっしりと感じる。
これは俺だけで決めてしまっていいものだろうか……。
仲間を見回すと、彼ら彼女らも話を聞いていたらしく、真剣な表情になっていた。
「私が一番、反対すべきなのだろうな」
真っ先に口を開いたのは、サナトリスだった。
「魔族の私は、カナメ殿の旅に途中から加わった。ゆえにカナメ殿が故郷のチキュウを復活させたいという願いも、私にとっては他人事だ。私はただ、カナメ殿に興味を持って一緒に行動していただけだ」
「サナトリス、巻き込んで悪いと思ってる」
「そんな風に言うな! カナメ殿は私を仲間として扱ってくれた。私もそれに応えた。けっして強制されて一緒にいた訳ではない!」
謝ると、サナトリスは怒った。
「災厄魔と戦うにあたり、私の条件は、ただひとつだ」
「条件?」
「修正された歴史の、ここより未来で、私は再びカナメ殿に会えるんだろうな?!」
サナトリスの条件は、難しいが不可能なことじゃない。
俺は頷き返した。
「もちろんだ、サナトリス」
「……俺はむしろ賛成っすよ?」
大地が続けて口を開く。
「俺にとっちゃ、災厄魔を地球に呼び込んで、地球を滅ぼしてしまった未来が無くなるから、万々歳っす」
「大地……」
「同じく、だな。タンザナイトが滅びる未来を回避したい」
夜鳥も同意してくる。
残りは……。
「枢っち、俺に何か聞こうとしてる? 俺と心菜ちゃんは、枢っちに付いていくだけっしょ」
真は気楽な調子で決断を俺に委ねた。
お前らは考えなさすぎだろ。
「カナメ、僕は僕は?」
「リーシャン、なんでそんな嬉しそうなんだ」
「聞いてくれるのを待ってたんだ。あのね、僕はアースもタンザナイトも、どっちでもいい。でもカナメが、こっちの方が良い未来だというなら、きっとそうなんだ。僕は君と長い付き合いだから、君の選択は悪い結果にならないと知ってるよ!」
リーシャンは翼をバタバタして、まくし立てた。
落ち着きのない奴だよな。
「結論は出たようだね」
「ああ、闇天の災厄を討つ!」
クロノアの確認に、俺は決意を込めて宣言した。
自分のステータスに目を走らせる。
魔力値が元に戻っていた。
絶対権限の杖の効果のようだ。枯渇していた魔力は回復し、アダマスにいる時と違って無限ではないものの、高レベルの魔法を連発できるくらいはある。
これで思う存分、魔法を使える。
まずは初手。
「
暴風がピタリと止む。
世界樹を包むように巨大な半透明の結界が現れた。
「こんな強力な結界魔法、見たことがない……カナメ、あなたは一体」
傍観に徹していた女神様が、目を見開いて固まっている。
「ふっ。彼は未来で、もっとも堅固な盾を持つと呼ばれる神だ。このくらいはやってのけるよ」
クロノアが威張って返事した。
お前がドヤ顔で言うことか。
「
夜鳥が巨大な手裏剣を投擲する。
手裏剣は、上空でうごめいている八股の災厄魔の首の一本に、突き刺さった。
「やった!」
「まだあと七本あるっつーの」
「それなら俺のクサナギで……ていっ」
大地の奴、剣を投げやがった。
クサナギは災厄魔の首の一本に突き刺さる。
これで首二本、戦闘不能だな。
「これ以上、聖域を荒らさせない!
マナが弓に光の矢をつがえて撃った。
矢は災厄魔の首の一本、その頭部の赤い眼に突き刺さる。
災厄魔は首を振って太い唸り声を上げた。
「時よ止まれ、
クロノアの魔法が、災厄魔の首の一本の動きを止める。
「おい師匠、一本だけか?」
時間停止なんてチート技に分類されるのに、クロノアの魔法はあんまり役に立ってない。
「もしかして、この場所の時を止めて災厄魔の動きを全部封じるのを期待していたかい? 悪いね、僕には無理さ!」
「期待してなかったけど、開き直られるとムカつくな」
この調子で他の首の動きも止められれば、その隙に闇天の災厄魔を、闇の災厄と天の災厄に分離できるかもしれないな。
「ぴこーん。祝電が届きました」
「リーシャン、ふざけてる場合か?!」
リーシャンが突然、変なことを言い出した。
黄金の角が光り輝く。
待てよ、祝電ってまさか。
『カナメーーっ! 結婚なんて聞いてないわよーー?!』
「その声、炎神カルラ?!」
神様連絡網の魔法が発動して、未来にいる光の七神から通信が届いたらしい。なんで祝電なんだ、なんで。
『リーシャンから、結婚式だと聞いてね……嘘だ。決戦だと分かっているよ』
渋いバリトンボイス。天空神ホルスか。
『時を越えて、我らも助力しよう……
上空に眩しい光を放つ金の環が現れる。
ホルスの神器だ。
栄光の王冠は、災厄魔の首の一本を締め上げた。
『カナメ……結婚式だなんて……』
「違う!」
『お祝い……
間延びした海神マナーンの声と共に、青い海水で出来た穂先が三股の槍が現れ、災厄魔の首の一本に突き刺さる。
『
空中に大輪の花が咲く。
俺は植物に詳しくないが、ボタンの花に似ているようだ。
花から伸びたオシベメシベが、災厄魔の首の一本に絡み付く。
それにしても、ジョウガのやつ、まだ俺の正体が分かってないのか……?
『私は花なんか送らないわよっ』
カルラが拗ねた口調で言う。
俺は、あることを思い付いて、カルラに頼んだ。
「要らねーよ。それよりも、お前の羽毛を数枚くれないか」
『カナメ、私を忘れないために羽毛を……いいわよ、何枚でも持っていくと良いわ!』
盛大に勘違いしているカルラ。
リーシャンの周囲に、炎で出来た羽毛がふわふわ舞った。
よし、素材確保。
「心菜、刀を貸せ!」
俺は心菜に向かって手を差し出した。
「お前の刀をこれからパワーアップさせる」
「本当ですか?! よろしくお願いします!」
心菜は目を輝かせて刀を押し付けてきた。
「魔法式すらも燃やす、カルラの炎の力が宿る羽毛。これを素材に、何でも切れる刀を即席で錬成する!」
「ええっ」
驚いているのは女神様とこの時代の神族だけだ。
仲間の面々は「もうこのくらいじゃ驚かない」と生暖かい笑顔になっている。
お前ら失礼だぞ。
「
刀身に赤い羽毛が集まり、刃が石榴のような輝きを放った。
神であり不死鳥でもあるカルラの強い力が宿り、俺の盾さえ溶かす炎が凝縮されて、形あるもの全てを切り刻む刃が出来上がる。
「心菜!」
空中を飛んで、刀は使い手の手元に戻る。
心菜は柄を握って駆け出した。
「僕の背中に乗って!」
「かたじけないです!」
低空飛行するリーシャンに、心菜は飛び乗る。
既にリーシャンの背中にいたサナトリスが叫んだ。
「露払いは任せてくれ!」
「ああ、俺は悲戦闘員なのに、なんでこんなところにいるんだろ」
安全な場所を求めてリーシャンの背に乗ったはいいが巻き込まれたらしく、真が遠い目でぼやいている。
「さあ、ケーキに入刀の時間です!」
刀を振りかぶって、心菜が宣言した。
というか、いい加減、結婚式ネタから離れないか。
「真さん、弱点を教えてください!」
「ああ、俺は結局そういう役回りな訳ね」
すっかり諦めた様子で、真は災厄魔の首の根元を指差した。
ただ一本残った首が吠える。
『我は闇、心ある存在が抱く負の感情を統べるもの! けっして消えることはない!』
リーシャンに噛みつこうとする災厄魔に向かって、俺は残りの魔力を計算しながら魔法を使った。
「バーカ。消えなくていいんだよ。お前は皆の心の中に戻るんだ」
遠距離で出現させた光盾が、最後の首を横殴りにする。
障害物はなくなった。
「覚悟!!」
心菜がリーシャンから飛び降りて、首の根元に刀の切っ先を差し込む。
赤い光が災厄魔を切り裂いた。
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