156 流れ星に願いを

 闇天の災厄を分割し、精霊に昇華した後……俺たちは改めて開催されたテナーの誕生パーティーに参加していた。

 クロノアいわく。

 

「僕の時の神としての権限で、君たちの消滅を一日程度、先伸ばしにしたよ。テナーを助けてくれたお礼だ。好きなだけ飲み食いしていってくれたまえ」

「えっらそうに」

「私からもお願いします」

 

 女神様に頭を下げられ、俺たちは残り時間をパーティーに参加したり、聖域を散歩したり、それぞれ好きに使うことにした。

 

「世界を救う大冒険、お疲れ様! 枢っち!」

「おぅ」 

  

 真が酒の入ったグラスを掲げて乾杯してくる。

 元通りに修復されたテラスに煌々と月の光が差し込み、丸テーブルには女神様お手製の料理がところ狭しと並べられている。

 騒動が終結したのを見計らって集まってきた神族連中は、雑談しながら料理をつまんでいた。

 外に張り出した手すりの上では、小さな妖精たちが輪を組んで踊っている。床を這う植物は淡く光る花を咲かせ、照明代わりになっている。

 音楽の神らしき女性が、弦楽器を優雅につま弾いており、会話の邪魔にならないヒーリングミュージックが流れていた。

 

「大丈夫か、真。これから俺たちは」

「へーきへーき! 枢っちのセーブポイントスキルで、次の転生は"強くてニューゲーム"なんだろ?」

 

 真は、機嫌よさそうに机に寄りかかってグラスを揺らした。

 歴史は変わった。テナーは地下に封じ込められず、災厄魔は俺が倒した。ここから先は俺たちの知らない歴史が始まる。

 つまり、俺たちの辿った歴史は無かったことになる。

 未来から過去にさかのぼって歴史を変えるという大業を成し遂げた俺たちは、その代償に消滅することになるのだ。

 だが、俺は自分のセーブポイントスキルを活用して、記憶やスキルを引き継いで「やり直し」できるようにするつもりだ。

 

「もう一度、異世界の人生をやり直せるんだろ。今度はもっとうまく立ち回ってみせるぜ」

「ほどほどにしろよ。国を滅ぼしたりしないように」

 

 真は異世界の前世に後悔がある。

 大事な人を守るために悪事に手を染め、自分の国を滅ぼしたのだ。

 しかし、次のやり直しも同じ結末になるとは限らない。いや、真は同じ結末にしないつもりなのだ。

 

「うはは、この英雄ダイチの名を後の世にも語りつぐっすよ!!」

「……」

 

 酒に酔った大地が、調子に乗って高笑いしている。

 あれが仲間だと思うと恥ずかしいな……。

 

「枢! 転生にあたって、俺は太陽神スキルは放棄するからな!」

「はいはい」

「俺は今度こそ陰キャを目指す。誰にも面倒を押し付けられない、目立たない人生を送るんだ……!」

 

 夜鳥は、アマテラスから受け継いだ力は手放すと言っている。

 変更された歴史でアマテラスは復活するから、力を返すのはちょうどいい。大地はスサノオの力を維持したいと言ってたけど、復活したスサノオが弱体化したら困るから、俺の方で強制的に引き継ぐスキルから除外しよう……。

 

「あれ? 心菜はどこだ?」

 

 ふと気付くと、心菜の姿がパーティー会場から消えていた。

 

「リーシャン、おいリーシャン!」

「ん~、もう食べられな~い」

 

 小型化したリーシャンは、行儀悪くテーブルの上に転がり、食べかけの果物の山に埋もれて寝ている。

 

「心菜を知らないか?」

「う~ん」

「……カナメ殿、ココナなら、さきほど外に出ていったぞ」

 

 紫のドレスを着たサナトリスが、外を指差した。

 サナトリスはなぜか女神様と仲良くなって、ドレスをみつくろってもらったらしい。なんでも太る前の女神様の服だとか。

 

「ありがとう、サナトリス」

 

 俺は、パーティー会場の中央で幸せそうに笑っているテナーとクロノアをちらりと見てから、外に出た。

 さて、心菜はどこに行ったのだろう。

 少し考えて、世界樹の幹を一周する螺旋階段を登ることにする。

 お月様がだんだん近くなる。

 月をねだったというテナーの仕業か、この世界の月はやたらでかくて、地上に近い。

 

「心菜」

 

 世界樹の頂上、月に近い露台で、心菜は一人立っていた。

 服装は戦いの時のまま。

 もう戦闘は終わったのに、真剣を手に持っている。

 

「ハッ!」

 

 気合いの声と共に、彼女は刀を振る。

 汗の滴が空中を舞った。

 月光を跳ね返した刃が、虚空に冴えた銀線を刻む。

 それは美しい剣舞だった。

 

「どうして修行してるんだ?」

 

 俺は不思議に思って聞く。

 

「心菜は、やり直せるなら、最強の剣豪を目指します! 枢たんなんか、けちょんけちょんにしてやります!」

「俺に恨みでもあるのか?!」

「だって、サナトリスさんの来世でも会いたいという願いに、良い雰囲気で答えてたじゃないですか。さっきもドレス姿のサナトリスさんに見とれてたし」

「なんだ嫉妬か」

 

 心菜は膨れてそっぽを向く。

 

「次は、真っ先に心菜を迎えに行こうかと思ったんだけどなー」

「!!」

「止めとこうかなー」

「ズルいです! そんな言い方!」

 

 やっとこっちを向いた。

 俺は瞳を潤ませている心菜の頬を軽く引っ張って、笑った。

 

「絶対、また会えるよ。約束する。俺が約束をやぶったことがあったか?」

 

 今度は君を一人にしない。

 神殿に入って生涯未婚を貫くような人生を、送らせたりしない。大切な妹に二度と会えないと不安になるような一生にしたり、しないから。

 

「枢たんは、ひどいです。いつも心菜を置いていってしまう」

「ごめん」

「プンプンです。激おこです。何ですか? 次に会えるのは、何百年後ですか?!」

「ええと、初代勇者アレスの時代は、俺の転生した時代より三百年前だから……」

「真面目に答えなくていいですにゃ!」

 

 俺は、プンプン怒っている心菜の手を取って、指を絡ませる。

 刀を握っているせいか、指の付け根が固くなっているが、細くて俺よりも小さな手だ。

 体を寄せて、額を軽く触れあわせる。

 

「きっと何百年でも一瞬で過ぎる。楽しみだな」

「……はい」

 

 祈りを聞き届けるように、流れ星が幾筋か空を翔ける。

 クロノアが引き伸ばしたリミットがもうすぐ来る。

 夜が開ければ俺たちは朝露のように消えるだろう。

 それまで、もう少しだけ、このままで。

 

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