154 世界の裏側
絶対権限の杖を握った途端、俺はどこか別の空間に転送された。
中央にコタツがある和風の部屋。
コタツの前には複数のモニターが並べられ、ゲーム機の残骸が散乱している。机の上には開封済みのポテトチップスの袋。
懐かしい雰囲気だと思った。
サブカルチャーにどっぷり浸かった、日本の男子学生が好みそうな部屋だ。コタツに足を入れて好きなだけゲームができれば天国だろう。
「……」
そして、今まさにゲームをしている、ボサボサ頭の男がひとり。
若いようにも年を取っているようにも見える。来ている服は、観光地に売っていそうな漢字ロゴ付きティーシャツと、下はよれよれの体操服。
「……誰だ?」
「ひっ」
俺を見て正体不明の男は一瞬ひるんだが、すぐに気味の悪い笑みを浮かべた。
「僕は全能の神だ! 僕の言うことを聞くなら、お前に絶対権限を与えてやる!」
想像する。
あの女神様が、ここに来て、この汚い男に絶対権限をもらっているところを。世間知らずというか、日本のオタクを知らない女神様は騙されるだろうな。
「黙れ」
俺は、男の胸ぐらを掴んで揺さぶった。
「絶対権限なんて面倒なもん作りやがって。何でも好きに命令できるとか、子供のワガママかよ」
「うわわ」
「あー、幻滅した。世界の裏側なんて知らなきゃ良かった」
コタツの上に、愕然とする男を放り出す。
「帰る」
「へ?」
「帰って自分で何とかするわ。じゃあな」
はやく元の世界に戻らないと。
災厄魔も暴れっぱなしだし、女神様は俺たちを許さないだろう。問題は山積みだ。
「ま、待って!」
男が、俺の服の裾をにぎって引き留める。
「絶対権限、要らないの……?」
「要らない」
「もう、ここに来ない?」
俺は振り返って、男を見下ろした。
男は寂しそうにしている。
その瞳の奥にある寂寥と悲嘆は、かつて俺もクリスタルに閉じ込められた千年の間に体験したものだった。
「……別に絶対権限のためじゃなくても、たまに来て茶飲み話くらいしてやるよ」
「本当か?!」
「ああ」
クリスタルになって身動きできず、誰かと話せない体になって絶望していた時、リーシャンが度々訪れて俺を慰めてくれた。
人はひとりでは生きられない。
神様ではなく人間だから、誰かと話したい、一緒にいたい。
異世界で俺は神の称号を得たけど、それは単なる役職みたいなもので、本当は只の人間だ。
目を開けると、そこは空中を走る白い狼の背中だった。
手に入れた絶対権限の杖を振りかざす。
「
とりあえず暴れている災厄魔を何とかしないとな。
目的は果たした訳だし。
俺が命令すると、地の災厄魔以外の災厄の姿が消えた。
近くの街の人、お騒がせしてすみません。
『もういいのか、カナメよ』
「うん。色々ありがとうな、暫定親父殿」
『壊すしか能のないワシにも、手伝えることがあったなら良かった』
どしんどしんと地響きを立てながら、地の災厄魔は去っていった。
「……まさか! あのお方が認めたというのですか?!」
女神様が驚愕している。
やっぱりオタクに騙されてたんだな……。
俺は上空で呆然自失している女神様に声を掛けた。
「これから、あんたの娘を解放しに行くけど、一緒に来るか?」
「!!」
「カナメ、そんな女を連れていくことはない!」
クロノアが止めにかかるが、俺は首を横に振った。
「娘を心配しない親はいないだろ。女神様は、他に方法を思い付かなかっただけだ」
「……優しすぎるよ、カナメは」
女神様は、戸惑ったように沈黙している。
来るか来ないかは、女神様の判断に任せよう。
解放の邪魔をするなら追い払えばいいし。
仲間の様子を確認すると、サナトリスと夜鳥が、地上で手を振っていた。
「カナメ殿ー! 虎を確保したぞ!」
「俺らは勝手に付いていくから」
「おう」
虎を奪われて、武神が目を白黒させている。
神様だし、置いて行っても死なないし、別に良いよな。
「よーし、聖域に移動するぞ」
先陣をきる白い狼。リーシャンと、夜鳥たちを乗せた虎が追ってくる。
「……あなたの選択の結果を、見届けさせていただきます」
女神様が上空で並行して飛びながら言ってくる。
「勝手にすればいい」
世界樹がどんどん近くなってくる。
テナーの封印の時から曇っていた空は暗くなり、不気味な蛇腹の雲が渦を巻いていた。
稲光が閃く中を突き進む。
「テナー!」
真っ先にクロノアが狼の背中から飛び降りる。
続いて地面に降りた俺は、絶対権限の杖を世界樹に向けた。
「
世界樹がミシミシと揺れた。
枝がほぐれて広がり、空洞ができる。
その中から、白い髪の少女がひょっこり顔を出した。
「クーちゃん?」
クロノアが少女に駆け寄って抱き締める。
「痛いよ、クーちゃん……」
「ごめん、テナー。いつも君を助けられなくて」
「テナー、怖くなかったよ。カナメお兄ちゃんが、待ってろ、って言ったもん」
「!!」
二人の視線がこちらに集中したので、俺は視線を逸らして口笛を吹いた。
「……君は、最初から僕たちを助けるつもりで」
クロノアが、信じられないものを見る目を向けてくる。
そんなつもりじゃなかったんだ。
できれば皆ハッピーエンドが良いなと思って、念のため色々しておいたけどさ。
「枢たん、空が」
「ん……?」
ピカリと稲妻が落ちた。
おかしい。
この悪天候は、女神様の気分の問題かと思っていたが。
『絶望が足りない』
機械音声のような声が、雲の中から響いた。
女神様が空を見上げて口元をおおう。
「あれは闇の災厄……!」
何だと。
黒雲の中から、金色の長い首が伸びた。
キングギドラのような、八ツ股に分かれた頭と首。
俺を睨み付ける朱色の眼。
遠くに転送したはずの闇の災厄が、聖域の空を占領していた。
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