153 未来からの援軍

 女神様と敵対する際に問題になるのは、例の制約だ。

 

「聖域では、神族どうしの戦いは禁止。破れば罰則により魔法が封じられてしまう」

 

 俺が聖域に着いてすぐに嵌まった罠だ。

 女神様と話し合いせずに、絶対権限ワールドオーダーを奪うと言ったのは、この罰則が理由でもある。悠長に説得した後、戦いになったら、魔法を封じられて終わりだもんな。

 

「敵の有利な場所では戦わない。戦術の基本だ」

 

 という訳で、聖域から出ることにした。

 マナの空飛ぶ白い狼に乗って、世界樹の城を脱出する。

 メンバーは俺と心菜とマナ、そしてクロノアだ。

 

「カナメ、女神様をどうやって聖域から引きずり出すんだい?」

「それは簡単だ。災厄魔に暴れてもらえばいい。ここらで一番、人口の多い場所はどこだ?」

 

 わざと人の多い場所で騒動を起こして、女神様を誘きだす作戦!

 

「枢たん、悪い顔になってます~」

「黙れ心菜。俺はいつでも品行方正だ。なんたって神様だからな」

 

 ルールは俺が決める。なんちゃってな。

 この世界に詳しいマナとクロノアに聞いて、一番人口が多い街に連れていってもらった。

 召喚魔法が行使しやすいよう、街に近い丘に魔方陣を描きながら、段取りを確認する。

 

「クロノア、マナ。街の人に被害が出ないように、魔法で防御しといてくれ」

「分かったよ」「はい!」

「心菜、殺すのは駄目だぞ」

「分かってます!」

 

 準備は整った。

 一旦、場所を移す。

 できるなら被害は少ない方が良いからな。

 街から離れた場所、けれど神族が人の集落に被害が出ないか心配になる、ギリギリのところへ、移動した。

 まずは第一段階。

 

「来てくれ、暫定親父殿!!」

 

 召喚魔法を応用して、地の災厄を喚ぶ。

 地響きを立てて、地の災厄魔の巨体が姿を表した。

 

『カナメよ、父を喚んだか。結婚式は』

「暫定親父殿、その話題はもう忘れてくれ。他の災厄を呼んで、ここで大暴れできるか?」

『もちろん、できる。カナメ、お前の願いなら何でも叶えよう』

 

 地の災厄魔は、空に向かって吠える。

 

「っ……!」

 

 大気がビリビリ震えた。

 俺が倒した光の災厄をのぞく、火、水、風、闇の災厄が、一斉にこの地を目指して集まってくる。

 

「ここにいたら巻き込まれます! カナメさん、ココナ、私の狼の背中に乗ってください。空中に退避しましょう!」

「ああ!」

 

 集まった災厄魔たちは、お互いの力が邪魔なのか、争いを始めた。

 大地が抉れて、雷がとどろき、山が吹き飛ぶ。

 想定以上の範囲に被害が及んでいる。

 念のため街から距離をとっといて良かったぜ。

 

「災厄魔が集うこの未曾有の大災害、最終的に女神様がでばってこないとならないように、神族を追い込む」

 

 俺は空の彼方を見つめる。

 聖域の方向から、空飛ぶ虎に乗った武神や、自前の翼で翔ける天使の一団が近づいて来ている。

 

「どういうつもりだ、お前たち! マナ、気でも狂ったか?!」

 

 駆けつけてきた神族たちは、俺たちを見て声を上げた。

 災厄魔の戦いを止めることなく、様子を見ている俺たちは、誰がどうみても悪役だろう。

 

「いいえ、私は正気です!」

 

 マナは胸を張って言い返した。

 

「災厄魔と、大魔王のカナメさんを止めたくば、女神様を呼んできなさい!」

 

 大魔王……?

 打ち合わせにはない口上だ。

 勝手に大魔王にされてるぞ、俺。

 

「女神様を呼ぶまでもない。道を外した者たちよ、武神の名にかけて私が成敗してくれる!」

 

 神族は俺たちと戦う気満々だ。

 俺は、ちらりと真下の状態を確認する。

 そこは街の近くの丘、予め用意した魔方陣の上だった。

 手首に付けた紐に通している、金色の石をかかげ、俺は召喚魔法を行使する。

 

「時の彼方から召喚する! 来い、リーシャン!!」

 

 光の柱が立った。

 シャリーンと涼やかな鈴の音が響きわたる。

 真珠色の鱗と、鈴の付いた黄金の角を持つ竜が、光の柱から現れた。

 

「カナメーーっ! 探していたんだよ! もっと早く僕を呼んでよ!」

 

 リーシャンは現れるなり、俺に文句を言って翼をバタバタさせた。

 

「うわあーっ、落ちるーーっ」

「真、大地、夜鳥、サナトリス、お前らも一緒か」

 

 リーシャンが姿勢を崩してバタバタしたので、背中に乗っていた真たちは大慌てだ。

 

「何がどうなってる?!」

「説明は後だ。まずは、そこの偉そうな奴らを追い返してくれ!」

「了解っす!」

 

 真っ先に状況に適応したのは、大地だった。

 竜の背中で立ち上がって、クサナギの剣をかかげる。


雨雲割撃ヘブンディバイド!」

 

 空中に衝撃波が走る。

 背後にいた俺たちには影響ないが、大地の前方にいた聖域の神族連中は、まともに技をくらって落下した。

 

「追撃をかける!」

 

 リーシャンから飛び降りた夜鳥、サナトリスが、地面に落ちた神族たちを取り押さえにかかる。

 

「よし、あとは神族の誰かを脅かして、女神様を呼んでくるよう仕向ければ」

「その必要はありません」

 

 俺はハッと顔を上げた。

 強大な力の気配が、いつの間にか、近くの空中から発せられている。

 

「私はここにいます」

 

 カボチャドレスの女神様が、上空に浮遊していた。

 彼女は冷たい瞳で、俺たちを見下ろしている。

 

絶対権限ワールドオーダー。私のいる場所は、すなわち聖域。戦いは無意味です」

 

 透き通る結晶で出来た、七色に輝く杖を振りかざし、女神は宣言する。

 しまった……!

 

「わわっ、魔法が使えなくなっちゃった!」

「リーシャン! くそっ」

 

 一気に皆、無力化されてしまった。

 リーシャンだけでなく、夜鳥も大地も、今は神族だから封印の対象だ。

 

「我々の魔法は封じられていない。さすが女神様!」

 

 取り押さえた神族が歓声を上げた。

 形成は逆転した。先ほどまで俺たちが有利だったのに、今は圧倒的不利な状況だ。

 

「こっちサイドだけ罰則とか、どんだけ不公平だよ……!」

 

 俺は歯噛みする。

 

「カナメ、あなたにどのような意図があろうと、このような騒動を起こして良い理由はありません」

 

 女神様は、俺に語りかけてくる。

 

「正論ですねー」

「心菜、お前はどっちの味方なんだ」

 

 しれっと感想を述べる心菜の頭を叩く。

 俺は女神様に向き直った。

 

「俺は、未来から来た。あんたがテナーを封じたせいで、未来で俺の故郷は滅ぶ。今、テナーを助けて、あんたとテナー母娘が和解すれば、すべて解決するんだ」

 

 こちらの目的を率直に伝え、反応を見る。

 話し合いは時間稼ぎにもなるしな。

 

「マナから聞きましたよ。未来で私は力尽き、聖域は無くなっているとか」

 

 しかし女神様は、俺の予想外の答えを返してきた。

 マナ……?!

 俺が振り返ると、マナは後ろめたそうな顔をしている。

 どうやら知らないところで、女神様に相談していたらしい。

 

「そのような未来は受け入れられません。娘可愛さに封印の道を選びましたが、間違っていたようですね。もっと徹底的に対応しないと……聖域が無くなり、多くの人々が犠牲となる未来は、回避せねば」

「待て!」

 

 女神様は、俺に杖の先を向ける。

 

絶対権限ワールドオーダー。あなたを排除し、私は私の世界を永遠のものとする!」

 

 それは俺たちが歩んできた歴史の否定だった。

 犠牲も困難も、あるがままに受け入れて歩んできた、俺の千年間がゼロになってしまう。

 

「そうはさせない! 祝福の金鈴よ、奇跡を起こせ!」

 

 リーシャンが俺の前で翼を広げる。

 角に付いた鈴のいくつかが、音を立てて砕け散った。

 

「リーシャン!!」

 

 神器・祝福の金鈴。

 それはリーシャンだけが持つ、特別な魔法。いや、魔法の範疇に収まらない奇跡だ。あらゆる願いを叶える奇跡を起こす、特別なアイテム。百年に一個しか増やせない貴重な鈴を複数、リーシャンは枝別れした角に装備している。

 

絶対権限ワールドオーダーが中和された?!」

 

 女神様が驚愕する。

 同時に、俺はステータスの片隅に表示された封印のアイコンが消えたことを確認する。

 リーシャンの奇跡は、一時的に女神様の絶対権限ワールドオーダーすべてを無効化したらしい。

 それに、魔力値が少し回復している。

 ちょうど光盾、一回分の魔力があった。

 

光盾シールド!」

 

 俺は光盾を、女神様の手元に出現させる。

 防御用の魔法で、女神様の手を殴った。

 

「あっ」

 

 女神様は、杖を取り落とす。

 

「走って、フェンリル!」

 

 マナがすかさず狼を走らせた。

 杖の落下する先へ、俺たちは疾走する。

 女神様が呆然としている、今の内に!

 

「獲った!!」

 

 俺は身を乗り出して、絶対権限ワールドオーダーの杖を掴む。

 その瞬間、杖から光がほとばしり、視界が白くなった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る