152 クロノアの事情
クロノアはふてくされたように、あぐらをかいて座った。
「大前提だけど、僕はテナーを助けたい」
「嘘つけ」
だったら、どうしてわざとアレスに刺された。
テナーが邪神になるよう誘導したように見える。
「彼女を助けたいなら、アレスをとっとと聖域から追い出せば良かっただろう。未来が分かってたんなら、できたはずだ」
「そうしたさ! そうしたこともあった。何度、過去を繰り返しても、アレスは聖域に潜り込み、女神様を刺すんだ!」
クロノアは苛々した様子で体を揺すった。
「僕が刺されなくても、他の誰かが犠牲になる。あるいは女神様が傷付く。そうするとテナーは人間を呪って邪神になってしまう。邪神になったテナーを地下に災厄魔もろとも封印し、女神様は眠りにつく。何度も繰り返した筋書きだ」
「何度も……? クロノアお前まさか、時間を何度もさかのぼってるのか?」
「そうさ!」
驚いた。
俺は改めてクロノアを観察する。
嘘を言っているように見えない。クロノアは真剣な瞳をしていた。
「歴史は変えられないのか……?」
「いいや。繰り返すたびに、少しずつ変わっている。過去で君と出会ったのは、これが初めてだよ。君なら流れを変えられるかもしれない」
「どういうことだ?」
「創世の女神様は、世界に対する
話がややこしいな。
ええと、つまりクロノアは俺を頼りにしてたのか。
じゃあなぜ、俺と敵対するような真似をしたんだ。
「……俺に災厄魔をけしかけたりしたのは何故だ?」
「君のレベルを上げるためだよ。最低でも女神様と同じLv.99999になってもらわないと」
……。
「……心菜、切っていいぞ」
「待ってました!!」
「ぎゃあああっ」
心菜が目を輝かせて刀を抜く。
「どこから切ってやりましょうか。ふふふ……」
「カナメ、君の彼女は危険すぎるよ!」
「俺は危険じゃないからいいんだ」
きっぱり言い切ると、クロノアに向かって指を突き付ける。
「真正面から頭を下げて頼めば聞いてやらんでもなかったんだが、お前はコソコソ策を弄して俺の行動を操ろうとした。その罪、万死に値する」
「僕は別にいいんだ。最終的に、テナーを助けてくれれば」
「馬鹿野郎! てめえが死んだから、あの女は未来から過去にさかのぼって俺に恨み節を聞かせに来たんだぞ! 迷惑過ぎる! お前もテナーも絶対有罪だ!」
「そんなあ」
この時代に転移してしまったのは、テナーが狭間の扉から手を出して、それを心菜が切ってしまったからだった。
いくら事情があると言っても、俺と心菜に迷惑を掛けていいという訳ではないだろう。
「……でも、そのおかげで、私は姉さんに会えたんですね」
「マナ……」
「カナメさん、私に免じて、ここはひとつ、クロノアを許してあげてはいただけないでしょうか」
黙って話を聞いていたマナが、前に出た。
「このままでは、関係者皆、不幸になるだけです。どうか建設的に考えてください。全部を解決した暁には、クロノアとテナーをまとめて、どこか遠くに追い払えば良いだけじゃないですか」
「マナ、お前も結構ひどいな……」
俺は腕組みして考える。
テナーの邪神認定を解けば、すべて解決する、か。
「
「女神様が保管している杖がそうだよ。資格を持っていない者が触れると、死んでしまうんだ」
クロノアは俺の疑問に答える。
杖、か。そういえば、ここでは聖晶神の杖を召喚できないんだった。時を越えて召喚するには、この時代は遠すぎるらしい。
女神様に頼んだら、
「じゃあ、まずは女神様を倒して、その
「ちょっ……女神様はLv.99999なんだよ! 敵う訳ないじゃない?!」
マナが俺の言葉を聞いて絶句する。
その前に女神様と敵対すると言ってるんだが、そこに関して突っ込みが無いあたり、こいつも心菜の妹なだけある。
「それに女神様の周りの神々が黙ってはいない。いくらなんでも無茶では?」
クロノアが眉をしかめる。
「君は、魔力が尽きている状態だろう。それでどうやって戦うつもりだい?」
俺は不敵に笑った。
「魔力が少なくてもローコストで使える魔法があるだろ」
「……まさか」
「未来から援軍を喚ぶ」
左の手首に着けた金色の石に触れる。
これはリーシャンとの、他の光の七神との絆の証だ。
召喚の触媒は揃っている。
物を召喚する魔法は厳密には転送魔法で、生き物を召喚する魔法とは種類が違う。召喚獣は、時を越え世界を越え、別の世界から呼び寄せるものだ。だから杖は無理でもリーシャンは呼び寄せられるはず。
「テナーは助けてやる。その後はクロノア、お前がテナーを説得するんだ。人間を皆殺しにすると言い出した日には、俺が女神様の代わりにテナーを始末するぞ?」
「……分かった」
クロノアは少し考えた後、深く頷いた。
「必ず、テナーを説得するよ。だからカナメ、頼む。僕らを助けてくれ」
初めから、そう言えば良かったんだよ。
素直じゃないな。
俺は一瞬、目を閉じて思考する。
この戦いで歴史は変わる。
変わった後、俺たちはどうなるだろう。
存在消滅のリスクを軽減するためにも、
さあ、最後の戦いを始めようか。
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