151 テナーの誕生パーティー

 女神様は、俺の回復を待っていたようだ。

 歩けるようになった数日後、事情を聞きたいと呼ばれた。

 

「さて。いったいどうやって災厄魔を倒したのですか?」

 

 女神様は、見た目はふくよかな中年のおばちゃんだ。

 今日は食堂のおばちゃんの格好ではなく、シックな紺色のドレスを着ている。

 

「えーと」

 

 攻略法をここで話しちゃって良いのかな。

 話したら歴史が大きく変わるのでは……?

 だがお世話になった女神様相手に黙秘するのも気が引ける。

 具体的な呪文などを伝えなければ、ヒントくらいなら大丈夫かな。

 

「ほら、災厄魔はレベルが?????でおかしいでしょう、だから……」

「おかしい?」

 

 女神様は、頬に手をあてて首をかしげた。

 

「災厄魔は特別なモンスターだからでは?」

「へ?」

「そういう種類のモンスターというだけでしょう」

 

 俺は愕然とした。

 女神様との間に、越えられない壁を感じたからだ。

 災厄魔がモンスター表示の癖にレベルが?????でバグってるから、精霊というカテゴリに分類し直したって、どう説明すればいいんだ。

 そういう種類のモンスターだと、考えるのを諦めるのは、思考停止なのでは。

 ニコニコする女神様を見て、俺は説明する気力がなくなった。

 

「……俺の魔法の奥義なんで、詳細は説明できないというか」

「まあ」

「失礼します!」

「まあまあ」

 

 三十六計逃げるに如かず。

 適当なことを言って撤退することにした。

 

「待ちなさい」

「!」

 

 女神様に呼び止められる。

 なんだ? これ以上、何かあるのか。

 

「明日はテナーの誕生パーティーなので、是非出席してくださいね。腕によりをかけて、美味しい料理を準備しますから」

「は、はい」

 

 特に断る理由はないので、俺は参加しますと返事して、その場を退散した。

 

 

 

 

「パーティー! 立食! お肉にケーキ! 楽しみですね!」

「心菜、狭間の扉は見つかりそうか?」

「明日から頑張ります!」

 

 パーティー当日、俺は心菜を伴って、食堂に向かっていた。

 まだ狭間の扉は見つけられていない。

 

「カナメさん! 俺もご一緒していいですか?」

「アレス」

 

 食堂の前で、勇者アレスが待っていた。

 神様連中ばっかりで入りにくいらしい。

 俺も神族なのだが、他の奴と違ってキラキラしてないから話しかけやすいとのこと。悪かったな、キラキラじゃなくて。

 

「俺、創世の女神様にお会いするの、初めてなんですよね」

「女神様はいつも食堂にいるだろ」

「? 食堂では配膳のおばさんにしか会ってませんが」

 

 女神様、単なる食堂のおばさんだと間違われてるぞ。

 ところで勇者アレスは鎧の上からマントを羽織り、帯刀している。パーティーに参加するので、皆、正装か正装に近い格好をしているので、アレスの装いもそんなに目立ってはいないのだが。

 

「パーティーに剣を持ってくるのは、どうかと思う」

「剣がないと落ち着かないんです」

 

 アレスは俺の指摘に、誤魔化すように笑って剣の柄を撫でた。

 その手がわずかに震えている。

 緊張しているのか。まあ、神様連中が沢山いるから、仕方ないな。

 創世の女神の愛娘の誕生パーティーだからか、知らない神々が十名以上いる。普段はガラ空きの食堂が、混雑気味だ。

 

「ご飯、ご飯はまだですか?!」

「姉さん、行儀が悪いですよ」

 

 マナが心菜をたしなめている。

 パーティーということで、二人は双子らしく揃いのドレスを着ていた。言動を無視すれば、ちょっとした眼福だ。

 

「テナー様と女神様だ……!」

 

 どよめきが起き、奥からピンクのドレスを着たテナーを連れ、髪を結い上げた女神様が入ってきた。今日はオレンジ色のドレスだが、ふくよかな体を包む腰が膨らんだドレスはカボチャを連想させる。

 

「あれが女神様……」

 

 アレスの呟きに不穏な気配が混じる。

 しかし俺も心菜も予想外過ぎて、次の彼の動きを止めるのが遅れた。

 

「創世の女神、覚悟!」

 

 アレスはすごい勢いで前に飛び出して、剣を抜き、女神様に切りかかった。

 

「なっ?!」

 

 神々も唖然としている。

 ただ一人、クロノアをのぞいて。

 

「きゃあああああっ!」

 

 テナーの悲鳴が上がった。

 

「クーちゃん、クーちゃん!」

 

 血を流して倒れたのは、クロノアだった。

 クロノアは予期していたかのように女神様の前に立ち、彼女をかばって刃を受けたのだ。

 我に返った神々が、アレスを取り押さえる。

 テナーは、クロノアにすがりついて泣いている。

 

「やだっ、死なないでクーちゃん!」

「死なないよ……仮にも神だよ僕も。だけど、さすが聖剣。神にすらダメージを与えるか……」

 

 クロノアは目を閉じる。

 

「ごめん、少し、眠る、ね……」

「クーちゃん!」

 

 揺さぶっても目を開けないクロノア。

 テナーは泣いて取り乱している。 

 俺は、取り押さえられているアレスに歩みより、問いただした。

 

「なんで女神様を狙ったんだ」

「……俺の故郷の村を、見捨てたからだ」

 

 アレスは悔しそうな表情だった。

 

「火の災厄に襲われた村を、女神様は助けて下さらなかった。それどころか、火の災厄の注意を村に引き付けて、他の村を助ける時間稼ぎをしたんだ!」

 

 大きな被害を出さないために、小さな村を犠牲にしたってことか。

 効率的ではあるが……最善ではないな。

 俺の時代なら、囮を魔法で作ったり、他にも色々、犠牲を出さないやり方がある。この時代では、そこまで魔法の技術が進んでいないのかもしれない。

 

「人間……クーちゃんを傷付ける人間なんて、人間なんて、皆死んじゃえ!!」

「いけません、テナー!」

 

 テナーの叫びを聞いた女神様が、慌てる。

 

「がはっ」

 

 アレスが血を吐いて昏倒した。

 

「創造の力……思うだけで空想を現実にしてしまう力か……!」

 

 俺は戦慄した。

 テナーの言葉は呪いだ。

 黒い揺らぎが、彼女を中心とした波紋となって、世界に広がっていく。

 

「ああ、テナーが邪神になってしまった」

 

 女神様が悲痛な声を出した。

 

「邪神?」

 

 もしかして、これは歴史通りなのか。

 創世の女神は、邪神を封じて力尽きたのだという。

 

「私はこの世界の生命を守る女神。邪神は封じなければいけません」

 

 床から植物が生えて、するするとテナーに巻き付く。

 創世の女神の力がこもっているのだろう。

 テナーはもがいて、魔法で枝を燃やそうとするが、瞬時に再生する。

 

「お母さん、私を封じるの? 私より人間が大事なの?」

 

 テナーは絶望した表情になった。

 

「誰か、誰か、助けて!」

 

 食堂にいる神々は顔を背けている。

 創世の女神様の判断は、絶対ってことか。

 

「誰か……!」

 

 最後に、テナーは俺を見る。

 俺は瞳を逸らさなかった。

 世界樹に呑み込まれる少女の姿を、目に焼き付ける。

 食堂は床から伸びた枝で埋め尽くされ、見る影も無くなった。

 空から雨が降ってくる。

 雨に打たれながら、女神様は消沈した様子で去っていった。

 パーティーに呼ばれた神々も、次々に退出していく。

 残ったのは、俺と心菜とマナだけだった。

 

「アレスさん、成仏してください……」

 

 心菜は、アレスがいた辺りを確かめて手を合わせる。

 俺は腕組みした。

 

「あのなー、心菜。この世界にはセーブポイントがあるんだぜ」

「……あ!」

 

 旅先で出会った人は、念のためセーブスキルを使って記録している俺だった。アレスもばっちり保存済みだ。魔力を失う前に出会ってて良かったな。

 

「今頃、心菜と会った村で目を覚まして、びっくりしてるとこじゃないか」

「さすが枢たん、抜かりないですね!」

「まーな」 

 

 俺は樹海と化した食堂の中央に向かう。

 

「カナメさん、どうしたんですか?」

「ちょっと野暮用だよ」 

 

 マナが「そろそろ帰りませんか」と聞いてくる。

 だがしかし、まだ用事が残っている。

 邪魔な根っこを蹴り飛ばし、木々に隠れて逃げようとしていたクロノアを捕まえた。

 

「ぐえっ」

「悪巧みの時間は終わりだ、クロノア」

 

 アレスに刺された傷はふさがっているようだ。

 先ほどまで見事な愁嘆場を演じていたとは思えない、余裕のある様子である。

 

「心菜、逃げだせないように、こいつの足を切れ」

「ラジャーです!」

「待って、ココナの攻撃は、いくら僕でも痛いから止めて! 逃げない! 逃げないから!」

 

 クロノアの言うことは信用できないが、流血すると掃除が面倒なので心菜を止める。

 俺はクロノアの襟首を締め上げた。

 

「よくも胸くそ悪い場面を見せてくれたな。全部、説明しろ!」

「分かった! 分かったよ! くるじぃ……!」  

 

 クロノアが未来の出来事を分かって動いている可能性に気付いたのは、黒崎の仲間のハナビの説明を聞いていたからだ。

 ハナビは、未来の自分から過去の自分へメッセージを飛ばして、未来を把握していると言った。

 神ならぬ彼女に出来たことを、仮にも時の神を名乗るクロノアができない訳がない。

 俺たちはクロノアの演技にすっかり騙されたのだ。

 

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