142 未来が変わったら

 貸し出されていたホルスの神器を回収し、俺たちは一旦タンザナイトへ帰ることにした。

 

陳謝すまない。今まで黙っていた事を詫びよう。私はこのマナウの守護神、仙神ジョウガである!」

「知ってた」

「知ってるっす」

「知ってました」

「ぬわぁにー?!」

 

 別れの挨拶の時に、イロハは正体を明かした。

 俺は勿論知っていたが、真、大地、夜鳥は察していたらしく驚かなかった。

 

「そうだったんですか? すごーい!」

 

 若干一名をのぞいて、イロハの正体はバレバレだったようだ。

 心菜だけが純粋な尊敬の目をイロハに向けている。

 

「ああ、ココナ……私を慰めてくれるのは君だけか」

「大丈夫ですか? イロハさん」

「女同士だ、イロハと気安く呼んでくれ。私の友達になってくれないか……?」

「はい!」

 

 イロハと心菜は手を取り合う。

 麗しき女性同士の友情かな。

 

「じゃあな、イロハ。元気で!」

「いや待て! カナメ、お前が良ければその、マナウに残ってくれてもいいんだぞ。戸籍と何不自由ない暮らしを用意しよう!」

「ごめんなイロハ。俺もアダマスで神様業やんなきゃいけなくて……気持ちだけ受け取っとくよ」

 

 俺はなぜか引き留めてくるイロハを、さっくり断った。

 

「アダマスで神様業……?」

「大聖堂に来た時は寄ってってくれ」

 

 イロハは頭上に一杯疑問符を浮かべている。

 クリスタルの俺しか見てなかったら、今の人間の姿と結びつかんわな。

 仕方ない。

 一体いつ気付くんだろうと思いながら、俺はマナウを後にした。

  

 

 

 

 災厄の谷底、災厄魔が封じられた野原では、まんまと枢に逃げられたテナーが地団駄を踏んで悔しがっているところだった。

 

「悔しい……悔しい……! この私が、あんな子供にしてやられるなんて」

「どうしたんだい? テナー……あれ? 復活させようとしていた火の災厄魔がいない……?」

 

 少し遅れてクロノアがやって来た。

 勿論、火の災厄魔はいなくなっているので、彼の計画はおじゃんである。

 

「いったいどういうこと?!」

「カナメが来たのよ」

「カナメが? 彼は大聖堂のクリスタルから動けないはず……外部とも情報がやり取りできないように、文字による伝達や言葉を封じているのに」

「彼、未来から来たみたいよ。クーちゃん、未来で下手を打ったんじゃない」

 

 テナーは野原に座りこんで、人差し指で「の」の字を描いている。

 

「火の災厄と水の災厄が同時に消えたから、当初の計画通りっちゃ通りなんだけど」

「ねえクーちゃん。カナメは人間の姿だったわ。ということは、未来でアースとアニマが繋がって、カナメは人間の体を取り戻すんじゃないかしら。ちまちま相殺する属性の災厄魔を復活させて相討ちさせるより、災厄魔をアースに送り込んでしまえば楽なんじゃない?」

「それだ!」

 

 クロノアは目を輝かせて、指をパチリと鳴らした。

 

「さすがテナー! あったま良い!」

「ふふふ、もっと褒めてくれてもいいのよ」

 

 枢たちの知らないところで、こうして密かに歯車は回る。

 黙示録獣を復活させたは良いが、地球アースに送り込むタイミングが読めなくて延々待機しなければいけなくなるなど、この時のクロノアは考えてもみなかった。

 

 

 

 

 タンザナイトに帰ってきた俺たちは、まずは神器をホルスに返却した。

 そして一週間ほど休暇にした。

 最近、戦い続きだったからな。

 仲間は解散して、それぞれ自分の時間を過ごしている。

 気心の知れた俺と心菜と真は一緒に行動していた。

 

「このミントティー、すごく甘いですね!」

「さっき厨房が見えたけど、山ほど砂糖を放り込んでたぞ」

「タンザナイトは、ダンジョンで砂糖大根を栽培しているらしいよ。料理に砂糖使いすぎだよね」

 

 タンザナイトは砂漠に囲まれていて、日中はとても暑い。

 俺たちは喫茶店で涼をとっていた。

 ミントの葉と砂糖で煮詰めた紅茶はクソ甘い。緑のミントの葉が添えられており見た目は涼しげだが、口に含むと甘すぎて死にそうだった。

 

「枢たんー、時流閃がパワーアップしました! 未来に攻撃を飛ばせるそうです!」

「そろそろスキルレベルが上がって新しい技が使える頃だと思ってたけど……これで未来に帰れるようになったな」

 

 心菜の報告に、俺はあごをさすりながら考える。

 

「大地が黙示録獣のところに飛ばされた前後の時間に行けば、災厄魔を倒して地球が滅びるのを無かったことにできるんだが」

「あれ? 未来は変えられないって話じゃなかったっけ?」

「いや考えてみると、おかしいんだ。だって佐々木さんがタンザナイトに侵略してきた時、過去が変わったから佐々木さんは消えただろ?」

「あ!!」

 

 そうなのだ。

 すっかり失念していたが、過去が変わって未来も変わる例を、俺たちは既に目撃している。

 

「問題はなー。地球を救ったら歴史が変わるから、その影響があるかもってことなんだよなー」

 

 俺は椅子の背にもたれて頭の後ろで手を組み、天井を見上げた。

 

「俺たちが地球を去った後で、黙示録獣が行っただろ。地球が滅びようが救われようが、俺たちには影響ないんだ。だって未来が変わって佐々木さんは消えたけど、俺たちは消えなかった」

 

 パラレルワールドがあるのかもしれない。

 もしあの時こうなったら、が実現した世界。

 佐々木さんの例を見る限り、分岐した世界が消える可能性があるようで、ゾッとしない。俺たちの属する世界が消えたら、俺たちも消えるってことじゃないか。

 

「ヤバイのは大地なんだよな。あいつ、黙示録獣が滅ぼした世界で10年過ごしてるから」

 

 黙示録獣を倒すと、大地の10年間がどうなるか、考えたくもない。

 

「俺がなんっすか?」

「うわっ、大地お前なんで机の下から出てくるんだ!」

 

 突然、大地がテーブルの下から這い出して来たので、俺は驚いてひっくり返りそうになった。

 

「そこの店で買った謎の転移アイテムを試したら、机の下に出て」

「変なもん試すな! あ、でも転移アイテムの魔法式は気になるから見せてくれ」

「一回使って壊れちゃったっすよ」

「何ぃ?!」

 

 もったいないな。後で売っていた店を教えてもらおう。

 大地は立ち上がって机に手を叩きつけ、俺に詰め寄った。

 

「枢さん! 俺に気にせず世界を救って欲しいっす!」

「いや気にするって」

「俺は自業自得っすよ!」

「いやクロノアのせいだろうが」

「気にしないっす!」

「少しは気にしろ!」

 

 だんだん話がよく分からなくなってきた。

 真がストローでミントティーを飲みながら、雑にまとめる。

 

「枢っち、本人がこう言ってることだし、犠牲になってもらったら」

「おかしいだろ、その結論!」

「まー大地ひとりで地球の全人類を救えるなら、良いってことで」

 

 いかん、話がますます変な方向へ……そもそも、まだ未来に戻って災厄魔を倒すと決めてないのだが。

 

「枢さん、お世話になりました……!」

「枢たーん、ミントチョコアイスを買ってくださいにゃ!」

「いい加減にしろ!」

 

 俺は自分勝手な奴らの頭を叩いて、正座させることにした。

 

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