143 失恋させ薬

 大地はああ言ってるけど、俺は地球に出る前の黙示録獣を倒しに行くのは反対だ。もう少し情報を集めて様子を見た方が良いと思う。

 

「枢っちは慎重だなあ」

「お前らが猪突猛進すぎるんだよ」

 

 俺はタンザナイトで閉店した工房を借りて、アイテム作りに勤しんでいた。真は近くの椅子に座り、俺の作業を見ている。リーシャンは作業机の上で腹を出して寝ていた。邪魔だ。

 心菜は夜鳥とダンジョン探索に出掛けている。

 

「カナメ、調子はどうかね?」

「ホルスじゃねーか」

 

 お邪魔するよ、とホルスが人間の姿で工房に入ってきた。

 相変わらず坊さんみたいな格好なのに、渋いジェントルマンオーラを無駄に放出している。

 

「どうしたんだ? 神器はちゃんと、リーシャンの涎を洗浄してから返したぞ」

「涎……いや、君がピカピカに磨いて返してくれたおかげで、神器は絶好調だ。そういうことではなく……君は薬は作ってないかね?」

「薬?」

「失恋させる薬だ」

 

 は? まーた妙なことを言い出したぞ、このおっさん。

 

「最近、私に本気で恋をしている可愛い小鳥がいてね。ふぅ、輝き過ぎるというのも、困ったものだ」

「……」

「どうどう枢っち」

 

 俺は無言で工具を握りしめる。

 手元からパキリと音がした。

 真が肩を叩いてなだめてくる。


「しかし彼女はか弱き人の子。神である私とは種族がちがう。どうにか恋路を諦めさせて、人間の彼と結ばれるようにしてあげたいのだ」

「……イロハとは乗り気だったじゃねえか」

「イロハはなんというか、浮き世離れしていたから、大丈夫だと思ったのだ」

 

 あいつマナウの守護神だったからな。普通の人間と物の見方が違うところが、自然と言動に漏れ出していたのだろう。

 

「失恋させ薬は、そのイロハの方が得意だと思うぞ。あいつ、ホルスに迷惑を掛けたって落ち込んでたからな。頼んだら作ってくれるんじゃないか」

 

 俺はリーシャンを揺さぶって、通信の魔法を起動させた。

 そしてイロハから失恋させ薬を送ってもらうよう、話を付けたのだった。

 

 

 

 

 

 ダンジョンから帰ってきた心菜は「失恋させ薬」のことを聞いて、なぜか喜んだ。

 

「そんな便利な薬があったんですね!」

「?……心菜、お前が使う必要は無いだろ」

 

 私にも下さいという心菜に、俺は首をかしげる。

 

「枢たんに群がる女どもを、失恋させ薬で追っ払うです!」

「ははは、何言ってんだ心菜。俺がモテるだなんて、そんなこと、あるわけないだろ」

 

 心菜の奴、冗談がうまいなー。

 

「……サナトリスさん、いかがですか?」 

「わ、私は既に戦線から離脱している! いかがわしい薬を勧めてこないでくれ!」

 

 サナトリスが、にじりよる心菜から数歩、後ろに下がる。

 

「こら。迷惑かけんな」

「にゃー」

 

 俺は心菜の襟首をつかんで回収した。

 ぶらさがった心菜が不満そうな顔で鳴いている。

 

「しかし、人の心を操作して、それで本当にハッピーエンドになるんすかね?」

「大地、たまには良いことを言うじゃないか」

 

 晩飯を食いに来た大地が、妙にまともなことを言う。

 俺もそう思うが、本人たちにしか分からない問題だからなあ。

 薬を渡したら俺の役割は終わりだ。

 そう思っていたのだが。

 

 

 

 

「彼女に薬を飲ませる方法を、共に考えてくれぬか?」

「そんなの、デートに誘って飲み物にでも混入すればいいじゃねえか」 

「私の前だと緊張のあまり食さぬのだ」

 

 なんだそれ。

 リーシャンの魔法を仲介して、イロハが薬を送ってきた。

 俺はそれをホルスに渡したのだが、どうも雲行きがおかしい。

 

「枢たん、悪役の作戦会議みたいですぅ」

「黙れ心菜。んん、悪役と言えば……真」

 

 茶々を入れる心菜を押し退け、ピンクのエプロンを付けて料理をしている真を呼んだ。

 

「何? 今、ネギを刻んでたんだけど」

「包丁向けんな! ……悪役の意見が聞きたい」

 

 俺はこれまでの粗筋を真に話して、助言をもらうことにした。

 

「家族に事情を話して協力してもらえば?」

 

 さすが詐欺師の真。

 あっさり解決方法を提案してくれる。

 

「確か、小鳥には妹がいたな。妹に協力を要請しよう。ありがとうカナメ! と、愉快な仲間たち。助かったぞ」

 

 ホルスは意気揚々と引き上げていった。

 

「妹、ですか……」

「どうした心菜」

 

 珍しく、心菜が神妙な表情になったので、俺は着席を促した。

 

「私、双子の妹がいるんです」

「!! 聞いてねーぞ! だってお前、双子なら同学年だろ。見かけないはずが」

 

 姉妹がいるという話は、聞いたことがなかった。

 心菜の周囲にそれらしき人物を見たこともない。

 

「妹はずっと入院していて、無菌室で面会制限があるのです」

「そっか……それで。話してくれて、ありがとう、心菜」

 

 お互いプライベートを洗いざらい話したことは無かったな。

 俺の親が義理ってことも、心菜には伝えてないし。シリアスな問題は、話すきっかけが必要なのだ。世間話でさらっと伝えるには重すぎる。

 

「私、ずっと疑問に思ってたんです。妹は、異世界転生してないのかな、って」

「妹さんと、地球に戻ってから会ってないのか」

「はい……」

 

 ステータスを見れば一発で分かる話だ。

 しかし、異世界と地球が重なってダンジョンが出現したあの時、学校からは外出を控えるよう通達があった。病院に行きづらい状況だったと思う。

 

「可能性は、あるな……」

「私もそう思って、こちらの世界で妹と会えたらな、と願っていました。結局、会えずじまいでしたけど」

 

 会えれば良いな、と俺は心菜を慰めた。

 

「カナメ殿、ちょっといいか。来客だ」

「サナトリス、来客って誰?」

 

 魔族のサナトリスは、人間の国タンザナイトでは目立つため、俺が皮膚に浮かぶ鱗などを見えなくする魔法を掛けている。

 戦士を自称するサナトリスは常に鎧を付けているため、まるでアマゾネスのような格好だった。

 そのサナトリスの後ろに、日除け布を目深に被った人物が控えている。

 いったい誰だろう。

 疑問を口にすると同時に、その人物は頭から布を取った。

 

「あ!!」

「ハナビさん?!」

 

 布の下から現れたのは、驚くべきことに、黒崎の仲間でダークエルフのハナビという女性だった。

 ダークエルフの特徴の浅黒い肌の上から、紅白の巫女服を着こんでいる。胸に下げているのは懐中時計を模したアクセサリーだ。

 彼女とは未来で別れて以来である。

 

「ハナビ?? 過去のハナビなら、俺たちのことは知らないはずだよな……?」

「その質問は、イエスであり、ノーです。私は時を操る闇の巫女。未来の自分から過去の自分に、メッセージを飛ばすスキルを持っているのです」

 

 ハナビは俺の質問に淡々と答える。

 未来の自分から過去の自分へメッセージ……?

 そうか、それが未来予知のカラクリなのか。

 

「近藤枢、お願いがあります。時空の狭間、まだ地球に出る前の黙示録獣の元に行き、攻撃してください。時間の不安定なあの場所なら、黙示録獣と戦う永治さんの援護が可能です!」

 

 黒崎のやつ、未来で黙示録獣と戦い続けていたのか。

 倒される度に復活する黒崎と、レベルもHPも?????な黙示録獣、そりゃ決着が付かねーな。

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