141 災厄撃破

 大地の新しいスキルで、霧の脅威は去ったかに見えた。

 束の間の日光が降り注ぐ。

 マナウの都市は久方ぶりの光を浴びた。

 それまで霧に埋もれて現在位置が見えなかったのだが、大地たちは山腹のかなり高い場所にいた。

 目前に広がるのは、山の上から見える絶景である。

 深緑の尾根をさらす山脈、雲の下にある盆地、蛇行する河川、遥か遠くの海まで見渡せる。こんな時でなければ、ずっと見ていたい眺望だった。

 

「やった……って、あれはまさか」 

 

 尾根を取り囲む雲海がボコボコと泡立ち、ホースのような形の怪物が現れた。サイズがでかくなっているが、例の水の災厄魔だ。

 水の災厄魔は、普段は道路の下にある水道管が、地上に出てきたような姿をしていた。外殻が金属という訳ではないのだが、知性を感じさせない機械的な動作をしているので、余計にそう感じる。

 

「まだ距離があるな……せっかくだから枢にもらった武器を試してやる」

 

 夜鳥は、片手を上げて武器を召喚する。

 長剣を二本組み合わせたような大きさだが、黒塗りの十字型に刃が並ぶそれは忍者漫画にお馴染みの形をしていた。

 

「手裏剣ですか?!」

「枢に作ってもらったんだ。良いだろ」 

「心菜も欲しいですー」

 

 手裏剣は夜鳥が構えると、黄金の輝きを放つ。

 こう見えて陽光属性の神器なのだ。

 回転を付けて投げると、黄金の手裏剣は弧を描きながら、雲海から顔を出した水の災厄魔に向かって飛んでいった。

 

「命中です!」

「どんなもんだ」

「さすがですね、夜鳥さん! 分裂しました!」

「へ?」

 

 手裏剣がブーメランのように戻ってくる。

 その頃には、水の災厄魔は頭が増え、さらに体が別れて複数の個体が生じていた。

 

「分裂するなら先に言っといてくれよ!」

「心菜たちが戦った時は、分裂しなかったです」

「巨人ミミズみたいだ。美味しそう~」

 

 最後の台詞は、リーシャンである。

 ヨダレを垂らしてうっとりする竜神の姿に、皆すこし引いた。

 

「とにかく、水の災厄あらため巨人ミミズさんがマナウの人を襲う前に食い止めないと!」

 

 心菜の言葉に、一同は我に返った。

 水の災厄がいる場所は、マナウの都市までには多少の距離がある。

 まさしく水際で食い止めるなら今の内だ。

 

「俺がクサナギで、水の災厄が近付かないようにしとくから、その間に倒すっすよ!」

 

 大地は光る剣を手に踏ん張っている。

 剣の力で水を寄せないようにしているらしい。

 

「切ったら増えるって、どうすんだよ……」

「切らなくても増えるみたいですよ、ほら」

 

 困惑する夜鳥に、心菜が指差す。

 ちょうど水の災厄がうにょうにょ、分裂しているところだった。

 

「キモッ」

「皆、僕の背中に乗って! ミミズ狩りに行こう!」

 

 夜鳥と心菜はリーシャンの背によじ登る。

 

「俺は留守番で……」

「真さんも来てください!」

「なんで?! 俺は戦力にならないぞ?!」

 

 心菜に引きずられて、真もリーシャンに乗った。

 大地とイロハを地上に残し、竜神はマナウの上空へ飛翔する。

 そのまま、わらわらと増えていく水の災厄へと接近した。

 リーシャンが光のブレスを吐き出すと、水の災厄の一匹が溶けて消える。

 

「攻撃は竜神さまに任せるか」

「心菜は用心棒になります!」

 

 水の災厄がリーシャンを狙って体当たりしてくるのを、心菜は居合い切りで、夜鳥は手裏剣で切り落とす。

 二人はリーシャンの援護に徹することにした。

 何匹か水の災厄を倒すが、キリがない。

 膠着状態に陥って、しばらく経った頃。

 空の彼方から黄金の竜が現れた。

 

「リーシャン! 心菜、夜鳥、真!」

「枢たん!」

 

 それはリーシャンの部下の竜に乗った枢だった。

 黄金の竜は「二往復はキツイですね」とぼやいている。心菜たちは知らないが、夜鳥も送ってきた後、晶竜転身で途中まで飛んできた枢と合流したのだった。

 

 

 

 

 俺は、増えに増えた水の災厄魔を見渡して絶句した。

 

「お前ら、なんで水の災厄魔を増やしてんだ」

「不可抗力ですぅ」 

 

 心菜が弁解する。

 いろいろあったのだろうと察するが、それにしても……これを全部やっつけるのは骨が折れそうだな。

 

「カナメ! どれか一体が本物だよ! たぶん!」

 

 リーシャンが光のブレスを吐きながら言ってくる。

 

「どれか?! どれだよ!」

「分かんなーい! どの子もとっても美味しそう」

「リーシャン!」

 

 駄目だ、リーシャンは完璧に「どれにしようかな」という思考になってる。当たる訳がない。

 俺はリーシャンの背中で、一人だけ他人事のように明後日を見ている親友に呼び掛けた。

 

「真! おい、無視してんじゃねーぞ!」

「なんだよ枢っち。俺に何か用?」

「お前ババ抜きが得意だったよな! 今ここで! 水の災厄魔の本体を教えてくれ!」

「……!」

 

 いきなりお鉢が回ってきて、真は仰天している。

 突拍子の無い事を、と思われるかもしれないが、俺には真の隠し持っているスキルや称号が全部見えている。

 真の称号「傾国の詐術師」は、他の詐欺師に騙されない、騙しあいに有利になるよう、スキル「真相究明」の成功確率をアップするのだ。

 

「ああもうっ、仕方ねーな! 枢っちの頼みだから聞くけど、レベルが上の相手に使うとぶっ倒れるから、あんまり真相究明スキルは使いたくないんだよ!」

 

 真はひとしきり喚くと、リーシャンの背中から身を乗り出した。

 

「……あれだよ、枢っち!」

「サンキュー真!」

 

 俺が声を掛ける前に、リーシャンは真が指差した先に急降下している。

 目指す先には、本物の一体を守るためか、偽物がうにょうにょ集まってきていた。

 

「火の災厄から生まれし精霊よ、我に力を!」

 

 俺は召喚魔法を起動して、先刻ゲットしたばかりの火の災厄を喚び出す。

 真紅の炎の鱗を持った竜が三体現れ、紅蓮の炎で偽物を一掃した。

 更地になった真ん中に本体が間抜けに佇んでいる。

 

「水の災厄よ、精霊となれ!」

 

 俺は用意しておいた結晶を一つ使い、水の災厄魔に呼び掛けた。

 溶けて水流になった災厄魔が渦になって結晶に吸い込まれる。

 泥水が清流に変わるように、結晶を核にした青い龍が現れた。

 

『我、世界に還りたり。主よ、命令を』

 

 よし、成功!

 

「帰っていいぞ、お前ら」

『……』

 

 なぜか火の災厄も水の災厄も残念そうな空気を残して消えた。

 お前ら欲求不満なの?

 

「枢たーん!」

 

 リーシャンの背中からジャンプした心菜が飛びかかってくる。

 俺は彼女をキャッチした後、桜色のほっぺをギューっとつねった。

 

「俺は撤退しろと言ったよな?! なんで戦って敵を増やしてんだ!」

「ごめんなさーい」

 

 反省しているか定かではない心菜を苛めていると、夜鳥から声が掛かる。


「おい枢、真さん気絶してるぞ」

「安全なところで寝かせてやらねーとな。ところで大地はどこだ?」

 

 心菜への説教は後回しだ。

 マナウの危機は去ったとイロハに伝えて、ホルスの神器を返してもらおう。

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