133 クロノアの神殿

 竜の背に乗って約半日。

 俺は、再び災厄の谷にやってきた。

 谷は草木の生えていない断崖絶壁が続いており、ところどころに奇妙な形をした巨岩がある。サナトリスによると、岩に見えるがあれは動きを止めている災厄魔ディザスターらしい。近くを通ると襲いかかってくるそうだ。

 徘徊している災厄魔を刺激しないよう注意しながら、黄金の竜は静かに崖の上に降り立った。

 

「ここまでで良いよ。お前は引き返してくれ」

「良いのですか?」

「こんな危険な場所で待ってろとは言えないさ」

 

 黄金の竜リュクスに「運んでくれてありがとう」と礼を言って、戻るように促す。リーシャンにパシられていても国王らしいからな。国に返してやった方が良さそうだ。

 リュクスは「それでは一週間経ったら迎えに来ます」と言って去って行った。

 

「サナトリス、良質な魔石を持っていそうなモンスターがいたら教えてくれ」

「承知した」

「夜鳥、常時、隠蔽ハイドスキルを発動してほしい」

「分かったから、俺のクラスを暗殺者に戻してくれ。今のクラスじゃ使えない」

 

 クラスによって、スキルの効果が倍増したり、あるいは減少したりする。夜鳥の今のクラス「太陽神見習い」では、盗賊や暗殺者系統のスキルは扱えないだろう。

 俺のセーブポイントとしてのスキルで、クラスを「暗殺者」に切り替えてやる。 

 夜鳥に隠蔽してもらい敵とのエンカウントを避けながら、サナトリスの先導を受け、崖を降りた。

 前は、ウサギギツネのメロンが騎乗モンスターになってくれたおかげでスムーズに谷を突破できたが、今度はそうはいかない。ちなみにメロンは、未来のアダマス大聖堂に置いてきてしまった。

 ズーンズーンと地面を揺らす音がして、俺たちを跨ぐように巨大なモンスターが通り過ぎて行く。

 

「カナメ、魔石を持っていそうなモンスターがいたぞ」

「じゃあ速攻で倒そうか……大地石槍ロックスピアー

 

 真正面から戦うと手強いモンスターだが、夜鳥が隠蔽してくれているおかげで俺たちに気付いていない。

 さっくり俺の攻撃魔法が決まった。

 真下から生じた岩の槍に貫かれ、モンスターは絶命する。

 一個目の魔石をゲットだ。

 こうしてモンスターの背後に忍び寄っては、俺が攻撃魔法で仕留めるを繰り返し、いくつか魔石を手に入れた。

 モンスターを警戒しながら歩いていると、サナトリスが立ち止まる。

 

「……待て。何か聞こえる」

 

 俺たちはその場に留まって耳を澄ませる。

 

「……るるるんるーん♪」

 

 誰かが鼻歌をうたっているみたいだ。

 

「こっちに近付いてる。隠れろ!」

   

 夜鳥が、俺とサナトリスを引っ張って、石の影に伏せさせた。

 しばらく待つと鼻歌が大きくなり……やけに上機嫌そうな子供がスキップしながら通り過ぎる。

 やっべ、クロノアじゃん。

 

「ふふんふ~ん♪」

「……クロノア様、お迎えに上がりました」

 

 銀髪に浅黒い肌の女性が現れる。エルフ族の特徴である尖った耳に、ダークエルフ特有の赤みがかった珊瑚色の瞳。

 間違いない、シシアだ。

 

「今日はネフライトではなく、時刻神殿に戻られる日ですよ」

「そうだったね。いやあ、年を取ると物忘れが激しくてね。つい忘れそうになるよ!」

 

 クロノアは朗らかな口調で言った後、周囲を見回した。

 

「何だか気配がするなあ。見張られてる感じだ。僕の勘って、結構あたるんだよね」

  

 隠れているのが、見破られている?!

 どうしようと顔を見合わせる俺たち。

 サナトリスが小さな声で「私に任せてくれ」と言った。

 止める間もなく、彼女は岩影から出て行く。

 

「……なんだ、蜥蜴族リザードか。この近くに里があったっけ」

 

 サナトリスを見たクロノアは、納得したような呟きを漏らした。

 彼女は地元の住民。ここにいても不思議じゃない。

 

「その通り、私は蜥蜴族の長サナトリス。災厄の谷に不穏な影ありという噂を聞き、様子を見に来た。そちらは何者だ?」

 

 正々堂々と名乗って、相手の名前を尋ねるサナトリス。

 

「僕はねー、秘密!」

「何?!」

 

 しかしクロノアは、ふざけた態度で問いかけをはぐらかした。

 

「言ってることは矛盾が無いけど、どうも匂うんだよなー。シシア、サナトリスを神殿に招待しよう。ゆっくり話が聞きたい」

「かしこまりました」

  

 しまった、このままではサナトリスが連れ去られてしまう。

 岩影から出ようとした俺を、夜鳥が引き留めた。

 

「落ち着け! 今、枢がクロノアと顔を合わせるのは、どう考えたってマズイ! サナトリスは殺されないだろう。後で隙を見て助け出すんだ」

「……っ」 

 

 俺は悔しい気持ちをこらえて、シシアに後ろを取られ、転移魔法で連れ去られるサナトリスを見送った。

 クロノアも転移魔法を使って移動した。

 後に残されたのは、俺と夜鳥だけ。

 

「くっそ、クロノアの奴、後で見てろよ……転移先を割り出してやる」

「できるのか?」

「サナトリスは、俺が渡した毒無効のアイテムを持ってる」

 

 例の銀色のイヤリングがGPS代わりだ。

 場所はすぐに分かった。

 

「近いな。ここから歩いても辿り着ける距離だ」

 

 

 

 

 サナトリスは、拷問を受けるかもしれないと覚悟していた。

 転移先は、洞窟をくり貫いて作られた施設だった。

 岩の壁は滑らかに加工され、燭台が両側に掘りこまれている。

 手前には祭壇とおぼしき段差があり、装飾が施された壁を背景に、神像が設置されていた。

 神像を見て、サナトリスは絶句した。

 

「これは、まさか……?!」

 

 神像は、杖を持った青年の姿をしていた。

 青年は見覚えのある温和な笑みを浮かべている。

 

「そう、これは、カナメ様の神像!!」

 

 シシアが両手を広げて叫んだ。

 サナトリスは、ただただ絶句するしかない。

 

「カナメ様……?」

「未来の救世主、カナメ様ですわ!」

「シシア、それじゃ分からないよ。君たち蜥蜴族にも伝わっている名前で言うと、光の七神のひとり、最も堅固な盾を持つ、アダマス守護神の像さ」

  

 途中でクロノアの解説が入る。

 さすがにサナトリスが枢の知り合いだとは、向こうも考えていないらしい。単にびっくりしているだけだと思われたようだ。

 サナトリスは思考停止していたが、やっと現実に復帰した。

 

「その、アダマスの守護神を、どうして……?」

「僕はカナメのファンなんだよ」

 

 クロノアは嘘くさい笑顔で、よく分からないことを堂々と言ってのけた。

 

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