132 失敗した過去あればこそ

 枢を乗せて黄金の竜は立ち去った。

 最後に枢に言われた言葉に、大地は呆然としていた。

 

「俺にマナウを救え……冗談ですよね。俺にできるはずがないのに」

 

 敵の謀略だったとはいえ、大地は一度、選択を間違ってしまった。

 地球を滅ぼしたのは黙示録獣で、自分ではない。

 けれど、あの荒涼とした大地と、死んでいった人々を思うと、引き金をひいてしまった自分の咎を後悔する。なぜ安易に、敵の誘いに乗ってしまったのかと。

 

「俺には誰も救えない……」

 

 拳を握りしめてうつむく大地。

 ちらりとその様子を見た真が、空気を入れ換えるためか両手をパンと打ち鳴らした。

 

「さあ、マナウに行こうぜ皆!」

「レッツゴーにゃ!」

 

 心菜が合わせて拳を振り上げた。

 

「……疑問ところで。ホルスの神器はいずこに?」

 

 イロハが呟く。

 そういえば、神器を持っていくという話だったが、肝心の神器はどこにあるのか。

 大地も疑問に思っていると、頭の上で白いウサギがピョンと立ち上がった。

 ウサギは、地球は日本の守護神スサノオの変じた姿だ。

 

「大地! 空を見て!」

「ん?」

 

 再び空を見上げると、上空に眩い光が閃いた。

 目に焼き付くほどの光輝を放つ、黄金の金環が、太陽を取り巻く二重の円となって、空に浮いている。

 

「これこそ我が神器、栄光の王冠! リーシャン!」


 ホルスの声がした。

 眩すぎて見えないのだが、金環と一緒に鷹の姿で飛行しているらしい。


「よし来た!」


 呼ばれたリーシャンが、心菜の肩から飛び立って、竜神の本体に戻る。

 枝分かれした角にいくつもの金鈴を付けた、純白の竜の姿だ。頭を振ると、角に付いた鈴がシャラシャラと心地よい音を奏でる。

 神器の光を受けた竜の鱗は、まるで宝箱から現れた大粒の真珠のように虹色の光沢を帯びている。鋭い爪も牙も持たない優雅な姿ながら、見るものに畏怖を感じさせた。

 金環と共に飛ぶホルスが高く鳴いた。

 

「我が神器は、生きとし生ける人々全ての幸福のためにある! それをゆめゆめ、忘れるべからず! さあ、持っていけ!」

 

 それは神器を託されるイロハや、大地たちに対しての言葉だった。

 

「マナウまで僕が持っていくよ! 皆は後から付いてきて!」

 

 純白の竜は、金環をくわえて蒼天を飛び始める。

 その美しい威容に、たまたま目撃した一般の人々が、何事かと空を見上げ、老人は祈りを捧げている。

 この世界には神がいる。

 大地は束の間、心を覆っている暗雲が晴れるような気持ちを味わった。

 

「……大丈夫だよ、大地」

 

 頭上の白いウサギが、大地の心を見透かしたように言った。

 

「スサノオ。気休めはよして欲しいっす」

「誰より失敗したことがある、僕が言うんだ。大丈夫だよ」

「さすがに世界を滅ぼしたことはないっしょ……」

「あるよ」

「ふぇ?!」

 

 スサノオという神は、高天原で様々な狼藉を働いた。田畑を荒らしたり、馬を盗んだり。最終的には女性を酷い方法で殺してしまった。これを恐れ悩んだアマテラスは、洞窟に引きこもってしまう。有名な「天岩戸」の伝説である。

 

「アマテラス姉さんが引きこもると、太陽が出なくて世界は真っ暗になったんだ。もう僕、世界を滅ぼしてしまったのと同じだよ。肩身が狭くてやってられなかったね」

「はあ」

 

 紆余曲折を経て、旅に出たスサノオは、姫を助けてヤマタノオロチを退治した。

 こうしてスサノオの物語は、栄光と共に完結する。


「人は間違う。後悔する。でも、そんなのは、いつものことなんだよ。誰よりも人と共に生きた神である僕が断言する。取り返せない傷だと悲嘆に暮れたとしても、生きている限り、より良い明日がやってくる。だから――大丈夫だよ」

 

 立ち止まったままの大地に向かって「はやくはやく」と先頭を歩く心菜が手を振っている。

 中間地点では真が歩みを止めて、大地を待っているようだった。

 

「良い仲間だね」

「……ああ」

 

 彼らを置いて、先に地球に戻ろうとした自分の選択が、今になって胸に突き刺さる。

 大地は荷物を背負い直すと、仲間の後を追って歩き出した。

 

  

  

 

 黄金の竜の背に乗って移動中の俺とサナトリス、夜鳥は、目的地について再度、確認をしていた。

 

「特級の魔石は、今の人界には存在しない。数百年前、神聖境界線を作る前は、特級の魔石を体内に持った魔物がいたんだが、今は絶滅している。魔石が採れる鉱山はあるんだけど、上級どまりだ」

「さもありなん。その鉱山はおそらく、魔物の死体が年月を経て石化したものだろう」

 

 特級の魔石を採るなら、災厄の谷だと言ったのはサナトリスだった。

 確かにLv.1000以上のモンスターがうようよいる災厄の谷なら、特級の魔石が採れてもおかしくはない。

 

「他に質の良い魔石を採る方法と言えば……竜は体内に魔石を持っているというが」

 

 サナトリスの発言に、黄金の竜、リュクスがあからさまにギクリとした。

 竜の飛び方がいきなり不安定になる。

 揺れがひどくなって酔いそうだ。

 

「まさか私を殺して魔石を奪う?! ひどい! あんまりだ!」

「落ち着いてくれ、リュクスさん。被害妄想が激しすぎるぞ。誰もそんなこと言ってない」

 

 俺は慌ててリュクスをなだめた。

 この話題を続けると、俺たちの身が危険だ。

 咄嗟にテーマを切り変えて夜鳥に話しかける。

 

「……クロノアやベルゼビュートに遭遇しそうになったら、夜鳥に隠蔽ハイドのスキルを使ってもらう、で大丈夫だよな」

「任せてくれ」

 

 今回、夜鳥に同行してもらったのは理由がある。

 災厄の谷にはLv.1000以上のモンスターがいるので、俺だけでは戦力に心もとない。前回はリーシャンが一緒だったから何とかなったが、今回はリーシャン不在だ。夜鳥はLv.820にパワーアップしているし、敵とのエンカウントを避けるスキルを持っている。

 

「災厄の谷というところは24時間、神経を使わないといけない場所なんだろう。枢、体格によって伸び縮みする防具は作れないか?」

 

 夜鳥は俺をすがるように見た。

 アマテラスと統合したせいで、夜鳥は昼間は女、夜は男という、どこぞの中華バトル漫画を彷彿とさせる体質になってしまった。体格が時間経過で変わるので、いつも大きめのぶかぶかの服を着ている。防具も付けられない有様だ。

 俺はちょっとした悪戯心で冗談を口にした。

 

「そうだなー。どんなデザインが良い? メイド服風のフリルが付いた鎧とか、猫耳とか……」

「ふざけてないで真面目に作れ。殺すぞ」

「……」

 

 本気の殺意が飛んできた。

 心が狭いぞ、夜鳥。

 

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