131 謎また謎

 イロハのために、ホルスの神器に代わるアイテムを作ることにしたのだが、アイテムの材料が足りないことに気付いた。

 

「やっぱり神器と同等か、それ以上の出力を出すなら、核には特級の魔石を使わないとな……」

 

 宝物庫には、それなりの魔石があったのだが、俺の理想には程遠い。

 

「神器には魔石が必要なんですか?」

「心菜」

 

 工房に様子を見に来た心菜が、隣に椅子を運んできて腰かけた。

 

「神器だけじゃなくて、魔法を付与するアイテムには常に必要なんだけどな」

 

 魔石は、魔力を帯びた石のことで、魔法を収納することができる。

 魔物の体内から見つかる他、限られた場所にしか産出しない貴重な石だ。

 上等な魔石ほど、強力な魔法を収納できる。

 余談だが、俺の聖晶神の杖には、クリスタルの俺の欠片が使われている。クリスタルの俺は、特大の魔石が進化したモノだったから、自分の体を神器の材料にすることもできたのだ。ただし、俺の魔力が染み付いているから、俺の神器以外には使えない代物になる。

 

「魔界に行って、取ってくるかなー」

 

 上等な魔石は、魔界の強力な魔物から採れる。

 俺は伸びをして立ち上がった。

 

「待ちたまえ」

  

 いつの間にか現れたホルスが、俺の肩をがしっと掴む。

 

「聞けばジョウガの国マナウは、一刻を争う状態ということではないか。暢気に魔界に行っている場合か」

「う。そうだな。アイテムを作るのは諦めて、現地マナウに飛んで、霧を吹き飛ばす方法を考えるか」

 

 ついアイテム作りに夢中になってしまっていた。

 反省しつつ、他の手段を考えていると、ホルスが言った。

 

「我の神器を貸し出せば済む話だろう」

「!! それじゃタンザナイトが」

「数年程度なら、神器無しでも問題ない。その間にカナメ、君が神器の代わりのアイテムを作るのだろう」

「数年も掛からないよ! ありがとうホルス!」

 

 ホルスは心までイケメンだった。

 ジョウガの奴、素直に打ち明けてれば、もっと早く解決しただろうに。

 

「じゃあイロハに神器を渡して……」

「我の神器を貸し出すのだ。カナメ、君かリーシャンのどちらかが、イロハと一緒に行って神器を見張ってほしい」

 

 ホルスは条件を出した。

 大事な神器を貸し出すのだ。第三者が監視に入るのは、信頼性の面から見て当然だろう。

 だが俺がイロハと行くと、魔界に魔石を取りに行けなくなる。

 

「……リーシャン、頼めるか」

「まっかせて~!」

 

 リーシャンに神器の監視を頼むことにした。

 俺の頭上で尻尾をパタパタ振っている。

 

「む。尻が軽いリーシャンだけは不安だ。ふらふら旅に出かけかねない……そうだ。カナメ、君の連れ合いをリーシャンに付けてくれまいか」

「連れ合いって、心菜か」

「私?」

 

 ホルスは途中で条件を追加し始めた。

 あれ? もしかしてまた心菜と別行動になるのか……?

 

「いいですよ」

「心菜?!」

 

 ごねるかと思った心菜があっさり承諾したので、俺は驚いた。

 

「マナウはご飯が美味しい国だって聞きました! ステーキランチに~ベリーケーキに~」

「そうだよな、お前って色気より食い気だよな……」

 

 飯に負けた、と俺はがっくりした。

 

「暴走ストッパーに、真を付けるか」

 

 まとめると、俺と夜鳥とサナトリスは魔界に行く。

 リーシャンと心菜と真と大地は、神器を持ってジョウガの国マナウに向かう。

 

「魔界に行くのだな、カナメ。気を付けたまえ。魔界の奥には、時の神クロノアの神殿があると聞く」

「クロノアの……分かった」

 

 ホルスは俺の行く先を確認して、忠告をくれた。

 今の時点で過去のクロノアと出くわすのはマズイ。奴の謀略を阻止するために過去に戻ったのに、肝心の本人に察知されたら、未来がどうなるか分からなくなる。

 リーシャンが、てしてしと俺の頭を叩いた。

 

「カナメ、黙示録獣アポカリプスはどうなってるんだろう。そう遠くない内に、魔神ベルゼビュートが封印を解くんだよね?」

「そうか。黙示録獣が、もうすぐ目覚める頃合いだ……!」 

 

 俺はリーシャンを頭から引きずり降ろしながら、過去の記憶を掘り返した。

 

「……確か10年くらい前に、魔界から飛び立った黙示録獣に、クロノアが動きを遅くする魔法を掛けたって、連絡があった……」

 

 黙示録獣は、飛び立ってすぐにアダマスにやって来た訳ではない。

 神聖境界線に入る手前で、クロノアが数年、足止めをしていたのだ。

 

「今思うと、クロノアの奴なんで足止めしてたんだろうな」

 

 黙示録獣の開放も奴の差し金なら、わざわざ破壊を押し留める理由はない。だが、時の神クロノアは人間たちのために、体を張って黙示録獣の侵攻を遅らせた。

 その当時、必死に黙示録獣を止めていたクロノアを、俺も仲間だと信じて疑わなかった。

 

「あと、神聖境界線をすり抜けた理由も謎だ……」

 

 クロノアの妨害を突破した後、黙示録獣は、神聖境界線を壊さずに、まるで壁など無いように、すり抜けた。

 すり抜けた。

 黙示録獣は、神聖境界線を無視した。

 神聖境界線は、黙示録獣を止めなかった。

 人界を守る神聖境界線が、まるで意味を為さなかったのだ。

 ただ、この時に破壊されなかったおかげで神聖境界線は存続し、魔神ベルゼビュートが破るまで、魔族を防ぐ役目をまっとうしていた。

 改めて考えてみると、一連の出来事には謎が多い。

 

「……」

「カナメー。考えても分からないよー。動いて調べに行かないと」

「そうだな」

 

 リーシャンに頭を叩かれて、俺は気持ちを切り替えた。

 

「よし、魔界に行こう」

 

 

 

 

 ホルスから神器を借りられると聞いて、イロハは驚愕していた。

 

「お前はビックリ箱のような人間だな」

 

 まだ俺の正体に気付いていないようだ。

 竜神を頭にのっけて、天空神とタメ口で話す人間がどこにいるんだよ。いい加減、気付いても良さそうなのにな……。

 

「偽装看破された腹いせに、つい勢いで呪いを掛けてしまったが、解いておこう……すまなかった。私はお前を信じることにする」

「どうも」

 

 ステータスから「女神の言封」の文言が消えた。

 自分で解くこともできたのだが、術者本人に解いてもらえるに越したことはない。

 イロハは、出会った時よりも打ち解けた様子で俺を見ている。 

 

 そういえば、彼女に聞きたいことがあった。

 魔界に出掛けるとしばらく会えなくなる。この際、聞きたいことを聞いておこう。

 

「感謝の気持ちがあるなら、教えて欲しい事がある」

「なんだ?」

「スキルレベルを無限にする方法を教えてくれ」

 

 断られるかもしれないと思っていた。

 個人のスキルや、修行方法は、秘密にするのが常識だ。

 だがイロハはあっさり教えてくれた。

 

「対象のスキルをLv.999まで上げ、しかるのちにそのスキルを消去し、もう一度Lv.1から始めるのだ。再度、限界まで上げれば、Lv.1000の代わりに無限が表示される」

 

 スキルを一旦、破棄するだって?!

 苦労してレベル上げしたスキルを手放すのは、相当の覚悟がいる。

 これはよくよく考えないとな。

 

「カナメ、お前ならばいつかは辿り着くであろう。研鑽するがいい」

「……ありがとう」

 

 イロハに礼を言った後、心菜と真に向き直る。

 

「心菜……あんま暴走するなよ」

「枢たんこそ! うっかり世界を滅ぼしたりしないで下さいね」

「俺は魔王かよ……真、心菜を頼む」

「任されません。俺じゃストッパーにはならねーよ。さっさと帰ってこい」

 

 彼女と親友と、いつも通りの会話をした後、ずっと無言の大地を見た。

 

「大地。いざって時は、お前がマナウを救ってくれ」

「?! ……それってどういう」

「信頼してるってことだよ」

 

 俺は、驚いて顔を上げた大地の胸を、片手で軽く叩いた。

 

「魔界には空を飛んで行くのが早いからね、僕の部下を呼んでおいたよ!」

 

 リーシャンが、心菜の肩によじ登りながら、得意そうに胸を張った。

 彼方から黄金色の竜が飛んでくる。

 やけに鱗がキラキラして威厳がある竜だな……。

 金色の竜は軽やかに着地すると、腹這いになって、俺たちに頭を下げる。

 

「私はリュクスと申します。聖晶神さま、どうぞ私の背に乗って下さい」

「……ちなみにリュクスは、僕の国ユークレースの王様なんだ!」

「国王を乗り物にすんなよ?!」

 

 リーシャンの奴、神だからって横暴だぞ。

 俺はサナトリスと夜鳥と一緒に、黄金の竜によじ登る。

 竜が翼を広げて離陸した。

 地上で見上げている仲間たちの姿が小さくなる。

 すぐに戻って来ようと思いながら、俺は視線を空に移した。

 目指すは魔界の奥深く。

 一度は素通りした……災厄の谷が目的地だ。

 

 

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