134 時空神殿が祀るもの

 敵の本拠地、時空神殿で意味不明な「カナメ教」を目撃したサナトリスは、ちょっと脳ミソが麻痺しかかっていた。

 祭壇には、杖を掲げたご本尊、カナメ様が屹立している。枢本人が見たら、発狂して神殿ごと破壊しそうだと、サナトリスは思った。

 

「カナメは素晴らしい! 石になったにも関わらず、意識を保って千年近くになる。誰も憎まず、誰も恨まず、人々を救い続けた。神と呼ばれるにふさわしい!」

「……なぜ、あなたがアダマスの守護神の、真の名を知っているのか」

 

 サナトリスは、恐る恐るクロノアに問い掛けた。

 クロノアは上機嫌でカナメ讃歌を続けていたが、サナトリスの疑問に答えてくれる。

 

「なぜって?! それは僕は心を読めるからだよ! クリスタルに宿った魂が考えていることを、読み取ったのさ!」

「?!」

 

 では自分の心も読まれているのか。

 サナトリスは焦った。

 しかしクロノアは見透かしたように笑う。

 

「雑魚の思考をいちいち読まないから安心して。年中読心フルオープンだと、疲れてぎっくり腰になっちゃう」

 

 どうやらサナトリスのレベルや種族を見て、雑魚だと判断したらしい。ステータスには、枢との繋がりを示すものは何もないのだ。それに、アダマスにいる枢が魔族と知り合うなど、今の時点では考えにくいだろう。

 サナトリスはこっそり胸を撫で下ろした。

 考えながら慎重に問いかける。

 

「……では、あなたはアダマスの守護神と仲が良いのだな」

「いいや。向こうは僕のこと、ウザいエロ爺くらいに思っているさ」

 

 クロノアは飄々と答える。

 

「思考を読まれてるなんて、彼には耐え難いだろう。だから伝えていない……それに、未来は唯一神になる彼に理解者など不要だろう」

 

 サナトリスは違和感の理由を理解した。

 天空神ホルスは、枢の名前を知らなかった。クリスタルに宿りし意思である彼と、誰も正確な会話が出来なかったという。

 この男は、クロノアは、枢の孤独を理解しながら、救わなかった。

 極めて利己的な理由で放っておいたのだ。

 

「サナトリス! 君も信徒にならないかい? アダマスの守護神はやがて魔界をも制圧するが、慈悲深い彼は魔族を皆殺しにはしないだろう。今の内に彼の信徒になっておけば、将来、出世できるぞ」

「いや、私は」

 

 断ろうとして、サナトリスはすんでのところで踏みとどまった。

 これは敵の懐に入って情報収集する、またとないチャンスだ。

 

「……そうだな。そんな素晴らしい神がいるなら、蜥蜴族にも、教えを広げたいものだ」

「そうだろう、そうだろう! よし、彼の為した偉業、彼の為した幾多の奇跡を、ゆっくりたっぷり時間を掛けて聞かせようじゃないか!」

 

 まだ何も話を聞いていないのに、サナトリスは目眩がした。

 これは長丁場になりそうだ……。

 

 

 

 

 サナトリスが怪しい宗教に入信させられそうになっていると知らず、俺は夜鳥と時空神殿に乗り込もうとしていた。

 災厄の谷を東に進むと、岩肌の色が赤褐色から重い灰色に変化する。

 エメラルド色の滝の爆布を通り抜けた先に、秘密の神殿は建っていた。

 岩壁に彫り込まれた複雑な模様と、楕円形の金属の扉。

 施設の前には、ダークエルフの警備兵が二名立っている。

 

「あの警備兵をどうにかしないと、入れないな……」

「何も真正面から行くことはないさ。出入口が無ければ作ればいいじゃないか」

「作る?!」

 

 俺たちは岩壁の上に回り込んで、魔法で真下に穴を開けた。

 開かぬなら、開けてしまおうホトトギスだ。

 

「よーし、潜入だな。夜鳥、隠蔽頼む」

「知らん内に出入口を増設されるなんて……なんか、ここの奴らが可哀想になってきたぞ」

 

 夜鳥を先頭に、施設の中に飛び込む。

 そのままサナトリスの反応をリサーチして、彼女のいる場所を目指した。

 小さな個室に反応がある。

 周囲に人がいないのを確認して、声を掛けた。

 

「よっ、サナトリス」

「ひゃ! カナメ殿、ここは女子トイレなのだ」

「ご、ゴメン!」

 

 気まずい場所に踏み込んでしまった。

 

「いや、こちらこそすまない。カナメ教の話を抜け出すために、最終手段として、その、尿意を催したと嘘を言ったのだ……」

「言いづらかったら説明しなくて良いよ……って、カナメ教?」

 

 サナトリスは個室の中に俺たちを招いた。

 声を潜めて会話する。

 

「あれはちょっとおかしい……いや、そんなことを話している場合ではない。とんでもないことが分かったぞ」

 

 なんだろうカナメ教って。気になるが、サナトリスはその件について解説する気はなさそうだ。

 

「聞いてくれ! マナウを襲っている災い、あれはクロノアが水の災厄魔ディザスターを召喚したことによるものらしい」

「何?!」

「それだけではない。奴らは近日中に、ネフライトに火の災厄魔を召喚する手はずを練っている」

 

 ジョウガの国マナウは、濃い霧に閉ざされ、人々は次々に衰弱死しているそうだ。霧、水分、つまり水の災厄魔という訳か。

 

「元凶が、災厄魔だというのが本当なら、ホルスの神器だけじゃ止められない……!」

 

 神器で止められていたら、黙示録獣アポカリプスを相手にあんなに苦戦していない。

 

「くそっ、どうなってるんだ。水の災厄魔の復活なんて、知らないぞ……!」

 

 俺たちが来たせいで、過去が変わってしまったんだろうか。

 

「面倒になってきたな。クロノアを暗殺するか」

「夜鳥、しゃれになってないぞ」

「冗談なんかじゃない。あいつもタンザナイトの滅亡に一枚噛んでるんだろう。もし他に手が無いなら……!」

 

 座った目で言う夜鳥。

 だがクロノアを倒しても、既に解き放たれた水の災厄魔はどうにもならない。

 どこかでポタン、ポタンと水滴がしたたる音がする。

 その音を数えながら、俺は冷静に考えを巡らせた。

 

「……夜鳥、これからお前用の神器を作る。例の、天空神ホルスの神器の代わりになるアイテムだよ。天空神ホルスも、アマテラスも、光の神だ。お前はアマテラスを取り込んで太陽神の力を得ているから、お前用の神器として作った方が、強力な力を発揮できるだろう」

「俺がその神器を持って、マナウに向かうのか」

 

 夜鳥はすぐに俺の意図を理解し、確認してきた。

 俺は頷く。

 

「ああ。お前はマナウに行ってくれ。俺は災厄の谷の底に行って、火の災厄魔の復活を止める」

 

 マナウには心菜もいるので、本当は俺が神器を持って向かいたい。

 だが、Lv.1000以上のモンスターがうろつく危険な災厄の谷の底へ行けるのは、現状で一番レベルが高くて不死の能力も持つ俺だけだった。

 夜鳥は「任せろ」と頷き返してから、何がおかしいのか、クスリと笑った。

 

「こんな時に不謹慎かもしれないけど、ちょっとおかしいな。教室の片隅で、一人漫画を読みふけっていた俺が、異世界を救う大冒険に参加している……のか?」

 

 夜鳥の台詞に、俺も吹き出してしまった。

 

「いやー、本当にな。神だとか、魔王だとか、笑っちゃうよ」

 

 世界を救うとか柄じゃない。

 今まで世話になったアダマス王国の人々を守りたい。大切な仲間と、守るべき人々と共に、これからも生きていきたい。そのために戦っているだけ。とてもシンプルで明快な答が、俺の中にある。

 

「クロノアの思い通りにはさせない。絶対に未来を変えよう」

 

 俺は夜鳥と拳を合わせて誓った。

 さーて、そうと決まれば楽しい工作の時間だな!

 

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