128 タンザナイトの未来

 枢と心菜がホルスの買い物に付き合っている間、夜鳥たちは暇だった。

 

「留守番してるのも飽きてきたぜ……なあ、俺たちも情報収集しないか?」

 

 真が提案する。

 神殿でやることもない夜鳥、サナトリスは真の提案に賛同した。

 

「俺はしばらく一人になりたいっす……」

 

 白いウサギを撫でながら部屋の隅っこで体育座りをする大地を放っておいて、夜鳥と真とサナトリスは、神殿から外に出た。

 タンザナイトは、夜鳥にとって故郷でもある。

 異世界転生した際に生まれ育った国だからだ。

 

「悪い。俺は一人で行動したい」

「お前はタンザナイト出身だっけ。気を付けてなー」

 

 夜鳥の気持ちを察したのか、真はあっさり別行動を許してくれる。

 

「ヤトリ殿、また後で」

 

 サナトリスは真と一緒に行動することにしたようだ。

 こうして夜鳥は一人、タンザナイトの街の中を歩くことになった。

 

「懐かしいな……」

 

 夜鳥の記憶と一致する場所もあれば、知らない場所、新しくなった建物や路地もある。

 だが根本的なタンザナイトの雰囲気は、夜鳥が知っているものと変わらない。

 整然としたアダマス、華やかなアウロラ帝国などと違い、雑多で喧騒に満ちた空気がタンザナイトにはある。

 住民に冒険者が多いからだろう。

 探索の報酬を巡って小競り合いがそこかしこで起きているが、日常茶飯事という様子で誰も気にしていない。行儀の良さとは無縁だが、義理や人情など越えてはならない一線を皆心得ている。だから大きなトラブルには発展しにくい。

 

「10年後に、この光景があんな……」

 

 未来のタンザナイトを想って、夜鳥は暗澹とした気持ちになった。

 

「滅亡の未来は絶対に食い止めてみせる」

 

 決意を新たにする。

 しかし、滅亡までは、まだ時間がある。

 今くらいは、のんびり故郷に里帰りしたと思って楽しんでもバチは当たらないだろう。

 

 昔の記憶を頼りに武器防具の店を冷やかしながら、馴染みだった盗賊ギルドを目指す。

 

 異世界の夜鳥は、戦う技術を盗賊ギルドで教わった。盗賊と言ってもこのタンザナイトでは、盗賊はトレジャーハンターに近い。罠の解除や鍵のかかった錠前の開け方など、ダンジョンで必要な技術を継承するのが、この国の盗賊ギルドのもっぱらの目的だった。

 盗賊ギルドは、売春宿の裏にある。

 

「行きづらい……それに合言葉が変わってるだろうしなあ」

 

 近くまで来てから、夜鳥は踏み込もうか迷った。

 異世界で生活していた頃は、売春宿だろうが特に何も感じなかったが、一度日本に戻ってからだと常識や文化の差を感じてしまって、どうにも近付きがたい。

 

「解錠せよ……ちがう……開けゴマ味噌?」

 

 ぶつぶつ言っている少女を見つけて、夜鳥はぎょっとした。

 

「ちょっと、お前こっちに来い!」

 

 盗賊ギルドの前で変なやり取りをしていると、少女と一緒に締め出しをくらいかねない。

 夜鳥は少女を強引に連れ出した。

 

「お前、見たところ駆け出しみたいだけど、盗賊ギルドに入りたいのか?」

 

 少女の身に付けている安っぽい革鎧や、初心者用のナイフを見ながら、夜鳥は声を掛けた。

 

「肯定。あなたは、盗賊?」

「んー、まあ、そんなものかな」

 

 一通りの技術はおさめているものの、今現在、職業不定の旅人である。

 夜鳥は言葉を濁した。

 

「では依頼する。ホルスの神器を盗み出して」

「は?」

 

 少女は、がしっと夜鳥の手を握る。

 夜鳥は振りほどこうとしたが、少女の握力が尋常ではなく、手を離すことができない。

 

「離せ! はーなーせーってば!」

 

 地味な攻防は、夜鳥が根負けするまで続けられた。

 

 

 

 

 仙神ジョウガに出会い頭、呪いをくらった俺だが、特に困っていなかった。

 

「話せば即死、とか言っておいて、全然ちがう効果だぞ……」

 

 ステータスに浮か「天女の言封」の効果は、仙神ジョウガの個人情報を話そうとすると沈黙になる、というだけだった。

 

「ジョウガは結構ポンコツだよ~。僕知ってる。いろんな国を飛び回っている時に、彼女と会ったことあるもんね~」

 

 リーシャンは俺の頭上で威張った。

 

「ポンコツって……」

 

 それにしてもホルスの狙ってた女の子の正体が、仙神ジョウガだったとは意外だ。

 ジョウガの奴、何か事情があってホルスを騙していたようだった。

 これではホルスの失恋は決まっていたようなものではないか。

 

「ううう」

「大丈夫か、ホルス」

 

 ホルスは衣の裾で涙をぬぐった。

 通りの女性が、その姿を目撃して立ち止まる。

 毒屋の前は大渋滞だ。

 

「我の話を黙って聞いてくれるのは、アダマスの守護神だけなのだ……」

「そりゃ石は話さないからな」

「この胸のうちをありったけ、我が盟友にぶつけてこよう……」

「おい!」

 

 俺はここにいるってのに、ホルスは一瞬で鷹の姿に変身すると、北の方角に飛んでいってしまった。

 

「僕らが覚えている過去になったね」

「リーシャン」

 

 頭の上で、リーシャンが言った。

 

「ダイチの言ったこと、あながち間違いじゃないかもしれないよ。タンザナイトが滅びた未来があってこそ、僕らは過去にやってきた。タンザナイトが滅びない未来になったら、僕らの理由は消失する」

「!!」

「つまり、僕らがここにいるということ自体が、タンザナイトが滅びる未来を確定させてしまうんだ」

 

 それじゃ、未来は変えられないじゃないか。

 何のために俺たちは過去に来たんだ。

 

「あのー、枢たん」

 

 心菜がちょいちょいと俺の肩をつつく。

 

「私たち、目だってますよ」

 

 気付くと、通りの人たちが俺たちを興味津々という目で見ていた。

 天空神ホルスと同道していた若者たちは何者だろう、という会話が聞こえてくる。

 

「くそっ、ホルスの奴。心菜、離脱するぞ」

「はい!」

 

 俺はやむなく転移魔法を使って移動することにした。

 神殿に戻った後、俺のいない間に出かけたという真や夜鳥たちを待つ。

 真とサナトリスはすぐに戻ってきた。

 しかし、夜鳥はいつまで待っても、神殿に帰ってこなかった。

 

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