127 仙神ジョウガ

 恋のキューピッド作戦は気に入らないが、未来を変えられるかどうかの実験だと思えば、付き合ってやらなくもない。

 成り行きで、ホルスの意中の女性を落とすのに協力することになった。

 

「聖晶神、君が助けてくれるなら百人力だとも! 私が何もせずとも、結果が先にやってくるであろう。すなわち、ふぉーりん・らぶ!」

「いや、お前の恋の話なんだから、自分が努力しろよ……」

 

 ホルスは大層喜んでいるが、具体的に何をすれば彼の恋を成就させられるのか、皆目見当もつかない。

 俺が困っていると、心菜が眼鏡をかけて人差し指を立てた。その小道具の眼鏡はどこから来た。

 

「女性は贈り物に弱いのです! 特に花!」

「……心菜。俺、お前に花を贈ったことがあったか」

「私は花より団子が好きです!」

 

 それもそれでどうかと思うが。

 まあでも、心菜と和菓子バイキングに行ったり、団子は食わせたりしてたな。

 

「そうか。ではまず、花を買いに行こうではないか!」

「うわっ」

 

 ホルスに腕を引かれてよろめく。

 真、夜鳥、大地、サナトリスが、生ぬるい表情で俺たちを見ていた。

 

「枢っち、大勢で行ったって意味ないし、俺たちは留守番してるよ。土産をよろしくな!」

 

 奴らを代表して真が手を振った。

 こうして俺はホルスと心菜と一緒に神殿を出て、街に繰り出したのである。

 

「カナメー、お腹減ったよー」

「そこらで買い食いでもするか」

 

 相変わらず頭に乗ったままのリーシャン。

 ここでは透明化の魔法を使っておらず、小さな竜の姿が周りの人間にも見えている。

 しかしタンザナイトは冒険者の国。

 使い魔らしき小さなモンスターを連れた人間もいるため、俺とリーシャンはさほど目だっていない。

 

「あ、あそこで花を売っています!」

「おい、心菜」

 

 心菜が、通りに面した場所に鉢植えを並べた店を指さした。

 取り扱い商品には確かに花が混じっているが、何かおかしい。

 暗い紫や赤の花、人の手のような形の分厚い葉、目玉みたいな卵が入った瓶……妙に毒々しい雰囲気なんだが。

 

「見てください! どんな相手もこれでイチころ! と書いてあります!」

 

 花屋じゃなくて、毒屋じゃねーか!

 

「我は神殿の近くでしか花を買ったことがないのだが、なるほど、このような街中の花であれば、小鳥の気を引けるか……」

 

 騙されてるぞ、ホルス。

 

「いらっしゃい旦那。こちらはダンジョンに潜るなら必須の素材ばかりだよ。初見の相手には、まず毒を撒く! これが探索の鉄則でさあ!」

 

 店の主人が出てきて、営業トークを始めた。

 

「初見の相手にも……そうか!」

 

 ホルスは都合の良い部分だけ聞き取って、神妙に頷いている。

 誰か止めた方が良くないか……はっ、それは俺の役割なのか?!

 

「……あの」

 

 悩んでいると、誰かに声を掛けられた。

 店の前に立っていたから、他の客の邪魔をしていたかな。

 一歩横に退いて場所を空けると、そこには駆け出し冒険者らしい簡易な武装をした少女が、俺を見上げていた。

 

「ごめん。アイテムを買いに来たのか? 俺は付き添いなだけだから、気にしなくていいよ」

「否、黒髪には懐かしさを感じるというか、その蒼天のような青い瞳も気になったというか……」

 

 少女の言い回しには独特の癖があった。

 俺は何を言われているか分からず、きょとんとする。

 突然、心菜が後ろから飛び出してきて、俺と少女の間に割り込んだ。

 

「気になっても駄目! 枢たんは、心菜のものなんです!」

「そうだよ! カナメは渡さないよ!」

 

 リーシャンが頭の上で翼を広げて威嚇する。

 一般人相手に何やってるんだ、お前は。

 

「おお、そなたはイロハ!」

 

 ホルスが俺を押しのけて、少女の前に立った。

 

「ちょうど、そなたに贈り物をしようと、花を選んでいたところだったのだよ!」

 

 ということは、この少女がホルスの片恋の相手か。

 

「……」

 

 少女は困っているように見える。

 

「どんな花が好みだ? 我に聞かせておくれ」

「……私は、花束よりも黄金の方が」

 

 その時、俺の視界にメッセージウインドウが表示された。

 

『スキル【青晶眼】と【鑑定】の条件がそろったため、対象の偽装しているステータスを開示できます。開示しますか? Yes or No』

 

 対象というのは、今、見ている少女のことだろう。

 ステータスを偽装しているのか。

 俺は迷わず「Yes」を選択した。

 

 

 仙神ジョウガ Lv.999

 

 

 ステータスにはさらに驚くべき秘密がいくつも書かれていたのだが、俺が全て読み取る前に、少女が投げたナイフが視界をさえぎった。

 

「危ない!」

 

 心菜が瞬時の抜刀でナイフをはじく。

 

「……私の秘密を看破したものには、即死、あるのみ」

 

 少女が冷たい目をして言った。

 

「ホルスの神器を奪取して去るつもりだったが、気が変わった。秘密を知ったその男もろとも、この国が滅亡するよう呪いをかけてくれる……!」

 

 ホルスが愕然とする。

 

「イロハ、我よりもカナメの方が良いのか?! 我の愛が、カナメの魅力に敗れたのか?!」

「ちがうだろ!!」

 

 勘違いの方向が明後日すぎる。

 

「男、私の秘密を他者に話してみろ。その生命、即時に絶えると思え。天女の言封ことふうじ!」

「っつ!」

  

 シノノメにMP攻撃されて意識を失うへまをやらかしたので、あれから特殊攻撃に備える防御魔法を用意していたのだが、今回のは「攻撃」ではなかったので遮断できなかった。

 ステータスに浮かぶ状態表示「呪い」。

 相手が高レベルな神だけに、特殊スキルは対処が難しい。

 

「この国の財宝は、いずれ全て私が頂戴する……再見またあおう

 

 少女の姿がかき消える。

 緊張した空気は霧散し、元の雑踏が聞こえるようになった。

 リーシャンが俺の頭の上でのんびりと言う。

 

「というか、ジョウガ、カナメに気付いてなかったねー」

「そうだな」

 

 なぜか向こうは、俺がアダマスの守護神だと気付いていないようだった。

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