126 タイムパラドックス
地上にあるホルスの神殿は、若い女性神官がやたら多かった。
「おお、我が愛しい小鳥たちよ」
歯が浮きそうな恥ずかしい台詞を、ホルスは堂々と女性神官たちに掛けている。
「キャー! ホルス様! 今日も神々しいです!」
女性神官たちが目をハートにして叫んでいる。
心菜はポカンと口を開けて……おい、よだれが出てるぞ。
「ぐぬぬ……」
「枢っち……」
真が可哀想なものを見る目で、こちらを見ている。
俺は理不尽な怒りで歯ぎしりした。
お前はどこの舞台俳優かっての!
俺たちは、小高い丘の上にある白亜の神殿でお客としてもてなされた。
魔界から連戦続きだったから、疲労が半端ない。
神官の宿泊する別棟の建物で一晩休ませてもらった。
その次の日、皆で神殿の講堂に集まって情報交換することになった。
上位神官が、新人神官や一般人相手に講義する時に使うという講堂は広かった。大学の教室みたいな感じだ。
俺たちは前列に座り、なぜかホルスが黒板の前に立った。
「質問。今はアウロラ皇炎暦で何年?」
この世界の標準の暦は、一番歴史が古いアウロラ帝国の皇炎暦だ。
皆、略して皇歴と呼んでいる。
ホルスが腕組みしながら答えた。
「2009年の
過去に戻る前、タンザナイトが滅亡して佐々木さんを倒したのは皇歴2020年……おっと、偶然だが地球の西暦に近いな。ともあれ心菜の時流閃で10年前に戻ることは成功したらしい。
ちなみに地球の
アウロラ帝国では、守護神カルラの羽の色が季節によって移り変わるので、十二ヶ月の月それぞれに色名を付けていた。朽葉は、枯れ葉の色だ。
「過去の俺たちと鉢合わせするのは避けたいな。ええと、異世界アニマの2009年時点で、俺たちはどこにいたっけ……?」
もし過去の俺と、未来から来た俺が出くわした場合、何が起こるか分からない。最悪、どこかのSF小説のように、片方が消滅するかもしれない。
過去の自分と会わない方が安全だろう。
心菜が手を挙げて回答した。
「はい! 異世界の私たちは、2009年よりもっと前に亡くなってますよ。つまり異世界にいません!」
そうだった。心菜や真は、異世界で転生しその人生を終えて、地球に魂が戻っている。
地球に行かない限り、過去の自分に会うことはない。
「じゃあ要注意なのは、俺とリーシャンとサナトリスか」
「10年前なら、私は魔界から外に出ていないぞ」
「僕は、自分の国ユークレースとカナメのアダマスを往復する毎日だったよ~」
「……俺もアダマスの大聖堂にこもってる。ということは、ユークレースとアダマスと魔界には行かないことにしよう」
ホルスが「何の話かな」と不思議そうにしているので、俺は未来から来た話を説明した。
未来から来た話をすると、そいつの行動が変わることで未来に影響が出るかもしれないが、ホルスには協力して欲しいのでリスクがあっても話した方が良いという判断だ。
「未来から来たとは信じがたいが、真の盟友の君が言うなら本当なのだろう」
ホルスの奴、物わかりが良すぎるぜ……。
「念のため確かめて来よう」
「え?!」
ホルスは一瞬で、元の鷹の姿に戻ると、窓からビューンと飛んで行った。
「……」
どうしよう。情報交換会は一旦お開きにするかな。
「待たせたな」
「はやっ」
一分くらいで、ホルスが戻ってきた。
「我は光の速さで飛べる」
「それもう鳥の領域じゃないな……」
ロケットとかじゃね。いや、光の速さならビームか。
ホルスは人間の姿に変身して言った。
「アダマス大聖堂にはクリスタルの君がいたよ、カナメ」
「!!」
「過去の自分とは会わない方が良いだろうと私も感じた。君の推測に賛同する」
一分で実証が完了した。
クリスタルの俺は引きこもりだから出くわす可能性皆無だが、リーシャンはあちこちふらふら飛んでいるから、気を付けないとな。
「無事に過去に戻ったことですし、とりあえず、佐々木さんがタンザナイトを侵略するのを阻止すれば、全部解決ですよね!」
心菜が拳をにぎって声をあげた。
夜鳥が冷静な突っ込みを入れる。
「それまでの10年、何するんだよ?」
しーん、とその場が静まり返った。
「……未来は、本当に変えられるんすか」
大地が暗い表情で言う。
「未来が変えられたら、俺たちの未来は違うものになるっすね? そしたら、俺たちはどこから来たのかってなりません……?」
「???」
「いや、俺も自分の言っていることが分からないっすけど」
心菜が首をかしげ、大地は慌てて取り繕う。
「未来が変えられるか、分からない、か……」
俺は腕組みして考え込んだ。
単純に過去を変えれば地球の滅亡も、タンザナイトの滅亡も、阻止できるかと思っていた。しかし、ことはそう簡単ではないかもしれない。
会話が途切れた。
皆が言葉を探している間に、手持ちぶさたのホルスが俺に問いかけてくる。
「ところで聖晶神。今、夢中になっている小鳥がいるのだが、未来の我は彼女のハートを射止めているだろうか……」
ああ、なんだって?
「枢たん、眉間のシワを伸ばしてください」
心菜が背伸びして俺の眉間を撫でた。
知らず知らずの内に内心が顔に出ていたようだ。
確か、十年くらい前、俺にとってはごく最近のことだが、ホルスがアダマスの大聖堂に飛んできて、恋の話をしていった気がする。
ワクワクした様子で俺の答えを待っているホルスに向き直り、告げた。
「……失恋したと、俺に愚痴りに来てたよ」
「!!」
途端にホルスは暗雲を背負い、床にしゃがみこんでしまった。
「枢たん枢たん、ホルスさんが可哀想ですよ」
「ひとの恋路なんぞ知るか」
「そう言わずに。これも何かの縁です。まずは手始めにホルスさんの未来を変えてみてはどうでしょう?!」
心菜が目を爛々と輝かせ、鼻息荒く宣言した。
「名付けて、枢たん恋のキューピッド作戦!!」
ちょっと待て。
なんで俺がホルスの恋を成就させなきゃいけないんだ?!
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