125 天空神ホルス

 真白の閃光の後に訪れたのは、暗い静寂だった。

 先ほどまでいた、荒廃した地球、砂に覆われた大地に吹く乾いた風とは真逆の、湿気に満ちた空気。

 

「光よ……」

 

 俺は光を灯す。

 いきなり眩しく光らせると目がしんどいので、柔らかい小さな光だ。

 薄暗い地下の光景が、光の下にぼんやり浮かび上がる。

 周囲には、心菜、真、夜鳥、大地、サナトリスがそれぞれ緊張した面持ちで周囲を見回していた。

 

「カナメー、ここってどこなんだろうねー?」

 

 皆の疑問を、リーシャンが代表する。

 てか、俺の頭に乗るのは止めろ。

 

「心菜の時流閃が成功したなら、過去の世界のはずだけどな……どれくらい過去をイメージしたんだ?」

  

 俺の隣で刀を鞘に収めている彼女に聞いてみた。

 心菜は威勢の良い声で返事をする。

 

「とにかく、10年前、10年前、と心の中で唱えながら技を出しました!」

「なんで10年前?」

「大地さんが地球が滅びたのは、10年前だと言っていたから……」

 

 なるほど。だけど、どの時点からさかのぼった10年前なんだろうな?

 

「ここ、ダンジョンの中……?」

 

 夜鳥が立ち上がって、石の壁をトントンと叩いた。

 

「ダンジョン……もしかして、タンザナイトの地下迷宮か」

 

 俺たちは、タンザナイトのダンジョンの最下層にあった狭間の扉から、未来の地球に渡った。

 そのまま来た道を戻るなら、ここはタンザナイトのダンジョンで間違いない。

 タンザナイトは、未来から来た佐々木さんの侵略で国民が全滅し、守護神ホルスは生き絶え、ダンジョンの底まで見える巨大なクレーターができていた。

 周囲の壁は大きな損傷もなく、最後に見たボロボロのダンジョンの壁とは別物だ。

 つまり、ダンジョンが壊れてないってことは、ここは俺たちが来た時点のタンザナイトじゃない。

 

「困った時はマップを見よう」

「異世界がゲーム仕様で良かったよなー」

  

 俺はマップを表示した。隣で真もマップを見ているようだ。

 

「ビンゴ。ここはタンザナイトだね。ダンジョンも元のままってことは過去に来たのは間違いない」

「よーし。地上に戻るか。徒歩で戻るのは面倒だから、転移魔法で……って、駄目だこりゃ」

 

 地上に設置しておいた、目印アンカーの魔法石が無い。

 そりゃ未来に設置する予定のものだから、今ここには無いよな。

 

「えー、モンスターを倒したり、罠を解除したりしながら、上に登るのかよ。いっそ、俺が魔法で穴を開けようかな……」

「カナメの魔法だと、災害級になっちゃうから、止めた方が良いよ」

 

 リーシャンが、ぺちぺちと前肢で俺の頭を叩いた。

 人を破壊兵器みたいに言うな。

 タンザナイトの地下迷宮は百層ある。

 真面目に登るのは、勘弁してほしい。

 なんとかショートカットしてやろうと考えを巡らせていると、暗い地下の広間が、一気に明るくなった。俺の作った魔法の光とは別の光だ。

 

「……我が秘密の宝物庫に、何のようだ、人間……」

 

 低いくぐもった男性の声がした。

 広間の中央に立つ柱の上に、でっかい鳥がとまっている。

 猛禽類特有の鋭い顔つきで、ただの鳥ではない証拠に、特大のサファイアが嵌め込まれた胸当てを装備していた。うっすら黄金の光輝をまとい、猛々しくも厳かな空気を放っている。

 

「天空神ホルス……!」

 

 間違いない、タンザナイトで看取った天空神ホルスだ。

 生きている。

 

「男、なぜそんな目を輝かせて我を見る? ちょっと怖いぞ……」

「ホルス~~!」

  

 リーシャンが小さな竜の姿のまま、ホルスに突撃していった。

 

「生きた君にまた会えて嬉しいよ~~! ホルス~~!」

「なんだ?! 竜神ともあろうものが威厳もなく、いつにも増して騒々しい!」

 

 リーシャン、それ俺の台詞。

 ホルスは、リーシャンに飛び付かれて、困惑で目を白黒させている。

 俺は、ホルスがとまっている柱の根元まで歩み寄って、彼を見上げた。

 

「……ホルス。俺が作った胸当て、ずっと装備してくれてるんだな」

「!!」

 

 ホルスの胸当ては、俺が作って贈ったものだった。

 俺の言葉に反応して、ホルスは目を丸くして、こちらをじっと見てくる。

 

「まさか……聖晶神か。大聖堂にこもって久しい君が、人の姿で出てくるとは天変地異の前触れか。だが、君は数少ない我が真の盟友。会えてとても嬉しい」

 

 超直球で好意を口にするホルス。

 ちょっと照れるな。

 

「我が盟友が人の姿で会いに来てくれたのであれば、我も人の姿になろう」

「い、いや。別に良いって」

 

 俺は慌てて断ったが、ホルスは飛び降りて人の姿になってしまった。

 これぞ王様という感じの金髪碧眼のダンディーなおじさまだ。

 顔のパーツの配置も黄金比率な美形で、意味深な微笑は女子がふらつくこと間違いなし。ほどよく筋肉が付いた体を、ギリシャ風の貫頭衣で包んでいるが、金銀の装飾がこれでもかと言うほど付いているので、全く地味じゃない。

 

「う、キラキラオーラが眩しい……!」

「どうかしたか聖晶神! すぐに手当てを」

「何でもないから! そして俺の名前はカナメだ!」

 

 鳥の癖に人の姿になりやがって、とか、なんで無駄にイケメンなんだよ、とか、別に考えてないぞ!

 

「眼福な男性ですぅー」

「心菜!」

 

 心菜の目がハートになっている。

 女性は皆、顔の良い奴が好きなのか? サナトリスをちらりと見ると、顔を赤くして視線を逸らした。

 他の奴らの反応はというと。

 

「裕福で幸せそうな奴を見ると、懐の中身をかっぱらってやりたくなるな」

 

 と、真。

 

「違うだろ! 問題はそこじゃなくて、枢の交友関係の謎の広さだろ!」

 

 夜鳥は常識的な突っ込みを入れている。

 

「……」

 

 大地は、椿と別れたショックから立ち直っていないようだ。

 口から魂が出ている。

 その頭の上で、心配そうにしている白いウサギ。

 ウサギ……?

 

「大地、お前、頭の上にいるソレ、何?」

 

 俺が指差すと、ウサギはびくっとして大地の後ろに逃げ込んだ。

 

「……僕はスサノオです……ウサギの姿ですが……」

「ああ、海神スサノオか」 

 

 心菜が、ひょいとしゃがんで大地の背後をのぞきこむ。

 

「スサノオって、ヤマタノオロチを倒した勇猛な武神ですよね? どうして子供の姿をされているのでしょう?」

「……」

「心菜、お前が言っている英雄譚は、後半も後半だ。もともと母親と会いたいと泣くマザコンで我が儘な神様なんだぞ」

「そうなんですか!」

 

 ウサギが俺の解説にますます縮こまってしまった。

 ヒーローの部分を強調した方が良かったか……?

 

「……ごほん」

 

 ホルスが咳払いした。

 俺たちは慌てて姿勢を正す。

 

「積もる話は、地上で聞こう。地上に転移する、で良いな? 聖晶神」

「はい、お願いします……」

 

 今がいつなのか等、ホルスには色々と聞きたいことがある。

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