129 冒険者登録

 夜鳥が戻ってこない。

 ホルスの神殿で待っているのだが、仲間の中で夜鳥だけが不在のままだった。ちなみにホルスは夕方に帰ってきて、はやばやと神殿の中庭にある大樹の梢で就寝してしまった。

 異世界の人々は早起き早寝なので、神殿は夜になると静まりかえる。

 宿舎に泊まっている俺たちだけが魔法の明かりを付け、のんびり団らんしながら仲間の帰りを待っている状況だった。

 

「心配ですねー」

 

 心菜が背中に寄っ掛かりながら呟いた。

 俺たちは背中合わせに座ってくつろいでいる。

 真が割り込みながら「心菜ちゃんばっかりずりーの」と茶々を入れ、心菜が「彼女特権です」と返したり。しばらくぶりの平穏な日常だ。心が安らぐ。

 

「……」

 

 俺は二人の会話には入らずに、黙ってマップを操作する。

 実は夜鳥の居場所は分かっている。

 仲間に配った、毒を無効化する銀色のイヤリングが、一種のGPSのような役割を果たしているからだ。結果的に目印になっただけで、けっしてストーキングのために配った訳じゃないと弁明しておこう。

 

「……様子を見てくる」

 

 膝の上で寝ているリーシャンを心菜に渡し、立ち上がる。

 タンザナイト出身の夜鳥だから、地元に明るいはずだ。危険な事に巻き込まれている可能性は低い。何か事情があって帰ってこれないと見るべきだ。大勢で行っても仕方ない。

 俺だけで行こう。

 

「行ってらっしゃいですにゃー」

「気を付けてなー」

 

 心菜と真をその場に残し、休んでいるサナトリスと大地を起こさないよう、静かに部屋を出た。

 転移魔法を使って、夜鳥のいる建物の近くに移動する。

 宿屋らしき建物の窓口に「知り合いがいるんで」と声を掛けて、堂々と二階に足を踏み入れた。

 部屋の扉をノックする。

 

「誰だよ……って、枢?!」

「戻りが遅いから見に来たら……女性同伴とは隅におけないな、夜鳥」

「ちがう、これはっ!」

 

 部屋の中に女性の気配を感じて、ああそういうことか、邪魔したな、と出て行こうとする俺。

 夜鳥はなぜか慌てて俺を引き留めた。

 

「助けてくれ、枢!」

「ヤトリ、逃亡は許さない……あ」

 

 部屋の中から女性が出てきた。

 昼間に会った仙神ジョウガだ。

 

「お前、私の正体を見抜いた、青い目の男!」

「あー。偶然だな……」

 

 夜鳥が「???」という顔をしているが、説明してやることは出来ない。

 呪いのせいで彼女の正体を話せないのだ。

 防御特化の俺にとっては、いつでも解ける呪いではあるのだが、今すぐ解く必要はないと考えている。あえて呪いを受けた状態を維持して、ジョウガを油断させるためだ。

 

「聞いてくれよ、枢! この女、俺にホルスの神器を盗めとか、ダンジョンに潜れとか、訳分からないことを言うんだ!」

「それは……」

 

 いったいジョウガの目的は何なんだ?

 疑問に思ったが、俺はまず自分の目的を優先することにした。

 ジョウガのステータスに、気になる部分を見つけたのだ。

 それは「仙薬作成 Lv. ∞」

 スキルレベルの欄に無限マークが付いているのは、初めて見た。

 俺のスキル「セーブ&ロード」のレベルを無限にしたら、どうなるだろう。

 もし未来が変えられなかったとしても、地球の人々やタンザナイトの人々を登録セーブし、復活させることが可能になるのではないだろうか。

 

 俺はジョウガに声を掛けた。

 

「その目的、協力してやってもいいぜ。その代わり、ダンジョンの宝物庫に着いたら、俺の質問に答えてくれるか?」

「枢!」

 

 俺の言葉に、夜鳥は驚いている。

 

「質問に答えるだけ? それなら簡単」

「じゃあ取引成立だな」

 

 少女が目を輝かせる。

 

「協力に感謝。ダンジョンの宝物庫からホルスの神器奪取作戦、明日敢行する!」

 

 残念ながら、ホルスの神器はダンジョンの宝物庫にない。

 奴の神器はタンザナイトの上空に浮かんでいる。金色の円環「栄光の王冠」がそうなのだ。

 ダンジョンに潜っても意味がない。

 ジョウガに教えてはやらないけどな。

 

「枢、何か企んでるな……」

 

 夜鳥が嫌そうな顔をする。

 一方のジョウガは上機嫌で拳を握って言った。

 

「私のことはイロハと呼ぶといい。まず冒険者登録から任務開始ね!」

「冒険者登録??」

 

 え? ダンジョンに潜るんじゃないの? そんな初歩的なところからスタートなの?

 

 

 

 

 ダンジョンは、タンザナイト国営の施設という扱いらしい。

 入るには、冒険者登録が必要なのだそうだ。

 

「もういっそ忍びこめばいいじゃん……」

「規則守る、重要」

 

 なぜか律儀なジョウガ……もといイロハに諭され、次の日、冒険者登録することになった。

 メンバーは、俺と夜鳥と心菜。

 真とサナトリスと大地は、今回のパーティーを辞退した。

 

「ごめんなー、枢っち。俺には魔界で仕入れた貴重な品々を、法外な値段で売りさばくという重要な仕事があるのだよ」

「ほどほどにしろよ……」

 

 サナトリスを助手にして、真は荒稼ぎする気満々なようだ。

 大地はあれからずっと黄昏ている。いつまで沈んでいるんだか。

 ところでタンザナイトの冒険者ギルドは銀行を兼ねている。

 冒険者から現金を預り、別の都市で引き出せるような仕組みがあるからだ。

 そのせいか、冒険者ギルドの建物は、想像以上に広かった。

 ちょっとした貴族の屋敷並みだ。

 

「登録書類に名前とクラスを書いて下さい。実技試験を行います」

 

 実技試験で、なぜ冒険者ギルドの建物が広いのか分かった。

 

「試験のために、わざわざゴブリンを捕まえて飼育してるとか、どんだけ……」

 

 前衛の冒険者はもれなく、一人一匹ゴブリンと戦わされるらしい。

 

「あいうえお順なので、イロハさんからどうぞー」

「あいうえお順って何?!」

 

 謎の順番で最初にイロハが呼ばれた。

 

「は、はい!」

 

 なぜか緊張しているイロハ。

 ゴブリンごときに緊張するとか、意味わからん。

 

「あっ」

 

 そしてゴブリンに近付く前に、転んだ。

 手からすっぽ抜けたナイフが、空中を飛んでゴブリンの眉間にクリーンヒット!

 

「……」

 

 試験官と俺たちは沈黙した。

 

「……こ、幸運も実力の内ということで」

 

 良いのかそれで。

 

「次は心菜ですね。えいっ!」

 

 心菜は愛刀を召喚すると、目にも止まらぬ抜刀でゴブリンを斬った。

 ぎしり。

 ゴゴゴ……と音を立てて後ろの壁が、斜めにずり落ちる。

 建物の崩壊が始まった。

 

「ふー、また無駄なものを斬ってしまった……」

「格好付けてる場合か!」

 

 額の汗をぬぐう心菜に突っ込む。

 こいつには手加減というものを教えねば。

 

「あのぅ、建造物損壊の賠償金についてですね……」

「悪い。こいつに付けておいて」

 

 俺は請求書に真の名前でサインしておいた。

 ありがとう友よ。お前と友達で本当に良かった。

  

「俺も試験するのか……?」

 

 夜鳥は、はやくも疲れた表情を見せている。

 

「ああ、ヤトリさんは何か玄人っぽいので良いです」

「いいんかい?!」

 

 雰囲気で試験をパスとか、ありえない。

 

「じゃあ俺も」

「カナメさんは後衛なので、別の試験が」

「えぇ?」 

 

 面倒くさいから止めようよ。

 連れていかれた先には、数メートルの距離を置いて太い丸太が地面に立てられていた。

 あれを魔法で狙えという試験らしい。 

 

「きちんと呪文を唱えて下さい。採点しますので」

「はあ?!」

 

 俺クラスが呪文をきっちり唱えると、魔法の威力が出過ぎてしまう。

 ここは、わざと呪文を間違えて威力を落とすしかないか。

 

「……この魔法式ねがいの真値を」

「もう一回!」

 

 呪文を一部抜かしたのに、気付かれた。

 途中で待ったを掛けられる。

 

「我はこの魔法式の真髄を世界に……」

「もう一回!」

「かの魔法式を」「駄目!」

 

 どうしよう。すごくムカついてきた。

 

「カナメ~! 朝起きるのが遅いからって、僕を置いていくのはヒドイよ~!」

「リーシャン」

 

 空からリーシャンが飛んできた。

 いつも通り俺の頭上に乗ろうとする。

 その様子を見た試験官が言った。

 

「あなたは魔法使いではなく、モンスターテイマーだったのですね。テイマーなら契約したモンスターがいることを示せば、実技試験は免除だったのに。無駄な時間でしたね」

「……」

 

 やれやれと試験官が首を振る。

 

「おや、地震ですか」

 

 地面が小刻みに振動した。

 夜鳥が慌てて俺の肩をつかむ。

 

「おい枢、落ち着けって!」

 

 俺は深呼吸して、無意識に発動していた大地属性の魔法を止めた。

 危うくタンザナイトを滅ぼしてしまうところだったぜ。

 

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