122 狭間の扉の向こう側

 佐々木がいなくなった後、俺たちはタンザナイトの中央に空いた大穴からダンジョンの底に降りることにした。先ほどの戦いの影響で、モンスターが穴の付近にいない。今なら最深部までフリーパス状態だ。

 

「歩いて降りるには深いよな」

 

 俺は穴に近寄って見下ろした。

 穴は戦いの余波で凸凹になって、痛々しくささくれたネジ穴のようになっている。

 

「リーシャンに浮遊フロートの魔法を掛けてもらって飛び降りるか」

「いいけどー、魔神の奴らにも魔法を掛けてあげるの?」

 

 リーシャンは黒崎を見た後、プイと横を向いた。

 黒崎は顔をしかめて俺に言う。

 

「こちらはこちらで賄う。お前たちとは同じ道を行くだけで、仲間ではない」

 

 ま、そうなるよな。

 どうもリーシャンは、俺が黒崎と行動を共にすると宣言した辺りから機嫌が悪い。

 今もツーンと鼻先をそむけて、いつもより上空を飛んでいる。

 俺は荷物からリーシャン用に作っていたアイテムを取り出した。

 

「リーシャン、降りて来いよ。これをやるから」

「なになに?」

 

 リーシャンは、俺の手のひらの上の、銀色の鈴二個を見て目を輝かせた。

 

「これもらっていいの?」

「ああ。角に付けてやろうか」

「うん!」

 

 金色の鈴がじゃらじゃら付いている、リーシャンの枝分かれした角に、俺の作った鈴を追加してやる。

 

「お前は竜神の癖に状態変化に弱いからな。魔法耐性を上げて、状態異常を無効化する効果を付与しといた」

「わーい!」

 

 リーシャンは飛び上がって喜んだ。

  

「僕の神器がパワーアップしちゃったよ!」

「……神器?? ってなんですか」

 

 心菜がリーシャンの台詞に首をかしげる。

 そういえば、リーシャンの角に付いてる鈴は「祝福の金鈴」という名前の神器なんだよな。竜神の起こす「奇跡」の魔法の成功率を八割以上に引き上げる、地味だけど強力な神器だ。

 

「神器はね、神クラスが使う専用装備だよー。カナメの杖も神器だよー」

 

 リーシャンが余計なことを言ったせいで、仲間の視線が俺に集まった。

 

「……さて。飛び降りるか」

 

 俺は話題を変えることにした。

 

「ずるいです! 枢たん専用装備なんて、格好良すぎです! 心菜も装備をパワーアップしたいです!」

「そうだそうだ!」

 

 心菜と夜鳥から抗議の声。その内こいつらの装備も新調してやるかな。

 俺はぶーぶー言う奴らを無視して穴に降りる。

 仲間も後に続いた。

 数分の浮遊を経て穴の底に着く。

 最深部は空が遠い分、薄暗い。

 見回すと瓦礫に埋まりかけた「狭間の扉」が近くにあった。

 

「……開くぞ」

「あ、おい」

 

 黒崎がつかつかと歩み寄って、扉を押し開ける。

 そんな無造作で大丈夫かよ。

 俺の不安を他所に、扉はゆっくり開いた。

 向こう側から眩しい光が射し込む。

 明るい。そして暑い。

 目が慣れてきた頃、俺たちが目撃したのは、砂塵舞う荒廃した大地だった。

 

「砂漠……?」

 

 地球とは別の場所につながったのかな。

 

「枢っち、あれって地下鉄に降りる階段じゃね?」

 

 真が指差した先には、砂に埋もれるような階段と、塗装が剥げた地下鉄のマークが付いた瓦礫があった。

 

「嘘……おばあちゃん、空輝?!」

「心菜!」

 

 心菜が真っ先に外に飛び出して、階段まで走り、あちこちを見回した。俺も彼女の後を追う。

 外に出ると異様な風景が明らかになる。

 あちこちに斜めになって壊れた建物の残骸が砂に埋もれていた。山かと思えば瓦礫の積み重なった姿だったりする。

 

「マップに何にもねえんだけど、嘘だよな……?」

 

 真が空中を見上げて呻いた。

 ゲームシステムみたいな異世界の力で、付近の地図を確かめたらしい。

 呆然と立ち尽くす心菜の肩を抱き寄せて、俺は黒崎を振り返った。

 

「お前の望み通り、地球は滅びたのかもしれない……これで満足か?」

 

 黒崎は無表情だった。

 どこか心ここにあらずな様子で「ああ」と返事をしてくる。

 それを椿が心配そうに見ていた。

 

「……枢、待った。ここに足跡がある」

 

 夜鳥が心菜の前にしゃがみこんで、地面を指先でなぞった。

 うっすら何かこすった跡があるかなという程度で、専門家ではない俺は、足跡と言われてもよく分からない。

 

「地下鉄の方に続いてるな……」

 

 夜鳥が立ち上がって、地下への階段をのぞきこむ。

 

「あった。地上は砂で消されていたけど、地下には足跡が残ってる。まだ新しいな。生きている人がいるのかもしれない」

 

 俺たちは、夜鳥の視線の先にある地下鉄の階段に注目した。

 

「……行ってみようか。人がいるなら、ここがどこで何がどうなったか聞けるかもしれない」

 

 現状、分からないことが多すぎる。情報収集あるのみだろう。

 

「なら近藤は地下を行け。俺は地上をもう少し見たい」

 

 黒崎は空を見上げた後「ここから別行動する」と言ってきた。

 もとより黒崎は仲間じゃない。今、協力してくれている雰囲気なのが違和感あるくらいだ。好きにしろという意味も込めて「了解」と頷き返すと、椿が手を挙げた。

 

「私は永治と行くわ。いつでも異世界に戻れるように、狭間の扉に異常ないよう気を付けておくわ」

「そうだな。それも必要だな」

  

 黒崎、華美、椿は地上の探索。

 俺、心菜、真、夜鳥、サナトリス、リーシャンは地下を行くことにした。

 

「今ひとつ、状況が理解できていないのだが、この世界はカナメ殿の故郷なのか? まるで魔界のようだが。そうか、カナメ殿が強いのは、こういった場所で育ったからか」

「違うサナトリス、壮大な誤解だ。まあ、地球の日本社会が天国かっつーと語弊があるけど……」

 

 一人だけ異世界人のサナトリスは、ピントのずれたことを言っている。

 深刻な雰囲気がちょっと和らいだ。

 サナトリスとは、砂漠で会ったんだよな。

 

「カナメ殿。白灰砂漠アイボリアにも地下洞窟がいくつかあって、そこでキョウボウサボテンを狩るのだ。地下には水場があって、奴らはそこに生息する……」

「ちょっと待てサボテンは植物だから、光合成のために地下じゃなくて地上に生息するだろ普通!」

「カナメ殿、植物は地上に生息できないぞ?」

「魔界の生態系だとそうなのかもしれないが、ここにはキョウボウサボテンなんて出ない……たぶん」

 

 いや、どうなのだろう。

 ここが地球の代々木駅なのか怪しいし、何かモンスターが出てもおかしくはない。それがキョウボウサボテンだという可能性もゼロではないかもしれない。

 

「む。サボテンの気配を感じる……!」

 

 サナトリスは槍を構えて、物陰へ猛ダッシュした。

 

「え? マジでサボテン?」

 

 こんなところに発生するなんてキョウボウサボテン半端ねーな。

 

「……ぐぁっ!」

 

 サナトリスが突進した先に、白っぽい布を被った人影がいた。

 そいつは背後から槍をくらって壁まで吹き飛ぶ。

 

「い、痛たた……枢さん?」

 

 こちらを向いた人影が声を上げた。

 明かりの魔法の下に照らし出されたのは、浮浪者のようなボロボロの服に、無精髭を生やした若い男だった。

 俺はサナトリスの攻撃を「ちょっと待て」と制止して、男に聞く。

 

「誰?」

「俺っすよ! 忘れるなんて酷いっす!」

「……大地?」 

 

 半眼になった真が呟いた。

 ん? よく見れば大地の面影がある。

 戦闘中、行方不明になった奴が、なんで先回りしてこんなところにいるんだ。

 無精髭なんか生やしてるから、誰か分からなかったぞ。

 雰囲気が、先ほど別れたばかりという感じではない。

 大地が目を潤ませて俺によろよろ歩み寄ってきた。

 

「枢さん……本当に枢さん?」

「いや、お前、本当にどうしたんだよ? まあ無事で良かったけど」

「うう……すみません枢さん!」

 

 大地がガバッと俺に抱きついてきた。

 進路上にいた心菜がさっと回避したので、俺はまともに大地にぶつかられて尻餅を付く。

 おいおいと泣く大地。

 

「勘弁してくれ……」

 

 俺は途方にくれた。

 何が悲しくて男を抱き止めないといけないんだ。まったく。 

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