121 侵略者の最期

 このままでは、密封空間で毒に冒された人々が生きたまま溶けて、阿鼻叫喚の地獄絵図になるぞ。

 承知の上で黒崎に合わせたとは言え、グロいのは見たくない。

 魔法で細工して、中の佐々木さんたちを逃がそうか、と杖を持ち上げたところで、黒崎からストップがかかった。

 

「近藤、あれを見ろ」

「!」 

 

 宇宙船の一部、黒崎の槍が刺さっている部分が、ごっそり滑り落ちる。

 同時に、佐々木の声がした。

 

「……汚染部分を強制分離、空気感染を防ぐために密閉区域を作りました。そして――」

 

 ガシャンガシャンと宇宙船が変形した。

 鋼鉄の腕と足が生え、人型ロボットの形状に。

 

「うお、男のロマン、飛行形態と人型の間で変形する兵器……!」

「感動している場合か、近藤枢!」

 

 俺が見上げている間に、宇宙船ロボットは、内側から結界をこじあけた。

 結界は中からの力に弱いからな。強度を上げるために圧縮コンプレスしたのだが、それでも足りなかったようだ。

 黒崎が舌打ちすると、神器が手元に戻ってくる。

 

「遊びはここまでです。これが何だか分かりますか?」

 

 佐々木の声と共に、宇宙船ロボットは黄色の地に赤い三つ葉マークが描かれたボックスを俺たちに見せてきた。

 

「これは現地住民が降伏を受け入れなかった場合の、最終手段です……」

 

 どこかで見たことのあるマークだな。

 首をかしげていた俺の背中を、夜鳥がどつく。

 

「枢! あれは放射線マークだよ! 核爆弾だ!」

 

 なんだって?!

 大変なものを持ち出してきたな、佐々木さん。

 

「地球生まれの君たちなら、これの危険性をよく知っているでしょう……大人しく」

「ほいほいっと」

 

 俺は杖の先を爆弾に向けた。

 ヒュンと風を切る音と共に、ボックスが消失する。

 

「え……?」

「遠い海に魔法で転送して、圧縮コンプレスで始末したよ。一件落着っと」

 

 絶句する佐々木。

 ちなみに転送先は、海神マナーンと会った海の遺跡の上だ。念のため、転送用の魔法陣を設置しておいたのが役に立った。

 俺は杖を小脇に挟んで、小指で耳をかいた。

 

「佐々木さーん。あのさ、異世界の魔法と比べれば、核なんて遅れてると思うよ? だって魔法は一瞬で物理法則を無視して、世界を問答無用で作り変えるんだから」

 

 黒崎が、神器オエングスを宇宙船ロボットに向けながら言う。

 

「いつでも決着を付けられた。俺も近藤も、手加減をしていただけだ」

「くっ……!」

 

 はじめて、佐々木の声に焦りが混じった。

 

「戦線離脱します! 予備エンジン点火、全力発進――」

「逃がさない」

 

 俺は一瞬で防御魔法をタンザナイト上空に展開した。

 宇宙船ロボットは見えない天井にぶつかって、地面に落ちてくる。

 今が絶好のチャンスだ。

 

「黒崎、今度は俺に合わせてもらうぜ」

「さっさとしろ」

 

 魔法攻撃で一気に宇宙船の外殻を吹き飛ばす。

 

晴天千落雷サウザンドブレイズ!」

黒毒槍ポイズンランス×100」

 

 黒崎がタイミングをあわせて黒毒槍を天空に発生させる。

 俺の起こした雷撃が黒く染まった。

 千の黒雷が地に降る。

 それは、姿勢を立て直そうとした宇宙船ロボットを直撃した。

 白と黒の光が炸裂して目がくらむ。

 爆風と共に、ロボットの手足が胴体から離れ、粉々になって吹き飛んだ。頑丈な胴体にも亀裂が入る。俺の全力を注ぎこみ、黒崎が神器で威力を倍増させた攻撃魔法は、計算通り宇宙船ロボットの膨大なHPを一撃で削りきった。

 最後に、一番丈夫な制御室の残骸が、爆心地のクレーターに残る。

 

「こんな……馬鹿な」

 

 もはや元が何であったか分からない瓦礫の中から、煤に汚れた佐々木さんが、這うように出てきた。

 

「侮っていたのは、私たちの方だったのですね……」

 

 佐々木と部下たちは、消耗しているものの、命に別状はなさそうだ。

 そのことに俺は心密かに安心する。

 

「佐々木さん、あんたには地球に案内してもらう」

 

 俺は厳しい表情を装って、佐々木に歩み寄って杖の先をつきつけた。

 

「近藤くん、君は……」

 

 佐々木は割れた眼鏡の奥から、なぜか眩しそうに俺を見た。

 降参するという言葉が、もう少しで聞ける。

 そう感じたのだが、異変が起きた。

 佐々木と部下の全身スーツの男たちの体が、光の粒子になって分解し始める。

 

「これは……まさか過去が変わったのか」

「佐々木さん?!」

 

 消えていく自分の体を見下ろし、佐々木は何かを納得したように呟いた。

 そして俺の腕をがっしりつかんだ。

 

「近藤くん、未来を変えてください。私たちが異世界を侵略しなくても良い、地球の誰も死ぬことのない未来を、どうか……!」

「どういう意味だ? 佐々木さん!」

 

 頼みます、と俺の腕をつかんで言い、佐々木の姿は光になって消えうせた。

 

「いったい……」

 

 呆然と立ち尽くす俺に、黒崎が声を掛ける。

 

「ダンジョンの最深部へ向かうぞ、近藤枢。その先に答えがある」

「……ああ」

 

 俺は頷くと、仲間を振り返った。

 心菜、真、夜鳥、椿、サナトリス、黒崎の仲間の華美が、俺を見つめ返してくる。

 

「行こう、皆」

 

 嫌な予感の正体は、きっとダンジョンの狭間の扉の向こう側にある。

 

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