120 毒を以て毒を制す
Lv.1000以上になると、変身できるようになるのかな。
でかい魔獣の姿になっていた黒崎が、いつの間にか人間の青年の姿に戻っているのを見て、俺は暢気にそんなことを考えていた。まあ、あのでかい魔獣の姿だと、狭いダンジョンの天井につっかえるだろうけど。最近、自分が竜の姿で大聖堂の天井につっかえそうになっていたので、笑えない想像だ。
黒崎は軍服のような上着を羽織っている。装飾は無いが厚手で光沢のある布地が上等そうな一品だ。ゆったり足でも組んで椅子に座っていれば、どこかの王族か貴族のように見えるだろう。
「貴様が、地球が滅びるさまを静観するはずがない。約定に反しない程度に、どうせ邪魔してくるつもりだろう」
「まあな」
「だが、俺の世界に地球人の
おや……もっとゴネるかと思ったのだが、意外にものわかりがいい。
「待て待て待てーーっ、枢! 黒崎と一緒に行ったら地球が滅ぶぞ! ちきゅぶっ」
「夜鳥、途中で噛んで……大丈夫か?」
俺の襟首をつかんで、夜鳥は大興奮だ。
そして途中で舌を噛んだ。痛そうだ。
「私は反対です!」
「ハナビ」
思わぬところから反論が上がった。
黒崎のお供のダークエルフが、怒りに燃えた目で俺を見ている。
「聖晶神との共闘なんて、とんでもない! こいつは、あの
わざわざ俺を指差して、黒崎に訴えかける。
「……お前の言う事はもっともだが、あの地球人の軍勢は、不確定要素だ」
黒崎はハナビに答える。
「近藤らだけなら楽に勝てるが」
「おい!」
「予定外の地球人の軍勢が加わった。計画に影響が出ないよう、排除する必要があるだろう」
「それは、イエスですけど……」
ハナビと呼ばれた少女は悔しそうにした。
「それでもノー、受け入れられません」
彼女は、きっと俺をにらんだ。
「あんたが作った神聖境界線のせいで……どうせ自分たちは善い事をしたと勘違いしてるんでしょう! 私の言ってる事が分かる?!」
そんな一方的に言われても、と返したいところだが。
「分からないでしょう! あんたとは絶対に一緒には戦えない!」
「……」
俺は、神聖境界線を作った当時のことを思い返していた。
「……今、アウロラ帝国の領土になっているケセドの里は、魔族の大規模な集落があった場所だ」
「!」
「アダマス王国の内部にも、昔は人と魔族が共存する村があったな……」
俺が境界線を作ったせいで、境界線の内側に残された魔族たちは逃げられずに、一方的に人間に狩られていった。
クリスタルの祭壇の前で、当時の聖堂騎士長は誇らしげに報告した。
邪悪な魔族たちをことごとく討ち滅ぼしました、と。
それを聞いて俺は、その騎士長と、自分を殴ってやりたい気持ちでいっぱいだった。
魔族の侵攻で疲弊した人々を救うための結界だったはずだ。
だが守られて調子に乗った人間は、魔族を一方的に攻撃して追い出すようになった。無抵抗な子供まで関係なく、異端とみなした者を攻撃したのだ。
いったい、どちらが正義だったのだろう。
人々は俺を光の神と呼び讃えたけれど、魔族からすれば俺は……。
「……お前の言う通り、俺は人間可愛さで魔族を沢山殺したよ。だけど、それがどうした? 魔族が何人死のうが知ったこっちゃないね」
彼ら魔族にとって俺は、大義名分を掲げた殺人者に過ぎない。
善人ぶっても仕方ないと腹をくくった。
本当に、なんで俺なんかが光の神とか、聖晶神とかって呼ばれてるんだろう。意味が分からない。
「……」
ハナビが、変なものを見る目で俺を見ている。
なんでだ。
「……あんた本当に聖晶神ですか?」
「不本意ながら」
「……」
ダークエルフの少女は眉ねを寄せて黙りこんでしまった。
黒崎が会話に割って入った。
「ハナビ、神聖境界線を張られる前に、光の神どもを倒せなかったのは、我ら魔神側の落ち度だ」
「あの頃のベルゼビュート様はまだ」
「だが今は、むざむざ境界線を敷かれはしない。近藤枢、もう一度、神聖境界線を作る前にお前を殺す」
何か言いかけたハナビを制し、静かにこちらを見据える黒崎。
殺す、と言ったのに、奴の瞳には不思議と殺意が感じられなかった。
俺は笑って答える。
「好きなだけ邪魔をすればいいさ。何度、壊されても作り直せば済むし。せいぜい頑張れよ」
今度はもっと高性能な結界を張ってやる。
魔族と人間が交流できるような、条件次第で出入り可能になるやつ。いつか境界線を敷かなくても良くなるようにしたい。いくらでも、方法はあるはずだ。
地上に設置しておいた
目の前には廃墟になったタンザナイトの街と、地面に縫いとめられた宇宙船がある。
「あっ」
夜鳥が声を上げた。
宇宙船を拘束していた石の柱の一本がバキリと割れる。
よく見ると、宇宙船の上部に付いた砲台から赤い光線が発射されていた。光線で時間を掛けて石の柱を焼き切ったらしい。
「……そこにいるのは近藤くんですか」
宇宙船から佐々木の声がする。
俺は宇宙船を見上げて返事をした。
「ああ。佐々木さん、撤退する気はないのか?」
「いいえ。もしかして和平交渉ですか? 優しい近藤くんらしいですね」
佐々木さんは、俺が平和ボケした日本人の学生だと勘違いしているらしい。
こっちは異世界で千年サバイバルしてたんだよ。
今さら、戦うべき時と、友好的に会話するべき時を、履き違えたりしない。
「そうか、地球に帰ってくれないのか。それなら仕方ない。佐々木さん、ちょっと死ぬ覚悟してね」
俺はにこやかに告げると、黒崎に向き直った。
黒崎は嫌そうにする。
「……手を貸すのは、この一度だけだ」
「二度も頼まねーよ」
黒崎の念押しに、俺は軽口を返す。
俺の返事に「フン」と鼻を鳴らし、黒崎は前方に手を伸ばした。
黒い炎が奴の前にとぐろを巻く。
炎の中から、禍々しい気配を放つ長い柄の槍が現れた。
鮮血を凍らせたような赤い刃の根元から、絡み付く蛇の装飾が槍全体に施されている。
もしかしてと思い、密かに鑑定すると「神器・虚無の毒槍オエングス」と表示された。
「攻撃魔法と猛毒付与を最大威力にする神器か」
「余所見をしている場合か、近藤枢」
「はいはい」
俺も片腕を上げると、自分の神器を召喚した。
先端に青い結晶の付いた白銀の杖。
軽く一回転させて持ちやすい位置を握る。ヒュンと耳に心地よい風を切る音がした。
その時、宇宙船を拘束する二本めの柱が焼き切れた。
ずるり、と横滑りして浮かび上がる宇宙船を見据えながら、魔法を使う。
「
範囲は、宇宙船を中心にタンザナイト周辺。
これは守るための魔法ではない。
「
結界をそのまま縮小する。
六角形の水晶のかたちをした結界が、カプセルのように宇宙船を覆った。
「穿て。
黒崎が神器を無造作に投げる。
ちょっと待て。手放していいのか。
疑問に思う俺の前で、槍はサクッと結界を貫いて、宇宙船の外壁に突き刺さった。
「なっ……?!」
槍が刺さった場所から炎と煙が立ち上った。
ドロリと宇宙船の外壁が溶ける。
「オエングスは岩すら溶かす毒を撒き散らす……苦しんで死ぬがいい」
俺がカプセル状に結界を張ったせいで、佐々木たちは猛毒から逃れる術はない。
「枢っちと黒崎の合わせ技、えげつないな……」
真の顔が引きつっている。
俺もそう思うよ……。
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