119 嘘と真
枢は「地上に戻れるように
すぐに飛んで来ないのは慎重な枢らしい。
椿は、迷子報告を終えてぐったりした。
「どうして私が、迎えに来て、なんて恥ずかしいことを頼まなきゃいけないのよぅ」
「まあまあ」
真が胡散臭い笑顔で、とりなしてくる。
元はと言えば、この男が全然役に立たないからだと、椿は八つ当たり気味に思った。
共に旅をしていた時から気にかかっていたが、真は戦闘に参加せず、雑用も手抜きで、口先ばかりの男だ。椿の嫌いなタイプである。なぜ枢は、彼のようなだらしない男を親友扱いしているのだろう。
「……私は、付近のモンスターを狩ってこよう。ツバキ殿は、ゆっくり休まれるといい」
「ええ。ありがとう、助かるわ」
それに比べサナトリスの頼りになること。
壁際の瓦礫に腰かけた椿を置いて、槍を手に颯爽と出て行った。
「二人きりになったね」
「……」
嫌いな真と二人になり、椿は緊張した。
真は、くすりと笑って距離を詰め、隣に座ってくる。
「邪魔な大地も、真面目な枢っちもいない、絶好のチャンスだな。ずっと旅が続いてたから、欲求不満なんだよね」
「……離れなさい。それ以上、近付くと冷凍するわよ」
真の言動に不穏なものを感じ、椿は杖を引き寄せた。
しかし警戒は遅かった。
「いかさま」
真の呟きと共に、体ががくんと重くなる。
レベル交換のスキルを使われたのだと知って、驚愕する。
「なっ、何を考えてるの、あなたは!」
「椿ちゃん、魔族の割には、こういう色事慣れてないよね。誰かさんのために我慢してた?」
椿を壁際に追い詰めて、ゆっくり手を伸ばしてくる真。
もともと素手で戦う術を持っていない椿は、なすすべもなく彼に押し倒された。
「カーワイソーな椿ちゃん。一番頼りになる枢っちは心菜ちゃん一筋だし、大地は椿ちゃんの心を思いやるほど、頭が良くない。君は一人きりだ」
「や、やめて……!」
「どこかの彼氏くんは、地球を滅ぼすことしか考えてないし」
「永治が私のことを考えて行動してるって、あなたが言ったんじゃ」
「ああ。あれは嘘だよ?」
ガンと頭を殴られたように感じた。
黒崎永治は、本当は椿を想って行動していると、そう言ったのは他ならぬ真だった。
それが嘘だったとすれば、いったい何を信じれば良いだろう。
黒崎当人は、一度も椿に声を掛けていない。
まだ黒崎が椿に情があると、証明できるものは何ひとつないのだ。
「俺が慰めてあげるよ」
呆然と仰向けに横たわる椿をのぞきこんで、真はゆっくり上着に手を掛ける。
その時、轟音と共に壁が割れた。
「っつ」
「……
椿の上の真が、吹き飛ばされる。
壊れた壁の向こう側に立っていたのは、不機嫌そうな顔をした黒崎永治だった。
椿は、愕然とした。
「永治……?」
こんな絶妙なタイミングで現れるなんて、夢か何かだろうか。
黒崎は苦々しい表情だ。
「どうかしている……見え透いた茶番に付き合って、俺は」
「永治!」
椿は、恥も外聞も気にせずに、彼の胸に抱きついた。
黒崎の動きが止まる。
「どこに行くつもりなの? 私を置いていかないで……!」
「……」
ガバッと抱きついて顔を伏せている椿には見えなかったが、黒崎は困った顔になっていた。
「……ちょうど、お邪魔したみたいだなー」
「近藤枢」
複数の気配が、狭いダンジョンの地下通路に唐突に現れる。
椿を追って転移してきたらしい、枢とその仲間だと、雰囲気で分かった。
慌てて離れようとする椿を、なぜか黒崎の腕が引き留める。
「どうした、真。そんなところに転がって」
「痛い痛い痛い。枢っち、俺を労って~」
「あー、はいはい。何となくお前がしでかしてた事が分かったぞ。またお節介な事をして、自分から悪役になりやがって」
枢は、真に治癒魔法を掛けたようだ。
そのやり取りで、椿にも、さっきの真は演技していたのだと知れた。
しかしいくら演技だとしても、乱暴に押し倒された椿には到底許せない所業だ。やっぱり真は嫌いだと思う。もうちょっと他にやり方はなかったのだろうか。
真の方は見ないようにして、椿はこっそり周囲を見回した。
戻ってきたサナトリス、転移してきた枢と心菜と夜鳥、リーシャン……関係者勢ぞろいで、ダンジョンはいささか手狭のように感じられた。
枢と黒崎の間に緊張感が漂っているせいもある。
「まだこんなところにいたのか、黒崎。もしかして、お前も佐々木さんに邪魔されたのか?」
枢が黒崎に問いかけた。
「……相手をするまでも無いだけだ。
黒崎が前を見据えたまま、女性の名前を呼ぶ。
ゆらりと闇が動いて、白い巫女衣装を着た銀髪のダークエルフが姿を現した。
「ここでバトルを始めるつもりですか? もう地球が滅ぶのは確定したんだから、別にいいじゃないですか、帰りましょうよ」
ハナビと呼ばれたダークエルフは、気の進まない様子で肩をすくめてみせた。
「地球が滅ぶことが確定した……?」
枢が訝しげに反問した。
椿も疑問に思う。黒崎が滅ぼさないとしたら、いったい誰が地球を滅ぼすのだろう。
黒崎も納得していないようだ。
「ハナビ、誰が地球を滅ぼすか分からないのだろう。未来は常に不確定だと言ったのはお前だ」
一方の枢は腕組みして、人差し指で二の腕を叩いている。
「うーん、アマテラスも似たようなことを言っていたし、気になるな。これはさっさと佐々木さんを片付けて、地球がどうなってるか見に行かないと。黒崎、一時休戦しないか」
「なんだと?」
「お前の攻撃魔法なら、あの宇宙船の装甲を貫けそうだな、と思って」
気安い口調で、共闘を提案してくる枢に、椿は目を見開いた。
おそるおそる見上げると、黒崎の表情は硬化し、冷気があふれだしている。
「……随分と貴様に都合の良い話だな、近藤枢。たとえ佐々木を排除して地球が滅びる前に辿り着けたとしても、俺にメリットは何ひとつ無い。この手で地球を滅ぼせるにしても、お前という邪魔が入るのだからな」
黒崎の怒りは当然だ。
枢は黒崎の力を一方的に利用しようとしているのだから。
しかし枢は、ひらひらと片手を胸の前で左右に振った。
「じゃあ、邪魔しないって約束してやるよ」
「なんだと?」
「滅ぼしたきゃ、滅ぼせばいいよ。俺は邪魔しない。本当に椿とお前がそれを望んでいるなら、友人として見送ってやる」
思わぬ言葉に、椿は驚愕して枢を見た。
一瞬、友人とは黒崎の事を指しているのかと思った。違う。枢が言っている友人とは、椿の事だ。その証拠に、さっきから枢の視線は椿の方を向いている。
絶対、説得して引き返させようと、椿は決意を改めた。
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