116 守りたいもの

 復活したリーシャンが、俺の頭によじ登って小躍りする。

 

「わーい、カナメ、竜に変身できるようになったんだ。仲間ナカーマ!」

「そういうスキルが追加されただけだ。ってか、俺の頭の上で踊るな」

 

 頭の上に手を伸ばしたが、リーシャンは器用に俺の手をかわした。

 

「遊んでる場合じゃないだろ! 枢、タンザナイトが」

 

 夜鳥が青ざめた顔で、俺とリーシャンに突っ込む。

 

「ああ」


 タンザナイトは、夜鳥の出身国だ。

 確かダンジョンの上に立っている国で、冒険者相手の商売で国益を上げているんだっけ。

 俺はリーシャンを振り払うのを諦めて腕組みした。

 

「正体不明の軍勢がダンジョンから沸いてきたらしいが……さて、どうやってタンザナイトに行こうか」

 

 タンザナイトとアダマスをつなぐ転送ポートは設置されていないから、早く行こうと思ったら空を飛んでいくしかない。

 

「ふふふ。私の出番ね……!」

 

 椿が胸を張る。

 雪の結晶の飾りが付いた杖を振り、彼女は呪文を唱えた。

 

召喚サモン! 白クマくんアイス!」

 

 なんだその召喚獣の名前は。

 大聖堂の外に、もくもく白い雲が沸いた。

 雲は巨大な白クマに見えなくもない。

 

「さあ乗っても良いわよ! そして快適なフカフカ具合に恐れおののきなさい!」

「主旨ちげーじゃん。あれ、どう見ても遅いだろ」

 

 鈍重そうな雲を見上げ、俺はこめかみを揉んだ。

 雲から縄梯子が降りてくる。

 仕方ない。せっかく召喚してくれたのだから有効活用しよう。俺たちが縄梯子を登って雲の上に着くと、リーシャンが元の巨大な竜神の姿に戻った。

 

「僕が引っ張って行ってあげる!」

 

 縄梯子をくわえて全力飛行を始めるリーシャン。

 雲がすごい勢いで動き始める。

 

「ちょっ、雲、けずれて消えてってないか?!」

「おかしいわねー」

 

 高速飛行に端から削れていく白い雲。

 雲の面積が広いから、今は俺たちの乗る場所があるが、この調子で削れていったら、その内消えてなくなるのではなかろうか。

 

「スリル満点な乗り物ですね!」

 

 と、楽しそうにする心菜。

 

「お前ら、いい加減にしろよ! 着くまでに装備の点検とか、作戦を考えるとか、いろいろすることがあるだろう!」

 

 常識人で真面目な夜鳥は怒っているが、誰ひとり反応する気配は無い。

 装備の点検か。そういえば……。

 

「真、これ、持っとけよ」

 

 俺は銀色のイヤリングを、真の手のひらに落とした。

 

「これ何?」

「死風荒野で、毒を無効にするアイテムを作って皆に配ったんだ。その余り」

 

 心菜と真以外には渡していたので、念のため、だ。

 心菜に渡している青い鳥の髪飾りは、特殊攻撃、精神攻撃、状態異常を無効化するから、これは必要ないだろう。

 

「ありがとう枢っち。俺は状態異常に耐性あるけど、必ず無効化できる訳じゃないから、心強いぜ」

 

 真は嬉しそうにアイテムを受け取った。

 

「誰かさんがいわく、仲間の証、だったかな」

 

 サナトリスがくすりと笑う。その後ろで大地が「おえっ」と口元を押さえた。

 

「酔ったっす……うぅ」

 

 吐くなよ!

 そんなこんなで、雲が全部消える前に何とかタンザナイトに着いた。

 

 

 

 

 上空からタンザナイトの街を俯瞰すると、砂漠の中のオアシスに見える。

 四角い黄土色の建物が連なっており、要所で背の高い塔が存在感を主張していた。普段、冒険者が行き交っているだろう往来は、不気味な静けさに包まれている。

 突然、街の中央で爆音が響いた。

 広範囲に渡り砂埃がまき散らされる。

 砂埃の下から垣間見えるタンザナイトの街には、数キロメートル四方に及びそうな大穴が開いていた。

 リーシャンが縄梯子を放して声を上げる。

 

「ホルス?!」

 

 空に舞い上がった黄金の鷹が、地下から伸びた赤い線に撃ち抜かれた。

 あれはタンザナイトの天空神ホルスだ。

 羽を散らして地面に落ちるホルスを追い、俺は雲から飛び降りた。

 

「何があったんだ、ホルス!」

 

 神々しい鷹の胸に穴が空き、血がこぼれだしている。

 胸の傷からは禍々しい黒い力が感じられた。

 

『おまえは、聖晶神か……頼む。どうかタンザナイトを』

「ホルス!」

 

 俺の伸ばした手の先で、羽毛が光となって消滅する。

 そんな、天空神ホルスが死ぬなんて。

 

「枢! この穴は……!」

 

 俺を追って飛び降りた夜鳥たちは、街の中心に空いた穴を睨んでいる。

 空気に混じる刺激臭に俺は顔をしかめた。

 油性マーカーのキャップを外した時にする、シンナーの匂いみたいだ。

 まさか、毒か。

 気になってマップを展開すると、広大なタンザナイトの街の中で、生体反応は俺たちだけだった。

 

「タンザナイトの国民は死に絶えたのか……だからホルスの不死性が消えた?」

 

 神であるホルスの呆気ない死の理由を悟って、俺は戦慄する。

 地面に空いた大穴からは、毒の匂いがまき散らされている。

 ここにも毒が漂っているようだが、仲間には毒を無効にするアクセサリを配っているので大丈夫だ。

 深い穴の中は、壊れたダンジョンの壁や階段が、バームクーヘンの断面図のように見えていた。

 俺はマップを操作して敵性反応を探索する。

 穴の底に敵を示す赤い点が複数現れた。

 

「なんだ、あれ……?!」

 

 夜鳥が短剣を抜きながら、震える声で言う。

 空中を浮上する鉄板と、全身を覆う防護スーツを着て銃を持った複数の男たち。

 その中心に場違いなビジネススーツの眼鏡の男がいる。

 

「佐々木……?!」

 

 地球で別れたはずの、国家非常対策委員会の佐々木さんだった。

 

「久しぶりですね、近藤くん。元気にしていましたか?」

 

 佐々木はにこやかに言った。

 状況から見て、この侵略者の軍勢を指揮しているのは彼だ。

 いったいどうして……。

 

「佐々木さん、なんで異世界に」

 

 俺が問いかけると、佐々木は飄々と答える。

 

「異世界攻略の目途が付いたので、来ました。近藤くんが異世界に行ってから、地球では何年も過ぎたのですよ」

「時間の流れが変わったのか……異世界攻略だって?」

「異世界には希少な鉱物資源や、まだ見ぬ食糧が沢山ありますからね。まずはここに拠点を立てて」

「佐々木さん!」

 

 流れるように説明する佐々木の言葉をさえぎって、俺は声を上げた。

 

「ここで異世界の人たちが平和に生活していたんだ。それを毒ガスで殺したのは、佐々木さんなのか?」

「……やられる前にやれ、というでしょう。異世界の人間が敵だったらどうします? 油断している今の内に征服してしまわないと」

 

 冷たい表情で、佐々木は肯定する。

 俺はギリギリと歯を食いしばった。

 

「ふざけるな!」 

「近藤くん、君は原住民の味方をするのですか?」

 

 佐々木は、片手を上げて合図する。

 マスクとヘルメット、防護スーツで身を固めた男たちが、一斉に銃声をこちらに向けた。

 

「プレイヤーの皆さんは異世界に愛着がありすぎる……ですが我々の地球の発展のために、その感情は不要なのです。さようなら――」

 

 男たちが銃を発射する寸前、俺は叫んだ。

 

増幅魔法アンプリファイア、連結。盾運魔法式スクワイア、起動!――金剛石盾ダイヤシールド×100!!」

 

 まばゆい光の盾が空中を舞い、叩きつけられる銃弾を完全にシャットアウトする。

 佐々木が「ほう」と感嘆の吐息をもらした。

 弾幕が途切れる。

 俺は、防御魔法を操る手を止めずに宣言した。

 

「ホルスに頼まれたんだ――この人界を守護する者のひとりとして、たとえ敵が故郷の地球だったとしても、俺は戦う!」

 

 もう一人の自分との統合の際に、アダマスの民の願い、沢山の人々の想いを背負っていると知ったから、俺は異世界を自分のいるべき場所に選んだ。

 これ以上、異世界おれのせかいを荒らさせない。

 お呼びでないお客様は、速やかに地球に戻って頂こう。

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