112 逆転

 枢との通話を切って、真は息を吐いた。

 彼らはアダマスの大聖堂にいる 。

 転移魔法を使って飛んできた当初は、大聖堂は魔族の侵略により緊張感に包まれていた。だが今は守護神の帰還によって希望が見えたため、神官たちも安心しているようだ。

 

「枢っちが帰ってきたら、急いで黒崎を追おうぜ」

 

 決定した方針に、大地だけは唇を尖らせてムッとしている。

 恋敵に塩を送るのは嫌なんだろーな。

 まったく世話がやけるぜ。

 また猪突猛進に突っ走って、味方をピンチに陥れなきゃいいけど。

 真がそう思っていると、空中から声がした。

 

「……話は終わった?」

 

 見上げると、大聖堂の天井近くに、半透明のローブを着た若い男が浮いている。

 

 

 シノノメ Lv.1003 種族: 魔族 クラス:死神

 

 

 魔界に帰ったんじゃないのか。

 魔神ベルゼビュートの配下で一番ヤバイ奴が、なんでこんなところにいる。

 真は戦慄した。

 

「残念だけど、黒崎は君たちに救って欲しいなんて考えてないんだよ……」

 

 シノノメの額に筋が入り、中央から割れる。

 不気味な第三の瞳が現れた。

 額の中央の瞳が赤く光る。

 近くにいた神官が凍りついたように動かなくなり……一気に石化した。

 

「てめえ……っ」

 

 大聖堂のあちこちから、うめき声が聞こえる。

 石化に驚愕するアダマスの神官たちの声だ。

 

「黒崎は優しいから、詰めが甘いんだよね。それはアダマスの守護神も同じなようだけど。僕はね、黒崎にアダマスを譲ってもらったんだ」

「こんなことをしたら、枢が怒って、お前らの本拠地を滅ぼすぞ!」

「別にいいよー。死風荒野は、僕の城じゃないもの」

 

 シノノメは無邪気に笑って両腕を広げた。

 

「アダマスはクリスタルに守られし石の国なんだよね。これからは石像が立ち並ぶ死霊の国になるんだ。あはっ、ナイスな皮肉だと思わない? 今日から僕がこの国の主となる!」

 

 夜鳥が「くそ」と吐き捨てた。

 

「体が、動かない……!」

 

 真たちの体が、足元から灰色に変わっていく。

 リーシャンが床に落ちてもがいている。

 神官たちよりレベルが高い分、真たちは石化に時間が掛かっているのだ。

 

「なんで私は石化してないの?!」

 

 椿が一人慌てている。

 彼女には石化の効果が及んでいないようだ。

 シノノメが笑って言った。

 

「椿さん、あなたは黒崎から頼まれてるから、石化させない」

「シノノメ!」

 

 椿が水氷属性の魔法を放つ。

 しかし魔法の攻撃は、あっさり半透明の体をすり抜けた。

 

「効かない?!」

「僕にはね、霊体に通じるような特殊攻撃じゃないと、一切の攻撃は通じないんだよ」

 

 真が最後に見たのは、空中に浮かぶシノノメが、優しい仕草で椿の頬を撫でるところだった。

 

「眠ると良いよ、椿さん。王子様が目覚めのキスをしてくれるまで、ずっとね……」

 

 

 

 

 異変を感じた俺が心菜と一緒に大聖堂に戻った時には、既にことは終わった後だった。

 

「椿さん! 皆……!」

 

 心菜が床に倒れて眠る椿に駆け寄って、肩を揺さぶる。

 真たちは灰色の石にされていた。

 大聖堂だけじゃない。

 国中の人間が石にされている。

 

「シノノメ……俺は帰れ、って言ったよな……?」

 

 静かな怒りを滲ませて、睨む俺に、シノノメはくすくす笑った。

 

「やだなあ。帰れって言われて素直に帰る僕じゃないよ」

 

 甘く見ていた。

 シノノメは、俺が出会った中でも指折りの強敵だ。

 結界を何重にも張って、邪悪な魔法が効果を発揮しないよう、守護していたアダマスの王都で、人々を石化させるなんて。

 

「その額の目自体が、お前のスキルの現れなんだな」

「そうだよ。メデューサの魔眼。僕の死神クラスとの相乗効果で、無差別広範囲に石化を振り撒く代物さ」

 

 心菜は俺の渡した髪飾りで防御してるから、石化しないだろうが……量産して皆にも配っておくんだったな。

 こうなったら、神にも通じる斬撃スキルを持つ心菜だけが頼りだ。

 

「何回でも殺してあげます」

 

 日本刀を抜いて、心菜が物騒な宣言をする。

 

「あはは、僕は死神だから、死にはしないんだよ……それよりも」

 

 シノノメは瞬間移動して、俺の背後に現れた。

 

「っつ!」

「自分の心配をした方がいいんじゃない? アダマスの守護神」

 

 巨大な鎌が、俺の体を貫く。

 一瞬、やられたと思ったが、痛みは無く、血が流れる様子もない。

 代わりに悪寒が走り、力が抜けていくのを感じた。

 しまった……!

 

「君も神クラスだから、当然不死だよね。だけど僕の鎌は魂を砕くんだ。具体的には、MPの最大値を削る。君や僕みたいな不死特性の神は、HPじゃなくてMPが本当の体力値だからね。MPが尽きたら消滅してしまう」

「てめえっ……!」

「君を神にしたアダマスの国民は全滅した。無限のMPはもう無い。ふふふ……」

 

 こいつは俺の天敵だ。

 大聖堂に入れてしまった時点で、勝負が付いていたのか。

 がくりと膝を折った俺に、シノノメは囁きかける。

 

「もう戦わなくていいんじゃない? 大好きな恋人と再会したじゃない。君の千年の旅は……終わったんだよ」

 

 温かい闇が迫ってくる。

 ひどい眠気が襲ってきた。

 心菜の「枢たん!」と叫ぶ声が、遠く聞こえる。

 ああ、そうか。

 千年クリスタルの体で頑張ってきたのは、恋人の心菜と再会するため。

 再会した今、もう頑張る必要は無いんだ。

 俺は……心菜さえ生き延びてくれれば、それでいい。

 

「枢たん!」

 

 お前が無事なら、それで良いんだよ。

 

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