111 本当の目的は
数百年以上もの間、人界を守り続けてきた
新しい神聖境界線を張るのには時間が掛かる。それまで人界は無防備な状態になってしまう。
魔神ベルゼビュートこと黒崎は、高笑いして通り抜けて行った。
「……先回りしようか」
ベルゼビュートの後を追って飛ぼうとするリーシャンに、俺は声を掛ける。
「先回り?……あ!」
「うん。もう魔界はとっくに出たし、馬鹿正直に追いかける必要ないよな。あいつの行く先もはっきりしてるし」
「カナメ、あったま良いー!」
「というか、もっと早く気付いたら神聖境界線、壊されなかったんじゃ」
突っ込むな夜鳥。俺もそう思いかけてたとこだったんだよ。
ともあれ俺は転移魔法を使った。
全員をアダマスの大聖堂に転移させる。
一瞬で場所が変わって、足元に紺色の絨毯が敷かれた屋内の景色になった。
「カナメ様!!」
すぐに気付いた神官が寄ってくる。
「よくお戻りになられました。魔族たちが」
「分かってる」
俺は聖晶神の杖を手に、魔法を使った。
「
アダマス全土を覆う巨大な結界を発動する。
ちょうど、結界を張り終えた直後に、何かがぶつかってくる手応えを感じた。ベルゼビュートが炎の渦をぶつけてきたらしい。間一髪だな。もし結界が間に合ってなければ、アダマスの一部が焦土と化していただろう。
ん?
無意識に周囲の状況を確認して、気付いた。
王都の外に魔族の大群がいる。
そこには、心菜の気配もあった。
「……ちょっと行ってくる」
「枢っち?!」
真が目を丸くするのに手を振って、転移魔法を使う。
今度は自分ひとりだけで、王都の外へ。
「心菜……」
そこには、半透明の敵の魔族を刀で刺して、地面に縫い止めている心菜の姿があった。
彼女は顔を上げると、驚愕した表情で俺を見る。
すぐにくしゃっと顔を歪めて、泣きそうな笑顔を浮かべた。
「枢たん……心菜、頑張りました。敵の大将を倒しましたよ」
心菜が串刺しにしている魔族は、クラスが「死神」の大物だ。
俺は早足で歩み寄って、心菜の肩を抱いた。
「アダマスを守ってくれたんだな。ありがとう、心菜。助かった」
「もっとお礼を言ってください。愛してるも追加でお願いします」
「恥ずかしいから却下」
記憶が戻ってから初めての会話だ。
あるべきものがあるべき場所に戻ったような、安心する感覚があった。
ああ、このまま二人でどこか観光地にでも行ってゆっくり休みてーな……。
「君たち、ひとの上でラブシーン繰り広げないでくれる?」
串刺しにされた魔族が文句を言った。
日本刀が胸に突き刺さっているのに、血が出る様子もなく平然としている。霊体だからだろうか。HPは消滅ギリギリまで減ってるんだけどな。
「ああ、悪い悪い。名前はシノノメだっけ?」
「うん。君が噂の聖晶神か。僕らをどうするつもり?」
「そうだな……」
俺は戦場を見回した。
心菜が大将格を倒したおかげか、魔族たちの四分の一程度は逃走を始めているようだ。残る魔族は、戦意に燃えているか、逃走か逆襲か決めかねているかのどっちかだった。
「
魔族の群れに、停止の魔法を掛ける。
ここアダマスで守護神の俺の魔法は、称号の効果によって威力が倍増する。広範囲に及んだ魔法は、付近の魔族すべてを拘束した。
「シノノメ、お前らのボスの魔神ベルゼビュートに伝えろ。このままアダマスを侵略するなら、俺はここにいる魔族を皆殺しにして、お前らが渡ってきた転移魔方陣から
「!!」
シノノメは霊体の癖に、顔色を青くした。
「ええっ?! 君は光の七神なんだろ! そんな脅迫みたいな」
「脅迫してるんだよ。さっさと伝えろ」
慌てて通信魔法を使うシノノメから視線を外し、戦場を見渡す。
俺の出現に気付いたアダマス聖堂騎士たちは、傭兵部隊に指示を出して撤収の準備を始めているようだ。
近くに倒れている聖堂騎士の死体の、開いたままの瞼を、俺は屈んでそっと閉じてやった。
間に合わなくて、ごめんな。
「枢たん」
「もう少しで終わるから、待っててくれ」
シノノメに刀を突き刺したままの心菜を励ます。
少しして、シノノメは通信魔法を切って俺に声を掛けてきた。
「……僕らは撤退する。これ以上は何もしないから、魔界に帰して欲しい」
「分かった」
俺は頷いて、心菜に目配せした。
心菜は慎重に刀をシノノメの体から抜く。
自由になったシノノメは、穴の空いた胸をさすりながら空中に浮かんだ。
「いったー! 痛いの嫌だから感覚の無いゴーストになって、数百年かけてやっと死神にクラスアップしたのに! まだ痛いとか嫌すぎるぅ~」
「うるさい。さっさと魔界へ帰れ」
俺がしっしと追い払う仕草をすると、シノノメは「あっかんべー」と舌を出してから消えた。子供か。
刀を鞘に戻す心菜。
俺を見上げて嬉しそうに言う。
「枢たんが来たら、あっという間に全解決しましたね」
「……そうだな」
「枢たん?」
うまく行き過ぎだ。
何か裏があるんじゃないか。
「……」
「かーなーめーたーん?」
そういえば、そもそもベルゼビュートの目的って何だっけ。
最初に出会った時、黒崎は別の目的を言ってたよな。
異世界アニマを存続させるために、地球を滅ぼすって。
「魔界にダンジョンは無い。ダンジョンで有名な国は、タンザナイト。神聖境界線の内側にある国だ」
俺は左手首の紐についた金色の小石をつかんで、リーシャンに呼び掛けた。
「おい、リーシャン」
『はーい、こちら神様連絡網だよー』
なんか通販みたいだから、そのネーミング止めて欲しい。
「魔神ベルゼビュートは、今どこに向かってるか分かるか?」
『あれ? そういえばアダマスから気配が遠ざかってるよ。諦めたのかな』
「奴が向かってる方角って、タンザナイトがある方角じゃないか」
『言われてみればそうかも』
予想は大当たり、だな。
『枢っちーー!』
『わあマコト、途中で割り込まないでよー』
『悪い悪い、ちょっと借りるわ。あのな枢っち。黒崎の目的について、なんだけど』
真がリーシャンから通話を奪ったらしい。
幼馴染みの軽快な声が聞こえた。
『あいつなー、根は純心なんだわ。結局のところ、幼い頃に自分と椿ちゃんを苦しめた奴らに復讐したいってだけなんだよ。弱者を放置する日本の政治も気にくわないから、ついでに世界を滅ぼしちゃおう、って訳!』
「一気に現実的な目的にスケールダウンしたな……」
そういう話なら理解できる……と遠い目をしていると『ちょっと貸しなさい!』と椿の声がした。
めちゃくちゃ大声で叫んでくる。
『永治は私に黙って、自分が全部罪をかぶって悪者になるつもりなのよ! そんなこと許せないわ!』
「椿……声もうちょっと小さく」
『近藤枢!』
「……はい?」
椿の声が、急に弱々しくなった。
『お願い。助けて……』
そんな声でお願いされちゃ、仕方ないな。
「あいつを追いかけて、連れ戻そう。仕方ないから、世界も黒崎も両方救ってやるよ」
通話の向こう側で、歓声が上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます