110 剣の巫女

 足が速い動物と言えば、普通は馬を思い浮かべるだろう。

 心菜はてっきり、馬に乗って敵の本陣に殴り込みをかけるのだと思っていた。

 

「……なんで牛なんですか?!」

 

 モウー。白黒の鈍重そうな生き物が、心菜をたしなめるように鳴いた。

 アダマスの王都に攻撃している魔族の背後に回り込むため、遊撃隊を組織して欲しいと申し出た彼女が目撃したのは、騎士や傭兵たちと一緒に集められた牛の群れだった。

 

「落ち着いて下さい、ココナ様。これには深い訳が」

「聞くだけ聞いてあげましょう」

 

 心菜を案内した神官が、どうどうと心菜をなだめる。

 

「ここアダマスは、元は山に囲まれた森の国です。馬が駆け回るような草原はありませんでした。馬を育てようと思っても、岩場でこけて足をくじいてしまったりして、使い物にならなかったのです」

「だからって何で牛さんですか? 牛は鈍いじゃないですか」

 

 招集された傭兵たちも、心菜の言い分にうんうんと頷いている。

 彼らはアダマスの国民ではないので、馬の方が馴染み深いらしい。

 

「意外と速いですよ、牛。岩を踏みつぶして走りますし」

「岩を踏みつぶす???」

「ああ、ではココナ様は山羊に乗ってはどうです? 牛よりも速いですし」

「ヤギ……」

 

 連れて来られた山羊が嫌そうな顔で「メエー」と鳴いた。

 足はすらりと長く引き締まっていて、確かに牛よりは速く走りそうだ。

 

「はははっ、嬢ちゃんには、そいつの方がお似合いかもな」

 

 傭兵たちが、心菜を馬鹿にしたように笑った。

 

「戦場に女子供が来ても役に立たねえよ。せいぜい邪魔にならないよう、隅っこにいな」

 

 心菜は無言になって、愛用している日本刀を召喚する。

 高速で抜刀して、馬鹿にした男の喉元に突きつけた。

 

「足手まといになるのは、どっちでしょうね……?」

「……!」

 

 今の見えたか、と傭兵たちは目だけで会話した。

 心菜の実力を悟った男たちは静まり返る。

 

「遊撃隊は、私の命令に従ってもらいます」

「ええ?!」「おい……」

「私は、剣の巫女。私の意思は、勝利をもたらす神の意思と知りなさい」

 

 抜き身の刀身を持ったまま宣言する。

 異世界でウェスペラの巫女であった頃を思い出して、背筋を伸ばし腹筋に力を入れた。

 威厳があるように見えればいい。

 胸をはって周囲を見回すと、目が合った神官が頭を下げた。

 神官の動作をきっかけに、傭兵たちの心菜を見る目が変わる。

 

「……いいぜ。勇ましい女は嫌いじゃない。先頭に立って導いてもらおうじゃないか」

 

 無事にリーダーと認められたようだ。

 安堵はおくびにも出さず優雅に刀を鞘に収めると、最初の指示を出した。

 

「一時間以内に準備を済ませなさい。魔族が有利になる夕刻になる前に、討って出ます!」

 

 

 

 

 牛はすごかった。

 走り出すとともに目の色を変えて、普段の温和な草食動物が凶暴な肉食動物に変身したように見えた。足元の障害物は全部、蹴倒し踏み倒し、一直線に走る。アダマスの牛は、心菜の知っている牛とは違うのかもしれない。

 

「これ、敵に見つかるんじゃ……」

「大丈夫ですよ。私たちが結界魔法を応用して、音が響かないようにしているので」

 

 心菜の前後を走る、牛に乗ったアダマス聖堂騎士がにっこりフォローした。

 聖堂騎士というクラスにふさわしい銀色の立派な鎧を着ているのだが、牛に乗っているので恰好よさが半減している。本人たちは気にしていないようだが。

 

「見えた! 敵の本陣です!」

 

 迂回して来たかいがあったようだ。

 昆虫型モンスターの群れと、空飛ぶ鯨のような魔獣と、それに乗った人の姿をした上位魔族の姿が見えてくる。

 魔族はまだ、心菜たちに気付いていない。

 

「ココナ様?」

「……」

 

 心菜は揺れる山羊の背中で器用に立ち上がり、バランスを取った。

 日本刀を腰だめに構え、魔族の群れを睨みつける。

 目にものを見せてやる。

 

「……鳳翼一閃フェザースラッシュ!」

 

 距離をはかって、魔族の一群に広範囲攻撃スキルを叩きこむ。

 弧を描いて広がるカマイタチ。

 攻撃範囲にいた雑魚の魔族は、ひとたまりもなくバラバラに切り刻まれた。

 

「奇襲だと?!」

 

 敵の魔族は驚いた様子だ。

 

「今です! 攻撃開始!」

 

 心菜が合図を出すと、鳳翼一閃で切り開かれた戦線に向かって、傭兵たちが雄たけびを上げながら突っ込んでいく。

 山羊から飛び降り、心菜も魔族たちの中に突進し、縦横無尽に駆けた。

 彼女の進んだ跡には魔族の死体が累々と積み重なる。

 

「一撃必殺かあ、やるね」

 

 若い男の声がして、咄嗟に心菜は大きく横に飛んだ。

 心菜の隣で戦っていた聖堂騎士の一人が、唐突にばったり倒れる。外傷もないのに不自然な倒れ方だった。

 

「死んでる……?」

 

 聖堂騎士は呼吸が無く、動かなくなっていた。

 無音の攻撃の元を探して見上げると、空に半透明の人影が浮かんでいる。

 ステータスを隠していないようで公表された情報が心菜にも読み取れる。

 


 シノノメ Lv.1003 種族: 魔族 クラス:死神

 

 

 足元まで覆う灰色のローブを着た若い男だった。

 死神というクラスにふさわしく、巨大な鎌を持っている。

 男の輪郭は淡く光っていて、服も持っている鎌も、空に溶け込みそうなほど透明だった。そこにいるということを感じさせないほど、存在感が希薄だ。

 敵の大将だと、心菜は直感した。

 

「君、僕と同じ転生者だよね? 仲良くしようよ。あ、この鎌はね、雰囲気作りなんだ」

 

 シノノメは空中を飛んで、心菜に近づいてきた。

 

「本当は戦いたくないんだよ。人間を殺すのも嫌で……黒崎に言われて仕方なくやってるんだ」

「嘘をつかないでください」

 

 心菜は、日本刀の切っ先をシノノメに向ける。

 

「本当だよ。血を見るのは嫌なんだ。だから僕は――魂を攻撃するんだよ」

「え?」

 

 いつの間にかシノノメが持つ鎌が巨大化していた。

 半透明の鎌は心菜の体の中心に突き刺さっている。

  

「セーブポイントに死に戻りで復活はできないよ。魂の死は、本当の終焉だ」

 

 精神攻撃。さきほど聖堂騎士を殺したのは、この一撃だったのだ。

 脱力感が心菜を襲う。

 

「枢たん……最後にもう一度、会いたかったです……」

「……」

 

 死んだかと思った心菜だったが、意識が消えないので目を開く。

 目の前には驚愕の表情を浮かべたシノノメがいた。

 

「なぜだ……? なぜ死なない?!」

 

 いつの間にか、全身をつつむ柔らかい光が、心菜を守っていた。

 温もりの元を探して耳の上に手を伸ばす。

 そこには、枢にもらった青い鳥の髪飾りがあった。

 

 

『何言ってるんだよ。俺はいつも一緒にいるのに』 

 

 

 ずっと、嫉妬にかられて枢に追いつこうと頑張っていた。

 無茶をして逆に枢に迷惑を掛けてしまった。

 そんなことをする必要はなかったのだ。

 大人しくする必要もなければ、背伸びする必要もない。

 ありのままの心菜を、枢は認めてくれているのだから。

 

「ありがとう、枢たん。私は、私がしたいことをします――」

 

 心菜は驚愕しているシノノメに向かって、日本刀を振りかぶる。

 

「てやああああっ!」

 

 アマテラスにもらったスキル「時流閃」の効果。敵が霊的な存在や神である場合、攻撃効果は倍増する。心菜が放った一撃は、シノノメの形なき肉体を切り裂いた。

 

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