109 守護神の加護
心菜は夢を見ていた。
大好きな枢と和菓子バイキングに行く夢だ。枢は意外に甘党なので、ケーキやスイーツを食べに行くのに嫌がらず付き合ってくれる。
「枢たん、知ってますか? ずんだ餅は、伊達政宗が合戦の最中お腹が減って、米が無いなら菓子を食べれば良いのじゃ! と叫んで太刀で豆を切り刻んだのが始まりなんですよ!」
「どこのマリーアントワネットだよ」
枢は呆れた顔だ。
指摘を受けて心菜も「あれ? ずんだ餅ってそういう由来だっけ」と疑問に思ったが、夢の中なので多少間違えてたって構わない。
それよりも、枢と話ができるのが嬉しい。
魔界に入るあたりから、枢と離ればなれでゆっくり話せていない。心菜は、異世界転生でレナとして暮らしていた頃も、一緒では無かった事を思い出して寂しくなった。
「枢たーん、心菜を一人にしないで下さいよぉ」
夢の中なので遠慮せずに、枢に抱きついて胸のあたりに頭をグリグリする。
「何言ってるんだよ。俺はいつも一緒にいるのに」
「え?」
心菜はきょとんとした。
夢の中のふんわりとした空気が急速に薄れていく。夢の外から心菜に呼び掛ける声が聞こえてきた。
「……ココナさん。ココナさん!」
「ふぁっ?!」
誰かが肩に手をかけて揺らしている。
枢や、仲間の椿や真では無さそうだった。
心菜は驚いて飛び起きる。
「ここはどこですか……?」
見回すと、そこは建物の中だった。
厳粛な雰囲気の漂う広間で、足元には柔らかい紺色の絨毯が敷かれている。漆喰の壁や太い木の柱は年代を感じさせるものの、綺麗に掃除されていて、品の良い装飾がされていた。
何か儀式に使う部屋のようだ。
ポカンとする心菜の傍には、困った顔の神官が立っていた。
神官の背後の祭壇に、青く輝くクリスタルが浮かんでいる。
「アダマス王国の……大聖堂?」
「そうです」
心菜の呟きに、神官は頷いた。
「あなたは瀕死となったのですが、カナメ様の奇跡により、この大聖堂で復活されたのです」
そう言われて、シシアに殺されたことを思い出す。
枢は現場の近くにいなかったはずだが、前もって彼が用意していた魔法で、自分が甦ったことは察しが付いた。
「悔しいにゃ……!!」
何もできなかったと歯噛みする。
絨毯をぎゅっと握りしめて後悔した。
神官は黙ったまま心菜を見ている。
その時、地面が横に大きく揺れて、遠く魔法の爆発音が響いた。
「?!」
「……今、アダマス王国は、魔族に攻めこまれているのです」
思わず顔を上げた心菜に、神官は驚いた様子もなく淡々と説明した。
「アダマスは、"最も堅固な盾を持つ"と称される神が守護する国です。アダマス聖堂騎士は、防御魔法や結界魔法の使い手が多いのですが、今、彼らが王都を必死で守っています」
「でも、守ってばかりじゃ……」
「はい。いずれ防御は破られるでしょう。ですが時間を稼いでいる間、市民を避難させる準備が始まっています。ココナさんも、一緒に避難してください」
「……」
「カナメ様も、それを望んでおられるでしょう」
本当に?
心菜は自問自答する。
異世界に来てから、自分勝手に突っ込んで散々、枢にフォローしてもらっている。ここは余計な事をせず、大人しく避難した方が良いのではないか。
「……そんなの、私じゃない」
「ココナさん?」
拳を固く握りしめて、深呼吸する。
「神官さん、アダマスは魔族に反撃しないんですか?」
「……戦争慣れした傭兵や、一部の神殿騎士を迎撃部隊として、組織しているところですが……」
「私も一緒に戦います!」
心菜は立ち上がって、戦意に燃える瞳で神官を見た。
神官は戸惑って瞬きする。
異世界でレナという戦巫女だった頃のことを思い出しながら、心菜は続けた。
「迎撃部隊じゃなくて、遊撃部隊を作って下さい。敵の背後に回り込んで、大将の首を取るんです!」
「そんな過激な……」
「戦争では、やったもん勝ちなのです!」
力説すると、神官は「うーん、私の権限で決められるか」と悩み始めた。
「ほっほっほ。勇ましいお嬢さんだ。善きかな、善きかな」
「ホイップクリーム様!」
白いモコモコ髭を蓄えた老人が、広間に顔をのぞかせる。
老人は、大聖堂で一番偉いグリゴリ大司教だった。
「ココナ様の希望通りに取り計らってやりなさい」
「しかし」
「守るばかりでは勝てぬのは道理というもの。我らの聖晶神は、伝説では盾で攻撃し、魔族を殲滅したというしの」
盾で攻撃したって、まるで枢たんみたいだと心菜は思った。
ここだけの話、まだアダマス守護神が枢本人だと気付いていない……。
神官は項垂れて嘆息した。
「カナメ様は戻られないのでしょうか……」
「期待するのではなく、我ら自身の力を信じるのじゃ。カナメ様が千年の時をかけて育てて下さった、アダマス国民の力を。守護神は常に我らと共にある」
ホイップクリーム様の言葉は、謎かけのように意味深だった。
「ココナ様は思うままに行動されると良い。それがカナメ様の意思じゃ」
「……はい!」
心菜は勢いこんで頷くと、まだ悩んでいる神官の背を押して、クリスタルの間を出た。
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