107 永遠に砕けぬいし

 リーシャンが上空に向かって白光のブレスを吐く。

 天井が吹き飛んで、遥か彼方に青空が見えた。

 空の手前に、強大な魔力の気配を漂わせた黒い影がいる。

 

「あそこまで駆け上がるぞ!」

「キュー!!」

 

 真っ先にウサギギツネのメロンが、夜鳥たちを乗せたまま天井に空いた穴を登り始めた。

 俺とサナトリスを乗せた大蜥蜴も後に続く。

 

「枢っちー!」

 

 穴のふちで、真が手を振っている。

 

「こっちだ!」

 

 手を振り返して、大蜥蜴から穴の開いた床に飛び降りる。

 穴を挟んで正面には、人間の上半身に蟲の下半身の化け物がいた。

 

「……どちらさま?」

 

 なんか見覚えあるなー。

 

「枢っち。黒崎だよ黒崎」

「え? なんでモンスターになってんの? 誰か分からなかったじゃん」

「誰だか分からないなんて言ってやるなよ。可哀そうだろ」

「……」

 

 真がふうっと溜息を吐く。

 いやお前も大概、失礼だろ。

 

「……近藤枢。まだ異世界の体を統合していないのか? そのレベルでは俺には勝てんぞ」

 

 化け物が低い声で言う。

 俺は鑑定で奴のレベルを確かめた。

 

「Lv.4042?」

 

 知らない間に爆上がりしてんな。

 

「決着を付けよう、近藤枢。どちらが、この世界の統一神にふさわしいか……」

「ん? なんで頂上決戦みたいになってるんだ。俺は別に、お前と違って世界を支配する気なんてないけど」

 

 俺は首をかしげた。

 頭上で小型化したリーシャンが、同じ格好で腕組みして首をかしげている。

 

「ふざけるな。神聖境界線ホーリーラインを作って魔族を締め出し、世界の大部分を支配しているのは、お前たち光の七神だろう」

「言われてみれば……?」 

 

 黒崎の声に怒りが混じる。

 確かに魔族側から見れば、一方的に神聖境界線で締め出されているように見えるか。

 それにしても俺は光の七神なんて名乗った覚えはないのに、いつの間にか公式設定になっているのはどういうことだろう。否定したら、どんどん話の本題から逸れていきそうだ。

 真が、長くなりそうな会話に茶々を入れた。 

 

「枢っち、枢っち。ここには戦いに来たんでしょ」

「おお、そうだった。椿は黒崎と話せたのか?」

「……まだ」

 

 振り返って姿を探すと、しょげかえって暗い表情の椿がいた。

 

「仕方ないな。椿のためにも、どこにいるか分からない心菜のためにも、ここは魔神ベルゼビュートをちゃっちゃっと倒すか」

 

 俺の決意表明を聞いて、ベルゼビュートは嘲笑した。

 

「……笑止。倒せるものなら、倒してみよ」

「言ったな。後悔すんなよ――晴天千落雷サウザンドブレイズ!」

 

 頭上に白い魔法陣が浮かび、雨のように雷撃が降る。

 しかし雷撃はベルゼビュートの体に触れると、跳ね返されて周囲に拡散した。

 

「っつ、光盾シールド

 

 跳ね返った雷撃を抑えるために、防御魔法を自分と仲間の前に展開する。

 

「やっぱり、カウンター系のスキルを持ってやがるか……前に戦った時、心菜の刀剣は効いてたよな。ってことは、魔法攻撃無効で、物理攻撃有効か」

 

 これはほんの小手調べだ。

 俺は自分の魔法が跳ね返されたことから、ベルゼビュートの能力を冷静に分析する。

 

「枢っち! ベルゼビュートは倒してしまうと、レベルが二倍になって復活するんだ! さっきも大地の奴が調子に乗って攻撃したから、レベルが二倍になっちまった」

「真さん、俺も反省してるんで、それ以上言わないで下さい。枢さん! 物理攻撃ならリベンジも兼ねて俺が」

 

 真と大地が、俺を挟んで言い争っている。

 ほーう。元はLv.2021だったんだな。まあ、それでも十分レベル高いけど。


「まさか、物理攻撃なら俺を倒せると、本気で思っているのか。そもそも、俺を倒すことのできる者など、この世に存在しない。俺は何度でもよみがえり、そのたびに強くなる。不死ゆえに神クラスなのだ」

 

 ベルゼビュートは「分析など無意味だ」と言いたげだった。

 俺はその台詞を無視して、真たちを振り返る。

 

「お前らは手を出すな。黒崎とは、俺ひとりで戦う」

「え?!」

「枢さん?!」

 

 決戦といえばパーティー戦だから、皆で一緒に戦うと思っていたのだろう。

 大地や真が驚いた顔をする。

 

「ウェスペラの時といい、今回といい、俺の心菜にちょっかいかけてきやがって……いい加減にしやがれってんだ」

 

 シシアに殺されたかもしれない心菜のことを考えると、ふつふつ怒りが沸いてくる。

 何もかも、うざい黒崎=魔神ベルゼビュートのせいだ。

 

「くくっ……そうだ、怒りを俺に向けろ、近藤枢。お前のその顔が見たかった」

 

 ベルゼビュートは背中の黒い翅を広げた。

 空中に数十個の黒い炎が現れる。

 炎の中から、黒い槍が現れた。

 

黒毒槍ポイズンランス

 

 槍の大きさや禍々しさが、以前より増している。

 前は、光盾を十枚以上重ねて防御した。

 相手のレベルが上がっている以上、また同じように防御するだけじゃ、勝てないだろう。

 だったら変える。

 今ある手札を最大限に使い、工夫して新しい魔法を生み出すのだ。

 

「――金剛石盾ダイヤシールド

 

 工作に使っている魔法で、光盾の魔法を加工して重ね合わせる。

 十枚の光盾が重なり、隙間なく圧縮されて、俺の前に浮かんだ。

 いくつもの魔法を組み合わせた複雑な構造のため、まるで加工されたダイヤのように光を集め、金剛石盾は眩く輝く。

 

「何?!」

 

 金剛石盾は、ベルゼビュートの黒い槍を完全に防ぎきってみせる。

 

「攻撃魔法は通用しないんだっけな。なら、防御魔法はどうだ――増幅魔法アンプリファイア、連結。盾運魔法式スクワイア、起動!」

 

 足元から立ち上った青い光から、ひし形の結晶が二つ、現れる。

 その結晶に、金剛石盾の魔法をコーティングする。

 

金剛投石機ダイヤカタパルト!」

 

 金剛石盾をまとって鋭く尖った結晶は、弧を描いて魔神ベルゼビュートへと、ミサイルのように迫った。

 

「グッ……!!」

 

 身をひねるベルゼビュートの肩をつらぬき、結晶は衝撃で砕け散る。

 その欠片も、ベルゼビュートにわずかなダメージを与えたようだ。

 視界の隅に表示された敵のHPの五分の一が減った。

 

「やっぱり投石は物理攻撃判定か……もういっちょ」

 

 二個目の結晶を投げる。

 

「ぐああああっ!!」

 

 結晶はベルゼビュートの腕を粉砕した。

 さらに五分の一、敵のHPが減少する。

 

「すごい……!」

「圧倒的っすね……!」

  

 ギャラリーの椿や大地が感嘆している。

 確かに良いペースでHPを削っているが……俺は自分のステータスに目を走らせた。

 MPの消費がやばい。

 セーブクリスタルの時と違い、魔力が無限ではない上に、ベルゼビュートの支配する領域では大地属性の魔法は威力が減り、魔法に必要な魔力消費量も上がるため、今の攻撃でかなりMPを消費している。

 

 もう一度、盾運魔法式を起動して投げると、MPが尽きてしまう。

 MPが尽きるまで攻撃しても、ベルゼビュートのHPを削りきれない。

 それに……。

 

「続けて攻撃したらどうだ、近藤枢。インターバルを置くと、俺も回復するぞ……」

 

 ニタリ、とベルゼビュートが嗤った。

 敵のHPが徐々に回復している。

 高レベルの奴は大概、HPやMPの回復スキルは持っているから、この状況は想定内だ。

 

「それに忘れていないか? この城は、俺の本拠地だということを。お前たちは俺の舞台で踊っているのだ」

「枢っち!!」

「カナメーっ!」

 

 ドスッと音がした。

 床から生えた棘が、俺の体を貫通する。

 

「ぐっ……」

 

 俺は激痛に眉をしかめた。

 見下ろすと、胸に大穴が開いている。

 

「これが、怪我の痛みか……クリスタルの時は、こういう痛さは無かったからな……新鮮だ」

「何言ってんだよ、枢っち! はやく回復しろよ!!」

 

 真が泣きそうな顔で怒鳴る。

 視界の端に表示された自分のHPが急速に減少していくが、俺は回復魔法を使わなかった。

 ただ、痛みをこらえて自動回復しているMPの残量に目をこらす。

 あともうちょい。

 

「くっくっく。回復したくても、できないだろうよ。俺の操る槍や棘には、回復を阻害する毒の効果がある」

「そんな?! だけど枢なら……何か勝算があるんじゃ」

「無駄な希望を抱かない方がいいぞ、小早川真。俺が不死である以上、勝負は最初から決まりきっている」

 

 ステータスの状態異常に、毒のアイコンが点滅している。

 誰だ、こんなアイコンやらをデザインした奴は。

 趣味悪い……いったい誰が、こんな世界を考えたんだ?

 

「あっけないな、近藤枢。もうすぐHPがゼロになるぞ。少しは反撃したらどうだ?」

「枢っち! 回復しろよ! なんで回復しないんだよ?!」

 

 真の絶叫が響いた。

 頭上でリーシャンが右往左往している。

 

「ああ、僕って回復魔法が苦手だし、どうしたら、どうしたら」

 

 まったくリーシャンの奴。忘れてるのか。

 

「10…9…8……」

 

 ベルゼビュートが悠長にカウントダウンする。

 阿呆か。

 

「3…2…1……ゼロ。……何?」

 

 俺は真っ赤に染まるHPバーを無視して、胸から突き出た棘をつかんだ。

 光盾の魔法を包丁のように使い、棘を切り落とす。

 血がだらだら滝のようにこぼれて服がよごれた。

 

「……もうHPがゼロのはずだ。なぜ動ける?!」

 

 ベルゼビュートが驚愕する。

 俺はその顔を見ながら、種明かしをした。

 

「お前が言ったんだろうが。神クラスは不死だって」

「まさか……!」

「称号"永遠に砕けぬ石"の効果。俺が諦めない限り、HPがゼロになることは無い」

 

 HPバーは残量「1」のまま、ピタリと止まっている。

 

「黒崎、お前の言う通りだよ。不死である以上、勝負は最初から決まっている。レベル差がどれだけあろうと、関係ない」

「……貴様ぁっ!!」

 

 俺の勝ちに、決まっているのだ。


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