105 偽装看破

 七瀬が魔法で洪水を起こし、俺が地割れで水を地下に落とした。地下に流れ込んだ水流は、地割れが元に戻る頃には消えて空洞を残した。地下に落ちた俺と七瀬は、水面のクッションで無傷で済み、地面に圧し潰されず空洞で命拾いした訳だ。

 俺は額に手を当てて嘆いた。

 

「……はぁー。とんだ回り道だ」

「なによ! 勝手に人を助けておいて!」

 

 助けるんじゃなかったと思う。

 七瀬は槍の傷から回復すると、元気でうるさいお笑い担当に戻った。

 

「黒崎の城ってどっちだ? 地下で方向が分からん……」

 

 俺は魔法で灯りを作って周囲の状況を確認する。

 棘の根っこが交差して地面を掘り、複雑な地下通路が形成されていた。

 このまま地下を通って黒崎の城まで行けるんじゃないか。

 

「あっちよ」

 

 七瀬は、複雑な通路の一点を指して言った。

 その方向に生えている棘は、赤い突起物が付いていて淡く光っている。

 

「私の命を救ってくれたお礼に、二つ重要な情報を教えてあげる」

「へえ、なんだ?」

 

 七瀬の言うことは信用できないが、聞くだけ聞いておこう。 

 

「ひとつ、栄治さまの城の近くの棘は光っているから、すぐに分かるわ。ふたつ、私がアダマスを侵略したのは、ただ歌を聞かせるためじゃない」

 

 以前、七瀬は配下のモンスターを連れてアダマスの王都の前に現れた。

 その時は邪神ダゴンというハプニングもあり、侵略の意図を考えてもいなかったが。

 嫌な予感がする。

 

「私は囮、もしくは引きつけ役。本当の狙いは、アダマス王都の近くに転移用アイテムを設置すること」

「……まさか、神聖境界線ホーリーラインを越えるために」

「死風荒野に敵が少なくて不思議に思わなかった? 今頃、栄治さまの配下がアダマス近くに転移して、王都を襲っているわよ」

 

 なんてこった。お笑い担当に気を取られて、策略に気付かなかった。

 魔族は神聖境界線を越えられない。だが、召喚や転移などの魔法を介せば、話は別だ。

 もし俺の留守中にアダマスが攻撃されたら……!

 

「そういうことはもっと早く言え、お笑い担当!」

「私はお笑い芸人じゃなくて、異世界スーパーアイドル・ナナセよ!」

「似たようなもんだろ」

 

 アダマスに戻るか、このまま進んで心菜を助けに行くか。

 俺は二択を迫られた。

 

「くっそ、どっちを選んでも同じくらい後悔しそうだ……!」

 

 千年の時を過ごしたアダマスの地とそこに暮らしている人々に、俺は愛着を持っている。彼らを見殺しにすれば一生後悔するのは間違いない。だからといって恋人の心菜を見捨てる選択肢もない。

 あ、でも死風荒野では、転移の魔法は使えないんだっけ。

 

「……このまま進んで、秒速で黒崎をぶっ倒せば万事解決だよな」

 

 アダマスに転移魔法で帰るには、死風荒野から出る必要があることを思い出し、俺は進むことにした。

 例外的にセーブポイントのスキルで「死に戻り」はできるが、あれは俺自身も対象になるのか、試したことがない。今すぐ帰れない以上、どうしようもないのだ。

 

「待ちなさいよー! 一人で寂しいから放っていかないでー!」

「魚介類の取り巻きを召喚すればいいだろ。これ以上お前にかかずらってられるか」

 

 腰にしがみついてくる七瀬を引きはがし、ポイっとその辺に捨てた。

 後ろから「近藤枢のバーカバーカ」と子供のような罵倒が聞こえるが無視する。

 歩き始めると、近くの壁がボコッと崩れて、大きな蜥蜴の頭が出てきた。

 

「うわっ」

「カナメ殿! ここにいたのか!」

「サナトリス?!」

 

 壁を崩して出てきた蜥蜴モンスターの背中には、サナトリスが乗っていた。

 蜥蜴は彼女の騎乗モンスターのようだ。

 

「先に行けと言っただろ」

「行ってどうする。私は魔神と戦には力不足だし、人質の顔を知らないから救出に協力できない」

「そういえば、そうだな」

 

 俺はサナトリスの蜥蜴に乗せてもらい、地下道を光る棘がある方向目指して進んだ。

 蜥蜴はかなりのスピードで走るので、自分の足で歩いていくより断然はやい。

 

「カナメ殿。その……これから助けに行く恋人の、どんなところが好きなのだ?」

 

 サナトリスは蜥蜴を手綱で制御しながら、遠慮がちに聞いてくる。

 恋人――心菜のことを、最近まで呪いで思い出せなかった。だが、人魚姫の呪いが解けた今なら、答えられる。

 

「んー、馬鹿なところ」

「はあ??」

 

 サナトリスは俺を振り返って意味不明という顔をした。

 恋人の長所を答えると予想していたのだろう。長所? 凶暴なところか? あいつ頭も良くないし、可愛いと言っても猫的可愛さで、タレントやアイドル的な美人でもないしな。

 

「カナメ殿は、一体どういう女性が好きなのだ?!」

「落ち着けサナトリス、壁にぶつかりそうだぞ」

 

 前を見ろと注意する。

 案の定、蜥蜴は勢い余って壁につっこんだ。

 土壁が崩れて砂煙が立つ。

 

「ごほっ……」

「いわんこっちゃない……」

 

 俺たちは立往生して、煙が晴れるのを待った。

 崩れた壁の向こうに人影が見える。

 

「わー、カナメだ!」

「近藤?!」

「夜鳥、それにリーシャン。なんでこんなところに」

 

 砂煙の向こうで呆然としていたのは、夜鳥とリーシャンだった。

 確か人質救出のために、先に行っていたはず。

 

「ココナの気配を辿ったら、地下だったんだよー」

 

 リーシャンが間延びした口調で説明した。

 夜鳥が「近藤も無事でよかった」と安心した表情になる。

 

「枢たん……」

 

 夜鳥とリーシャンの後ろに、栗色の髪の少女が佇んでいた。

 うるんだ瞳で俺を見る。

 心菜だ。

 

「助けに来てくれるって、信じてました」

 

 彼女は俺に抱き着こうとする。

 俺はその手を冷たく払った。

 

「誰だ、お前」

「!!」

 

 拒絶した俺に、心菜だけではなく、リーシャンや夜鳥も愕然とする。

 

「カナメ、まだ記憶が戻ってないの?」

「近藤、お前どうしたんだ。恋人の心菜ちゃんだぞ?!」

 

 心菜の姿をした少女は、俺を悲しそうに見上げた。

 

「私が分からないんですか……?」

 

 もう記憶は戻っている。

 だからこそ分かる。こいつは心菜じゃない。

 

「うるさい。あいつが、あの心菜が、助けに来てくれてありがとうなんて、愁傷な台詞を吐く訳ないだろ」

「!!!」

 

 負けず嫌いで、意地っ張りで、猛々しくて……誰よりも努力家な俺の心菜。

 だいたい付き合うと決めたのだって、じゃんけん勝負で「私が勝ったら付き合ってください」と頼まれたからなのだ。その勢いがあんまり可愛かったから、俺はわざと負けたのだけど。

 

「お前は誰だ?」

 

 

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