104 ねじれの配置

 聖晶神の杖に宿った虹の光は消えかけていたが、俺は呪いが解けたことにより、思考が冴え渡っていた。光盾の数を最小限にして、この状況を打破する魔法を練り上げる。

 七瀬の攻撃は、上空の嵐からの落雷と、足元の洪水の二種類によるもの。

 なら、こちらも二つの解決策で応えてやればいい。


大地創造クリエイション!」

 

 戦闘ではめったに使わない工作用の魔法を発動する。

 近くの地面に生えていた棘の表面を、大地から抽出された金属の成分が覆っていく。

 みるみるうちに、針のような金属の柱が何本も、俺を中心に生成された。

 避雷針だ。

 上空からの電撃が、俺の作った避雷針に流れていく。

 

大地震動アースクウェイク!」

 

 次に魔法で地震を起こす。

 ここ死風荒野では、大地属性の魔法が不利だと聞いたが、その通りだった。いつもより魔力の消費が激しい上に、手応えが浅い。

 だが気合を入れて魔法を発動すると、想定通り地面が割れた。

 大地に走った亀裂に、水流が飲み込まれていく。

 

「邪魔な水たまりが干上がった……これなら!」

 

 サナトリスが地割れを飛び越えて、驚愕している七瀬に飛び掛かった。

 

「嘘っ、雷が思った通りの場所に落ちない! 私の水が地面に呑まれて……」

「覚悟しろ!」

 

 雷鳴がとどろく。

 サナトリスが投げた槍が、七瀬の胸を貫いた。

 

「あああっ、負けちゃった……栄治さま、七瀬が頑張ったの、見てくれたかな」

 

 七瀬の体がぐらりと傾く。

 俺の作り出した地割れの中に、彼女は落ちていった。

 

「私を見て。私の声を聞いて。誰か……誰でも良いから」

 

 落下の間際、まるで泣き疲れた子供のような悲鳴が聞こえた。

 俺は舌打ちし、魔法をキャンセルして走り出す。

 

「カナメ殿?!」

 

 槍を投げた格好のまま、地割れを見下ろしているサナトリスの横を駆け抜けて、大地の底に飛び込んだ。

 

「悪役の癖に、都合のいい時ばっかり泣き言をもらすんじゃねえよ!」

 

 呆然とするサナトリスには「先に行ってろ!」と叫ぶ。

 落下する七瀬に向かって腕を伸ばした。

 

「苦情は黒崎に直接言え! 与えられるのを待つだけじゃなく、お前も手を伸ばせ!」

「?!」

「絶望するのは、精一杯やることをやった奴の特権だ!」

 

 戸惑った表情の七瀬の腕を掴み、落下を減速する魔法を使った。

 

重力減少フロート!……くそっ、止まらねえ」

 

 大地属性の魔法の効きが悪い。

 先ほど使った地割れの魔法も、自然の抵抗で復旧しようとしている。

 地面の下にも棘の根が張り巡らされていて、まるで針と糸で布を補修するように地割れを閉じようとしていた。竜のあぎとに呑み込まれるように、左右の壁が狭まっていく。

 魔法も効かないし、このままでは浮き上がれずに下に落ちてしまうだろう。底に流れ落ちた水が、落下の衝撃を弱めてくれることを願おう。

 

「カナメ殿ーーっ!」 

 

 サナトリスの心配そうな呼びかけが頭上で響く。

 俺は七瀬と一緒に地下に呑まれた。

 

 

 

 

 その頃、椿と大地は、黒崎の待つ魔神の城に乗り込んでいた。

 不気味にうごめく紫色の棘が寄り集まり、城を持ち上げている。棘一本の太さは建物の柱に相当し、城は蜂の巣のように複数のブロックの集合した姿だ。羽虫のモンスターの群れが、城の周囲を巡回している。

 

吹雪風ブリザード!」

 

 椿が水氷属性の魔法を使い、羽虫モンスターをまとめて薙ぎ払う。

 蒼雪峯の女王の称号が、椿の魔法を強化していた。雪に関する魔法だけなら、枢よりも得意だろう。

 騎乗モンスターのトナカイは、棘の上を駆けのぼって城の最上部を目指す。

 

「椿さん」

「何よ?」

 

 トナカイに同乗している大地が、前に乗っている椿に話しかけてきた。

 

「俺は椿さんが好きです」

「……前に聞いたわ」

 

 椿は城から感じる魔神の気配――黒崎の魔力に意識を集中していた。

 振り向かずに大地に答える。

 後ろの大地の表情が、椿には見えていなかった。

 

「黒崎と話して、仲直りできたら、あいつとヨリを戻すんですか?」

「さあね。分からないわよ、そんなこと」

 

 そもそも話せるかどうか分からない、不安でいっぱいだというのに、無神経に話しかけてくる大地に、椿は苛立った。

 

「俺は、そんな心が広い男じゃないですよ――」

 

 どういう意味だ。

 椿は深く思考する余裕がなかった。

 目の前に、黒崎の待つ城の最上階、玉座の間が待っている。

 

「突っ込みなさい!!」

 

 トナカイは窓ガラスを割って、城の内部に侵入した。

 城の中には、他の魔族の気配が無かった。

 大広間の上座にただひとり、魔物の姿をした黒崎が立っている。

 なぜ配下がいないのか、疑問に思う前に、黒崎が言った。

 

「近藤枢はどうした? 椿、お前では話にならない。帰れ」

 

 冷たい目で見据えられて椿は硬直する。

 だがすぐにふつふつと怒りがこみ上げた。

 杖をかざして臨戦態勢をとる。

 

「あなたには話が無いかもしれないけど、私にはあるのよ! いいわ、戦いに勝って、嫌でも私と話をしてもらうんだから!」

 

 

 

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